第7話 銀髪の男
宿泊地であるアンテラの宿に到着すると、ルクシアは御者に連れられて街の中心部に向かった。
「腰縄は勘弁してやる。これなら通り過ぎる人からは、ただのみすぼらしい麻のボロ服を着た女としか思われない」
「そのご厚意、ありがたく頂戴いたします」
「以前のあんたが服を作る時は、屋敷に仕立て屋が採寸に訪ねてきたんだろうが、そういうわけにはいかねぇぞ……ああ、そこだ。この街一番の仕立て屋って評判だ。俺は外で待ってる」
その店は目抜き通り沿いの、ひときわ目立つ白い壁の店だった。
看板には金色の縁取りで、「シュヴルーズ」の文字が輝いている。
ルクシアがドアを開けると、微かに香水と防虫剤が混ざった匂いが鼻をついた。
店主と思われる男性は派手な服に身を包み、手には分厚い指輪。
いかにも“自称セレブ好み”のファッションで、客を見下すような目をしている。
着飾った客たちはこの店に似つかわしくない薄汚れたルクシアを見て、ひそひそと話している。
通せんぼをするかのように店主がルクシアの前に出てきた。
「なんとまあ……よくもその格好でこの店の敷居をまたげたものです。恥知らずって言葉、ご存じかな?」
「お金なら……ありますわよ」
ルクシアは設計図を売って得た金貨を見せた。店主は「ほお……」と目を輝かせる。
「あら……見たことある顔だと思ったら。偽聖女ルクシアじゃないの」
ケバケバしく下品なドレスを着た女が、ニヤついた笑みを見せながらやってきた。
「侯爵令嬢がいい気味だわ。今ではただの平民……いいえ、平民以下の罪人なんですもの」
「ブラッドリー伯爵夫人、それは本当ですか? 王の宝物庫から盗みを働いた悪女ルクシアの噂は聞いております。まさか……その金貨は盗んだものじゃないだろうな?」
「ち……違うわ……これは……」
「似合ってるじゃないの、その汚い服。汚い心のあなたにピッタリ、ふふふ」
ブラッドリー伯爵夫人は他の客の方を向いた。
「見なさいよ、この人。元は侯爵家のお嬢様で筆頭聖女様なの。ねえ奥様方、みなさん笑って差し上げて。下手に庇うと罪人と同類ですわよ?」
店内にくすくすと笑い声が広がる。
残念だけど、この店で服を作ることなんてできそうになかった。
現在の服はいかにも囚人的だし、まともな服が欲しかっただけのルクシアだったが……もう店を出ようと考えた。
「……街一番の仕立て屋と聞いて来てみたけど、期待はずれだったな」
仕立て屋の奥で、男性用ジャケットの布地を指先で確かめていた男が、あきらかに店主に聞こえるような張りのある声で独り言めかして言った。
「糸の始末も布の巻きも甘い。派手に縫って客を騙す、安い手口だ」
「な……なんだとぉ……!?」
男性の艶を帯びた銀髪は一つに結ばれ、振り返る仕草とともに静かに揺れる。
緑がかった瞳がふっと笑む。
その微笑みはとてもやさしいのに、不思議と相手の言葉を封じるような威圧感があった。
男性は二十歳前後に見えた。
凛とした鼻筋に、すっと通った顎のライン。どこか翳りを帯びた横顔は、絵画から抜け出したような美しさだった。
身にまとう服には、貴族のようなきらびやかさはない。
けれど、選ばれた布地と色の組み合わせに、隠しきれない上質さとセンスが光る。
「そちらのお方への対応を見れば納得できる。侯爵家の肩書きがあれば媚びて、罪人と知れば突き放す。そんな“ダサい目利き”が作る服ならば、この程度だろう」
男性はすっと歩み寄ると、ためらいなくルクシアの手を取る。
冷たい視線と蔑みの声ばかりのなかで、この手は、あたたかかった。
胸の奥がじわりと熱くなる。彼女の鼓動が、ひとつ強く打たれる。
「僕にもっと良い仕立て屋をご紹介させてください、あなたに似合う服はここにはありませんよ、ルクシア様」
「ルクシア様」と呼ばれたのは、牢屋で目覚めてから、はじめてだった。
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