第2話 最悪の事態

「……だぁー、クソ。発情期のゴリラかよ」


 朝起きた皐月は体液が乾燥して少しだけ変な匂いを放つベッドから体を起こす。昨日は邪魔が入ったからか、いつもに増して激しかった。男性のアレを生やす薬まで飲みやがった。


 そのせいで腰が痛い痛い。何だかいつもより感じ易くて、ついその場の快楽に身を委ねてしまった。でも、別に嫌では無いので少し気分が良くなった。美月よりも早く起きたので、美月の刀を拝借して外に出る。


 下着姿なので少し肌寒いが、邪念を振り落とすにはちょうどいい。



 ゆっくりと刀を抜き、呼吸を整え、木の前で構える。そして、一閃。



「…よし。まだ大丈夫そうだな」


 木は切断面が目視では認識出来ないくらいには綺麗に斬る事が出来た。グッと木を押せば、その木は倒れた。土埃が舞い上がり、手でそれを払う。



 突然、突風が起こる。突風の中心に居るはずなのに、皐月はあまり影響を受けていない。



「…?????」


 確かに今、土埃を払うイメージをした。だが、手から放たれる風など微々たる物だ。こんな風など、起こる筈が無い。


「…皐月、魔法も使えるんだね。凄い」


 起きてジャージを持ってきてくれた美月はその現状を疑う事無く純粋に賞賛を送る。皐月としては、それどころでは無かった。


「い、いやいやいや。私そんな事できた覚えないんだが?」


「じゃあ、もっとイメージして?」


「イメージって…うーん」


 そう言って皐月はジャージに袖を通した手を見て、手の上に火の種を想像する。そして、その火の種は周りの酸素を吸収し、燃え上がって球状になるイメージをする。


 目をつぶって居たので見えなかったが、美月から「おぉー」と聞こえて来たので目を開く。


 そこには、火の球が手の上に浮いていた。


「は、はぁ!?何で…!ってかあっつ……くないのかよ!んだこれ!」


「取り敢えず消さないと燃え移る」


「そ、そうだな。えっと、こう、グッと」


 火が消えて行くイメージをすれば、火の球は収縮して行った。


「…何がどうなってんだこれ」


 謎の現象過ぎて困惑していたが、美月からもう少し研究をしてみないかと言われて少し試してみた。気が付いたら、2時間程経っていた。




「…あ、ハゲさんからお呼び出し来た。来る?」


「……今日はいいや。嫌な予感がする」


 少し休憩していた時、美月は支部長からの連絡を受信した様だ。


 基本、皐月勘はあまり当たらない。が、今日は何だか凄く嫌な予感がする。ここに居ても、少し動き回っても、寒気が止まらない。


「…分かった。すぐに戻って来る」


「あぁ。………み、美月!」


 そう言って走って行こうとした美月を呼び止め、その胸に飛び込んだ。


「…今日の皐月、いつもより可愛い」


「な、何だか不安なんだよ。悪いか」


「……大丈夫」


 美月は皐月の頭を撫でながらその場に座り込んだ。皐月もその上に座る。


「私が居る限り、皐月は死なない。皐月が居る限り、私は死なない。でしょ」


「………そ、そうだな。…そうだよな。…ごめん」


「絶対、すぐに戻って来るから。ね?ほら、舌出して」


「……んむっ………んぅ…ぇぅ…」


 また優しく頭を撫でて、深いキスまでして美月は立ち上がる。そして、地面を強く蹴ってその地を駆けて行った。その背中を見た皐月は立ち上がり、家の方へ歩いて行く。


 美月が所属する隊の基地はここから13キロくらい。走って行けば10分ちょっとで着くだろう。


「…早く家に」


 やはり外に居ると嫌な予感が止まらないのでまずは家に入る事にした。そうして扉の取手に手を掛けた。そこから、記憶は無かった。




「…結城美月、到着しました」


 エリア16対人軍事機構第2支部の基地にある司令室の前に来た美月は自動ドアの前でそう言うと、中から「入れ」と淡白に返事が返って来る。


 少しイラつきながらも美月は「失礼します」と中に入って行った。中にはオペレーターや様々な機械が置かれており、とても広々としたスペースになっている。


 入口の階段を降りた先には第2基地に所属する各部隊のリーダーと副リーダーが集まっていた。当然、司令官も高い所に座っていた。


 因みに美月はエリア16内個人戦力トップ3の中でトップ1。この基地では当然、1番強い。美月が適当な空いている場所に立つと、司令官が話し始める。


「皆。良く集まってくれた。今日は少しばかり、緊急の事案が発生した。まずはこれを見て欲しい」


 そう言って司令官が集まった人物達の前にホログラムを映し出す。そこには、昨日の昼頃に美月が捉えた怪物が映っていた。


「これは昨日の午後1時15分頃、第2支部個人戦力枠の結城美月が捉えた怪物だ。一見すると少し前にもあったドーピング剤注入による暴走と見られるが…」


 司令官は1泊おいて言う。


「この生物からは、この地球上からは存在し得無い構成成分で身体が構築されていた。更に、微弱だが観測不明のエネルギーが検出された」


 その言葉に、皆がザワザワし始める。美月を除いて。


「現在、政府からの返答を待っているのだが…幸運にも、この周辺で人工衛星の監視映像より奇妙な映像が入った。これも見て欲しい」



 そこに移されたのは、手から炎を出す少女…上空写真だから、顔は見えない。でも何だか、見覚えがある。その少女の周辺は木々が生い茂っていてあまり認知できない。が、少女の近くの木が1本だけ倒れている。近くには、白く反射する何かも見える……まさか。


「第2支部はこの少女が重要参考人になるとして捕縛対象に………結城美月。何処へ行く」


 それを見た瞬間、美月の体は自動ドアの前まで来ていたが、それに反応した司令官がそれを止める。美月はゆっくりと振り返る。




 黙れ。殺すぞ




 そう、本能で感じ取らされた。美月がこちらを向いた瞬間、全員が頭を下げる。立っていた人達に至っては、膝まで着いている。


 機械は全てショートし、光を発していた天井からは光が無くなる。今でも体が怯えて震えが止まらず、皮膚は電流を流されたかのようにビリビリとその殺気を体が全力で感じ取っている。


 自動ドアはいつ斬られたのか、美月が通る場所が無くなっており、外の明かりでその白い髪が輝かしく光っていた。




 皆が頭を上げた時には、もう美月は居なかった。1人が外を確認すれば、衛星が映し出した場所まで一直線に刀でくり抜かれている。そして少し経てば、機械は復旧し始める。


「……皆、済まなかった。私の判断ミスだ。しかし…そうか。あの少女が、真野皐月か」


 皆は冷や汗を身体中にかきながらも何とか立ち上がる。人によっては未だに立ち上がれていない。


「…どうするんです?どうせあの子、もう死んじゃってるでしょ?ここ、無くなりますよ?」


 1人の男がそう言えば、皆はその男を非難したり、指揮官に詰め寄ったりしている。


 もしもあの少女が…皐月が捕縛命令を受けた人物によって殺害された場合、捕縛命令を出したここは確実に潰されると、誰もが確信していた。理由は不明だが美月には、それ程の力がある。


「…奴らには最低限の良識がある事を、あの少女…真野皐月が無事な事を、祈ろう」


 司令官は、もう科学によって存在が否定されつつある神に向かって手を合わせる。皆も、同じ様に手を合わせた。


 こんな事に意味は無いが、それに縋りたくなってしまう程には、恐れていた印だ。

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