第6話 馬車の揺れをAIで解決する

《練習はもう大丈夫でしょう。あとはワタシが適時サポートします》


この護送馬車の振動を弱めるためには、まずは馬車の持ち主である御者の男に話す必要がある。

しかしルクシアは「ついつい話し方が、偉そうに思われがち」という問題があった。

そこで頭の中でMOGと一緒に、相手の対応によっての会話パターンを何度も練習した。



人と馬の食事のために護送馬車が止まり、ルクシアは檻の外からパンと水を渡された。


「あの……よろしいかしら?」


「おん? なんだ?」


「この馬車の……ひどい揺れについてなのだけれど……」


「……元侯爵令嬢だからって、馬車は変更できねぇぞ。我慢するこったな」 


「……いえ、揺れを少なくする方法があるのです。もし御者様も揺れにお困りでしたら、ぜひご検討いただければと思いまして」


「振動にはたしかに困ってるさ。だがアンタみたいな素人のお嬢様に何がわかるってんだ?」


現在向かっているリームルという町の「レッドビアード鍛冶房」に連れて行って欲しいとルクシアはお願いをした。

魔法紙に、馬車の製造を多く手がけている「レッドビアード鍛冶房」は馬車の揺れ問題に長年取り組んでいるが、うまくいってないという情報があったからだ。


「俺はそこで馬車の調整を何度もやってもらってる、腕のいい親方がいる鍛冶屋だが……なんでアンタみたいなお嬢さんが、田舎町の鍛冶屋のことなんて知ってんだ……」


御者は信じられないという顔をしてから、しばらく考え、そして「車輪の調整もしたいし、寄るだけ寄ってみるか」と言った。


《とりあえずは最初の関門はクリアね……あ〜ほっとしたわ》


《お疲れ様です。次は第2の関門。設計図を描いて渡すまでです。ただしそのあとは“運が必要”な場面もありますので、そこは祈りましょう》


AIが祈れって、変な話よね……とルクシアは少しだけ笑った。



リームルはそこそこに栄えている町だった。

馬車はいかにも老舗という雰囲気の「レッドビアード鍛冶房」の前に止まった。


腰に紐をつけられたルクシアは、御者と共に鍛冶屋の工房に入った。

田舎にはまだ「偽聖女ルクシア」の悪名が届いていないのか、あるいは興味がないのか、御者から話を聞いた親方はそのことは話題には出さなかった。


「嬢ちゃん、馬車の振動を止める方法を知ってるって? 俺だって何年も挑んでうまくいってねぇんだ、馬鹿いっちゃいけねえよ」


「車輪と車体の間に……少しだけ、しなる鉄を噛ませるのです。力を受け流せば、揺れは和らぎますわ。要は、衝撃を受け止める“遊び”を作ればいいのよ」


ルクシアの言葉に親方は目を丸くした。

鍛冶屋一筋の親方はルクシアがただものではないことにすぐに気づいた。


「もしご迷惑でなければ、紙とペンと定規をお借りしても? 設計図を描いてみますので」


MOGの指示を受けながら、ルクシアは図面を仕上げていった。


完成した設計図の渡された親方の手は震えている。


「な、なんだこりゃ……支点の位置、金属の応力と伸縮の加減まで読み切ってやがる。王都の学匠だって、こんな図面は引けねぇぞ。それを若い娘が……どうなってんだ、これは……」


御者の男は、鍛冶屋の反応を見て驚いた顔をしている。


「親方さん、俺にはチンプンカンプンだが、これは本当に揺れを止める装置なんだな? それならばぜひ馬車に付けたいが、しかし俺は金をあまりもってない」


「金なんていらねぇよ、やらせてくれ……お前ら! いまやってる作業は中断して、こっちにこい!」


親方は工房で働いている者たちを集め、ルクシアの設計図を見ながら、ああだこうだと相談をはじめた。

改造費についてが気になっていた“運”の部分だったが……ルクシアは運が良かった。



翌朝、御者とルクシアは「レッドビアード鍛冶房」に馬車を取りにいった。

護送馬車の改造と親方による試走は終了していた。


MOGが提案したのは、中世程度の技術力の世界ではまだ実用化されていない鉄の板バネ(リーフスプリング式)を使った振動制御装置の取り付けだった。

基本の発想は自動車に付けられているものと一緒で、この世界の鍛冶屋でも製造可能な方法だった。


「なあ、嬢ちゃん。この設計図……俺に買わせてもらえねぇか? これを元にさらに改良して、どんな馬車にでも使えるようにしたいんだ。頼むよ!」


ルクシアはぽかんとした。自分は乗り心地を良くしたかっただけで、設計図を買いたいと言われるなんて思ってもみなかったからだ。


御者はつばの広い帽子を指先でつまむと、ゆっくりと前に倒した。


「俺はこれから馬の機嫌を見にいく、だからアンタが金を貰ったことは知らない。次の町で服でも買えばいい……いつまでもそんなボロ布はいやだろ?」


そして彼は馬の方へと歩いていった。



馬車は、まるで絨毯の上を滑るように進んだ。

かつてあれほど悩まされていた振動や突き上げが、まったく感じられない。

これが同じ道とは信じられなかった。MOGが言ったように昼寝もできそうなほどだ。


ルクシアの前方で馬の手綱を握っている御者は後ろを振り返り、はじめて護送中に彼女に話しかけてきた。御者の口調はなんとなく、喜んでいるように感じられた。


「俺は人と話さなくて済むこの仕事が好きだ。だけどどうしても長年の振動で腰をやっちまうから、同じように会話しなくていい仕事をさがしはじめていたんだ……ありがとよ」


それは自分の……栗原凛奈の前世とよく似ていて、ルクシアは快適になった馬車の中で、なんとなく胸の奥があたたかくなっていた。

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