第3話 絶望、歓喜、絶望

「……ん………」


 目を覚ました皐月は、自分の手と足が縛られている事に気が付く。そして、自分の体は家のベッドの上である事に気が付く。


(…あれ?私、寝てたのか……?)


 家に入ってからの記憶が無い。辺りを見渡すと、朝と状態は変わっていない。強いて言うなら自分の状態が裸な事くらい…


「……!」


 皐月は異変を感じ取り、声を出そうとするが自身の口には何かが挟まれていて喋れない。


 ベッドの上でバタバタとしていたら、家の外から誰かが入って来た。美月であって欲しいがその願いも叶わず、入って来たのは見知らぬ2人だった。


「おっ、起きた」


 そう言って男は皐月に近付き、口元の拘束具を解く。口元が自由になった皐月は質問をする事にした。


「…誰だ?」


「んー、それは言えないな」


 そう言うと男は軽々しく皐月の胸に手を伸ばし、触って来た。


「なっ、何して…!」


「おぉー、初めて触った。お前も触る?」


 男は後ろのガタイのいい男に問い掛けるが、その男は興味無さそうに床に座っている。しかし、股間のソレは隠しきれていなかった。


「…何がしたい」


 皐月が少し反抗的な目で男を睨み付ければ、男は顔色1つ変えずに腹を殴ってくる。


「ぁぐッ…」


「君、あの『白魔』の関係者なんでしょ?それならさ、君を壊したら白魔さんはどうなっちゃうんだろうね。きっと再起不能でこれから使い物にならなくなるだろうなー」


「……な、なに、を……」


 途切れ途切れにそう言うと、男は足の拘束具を掴んで持ち上げる。そうして、皐月の陰部をまじまじと見つめる。


「へー。これに俺ちゃんの棒が入るのか。考えられないや。まずはお前に任せるわ」


 そう言うと男は手を離し、もう1人の男を呼ぶ。そうすると床に座っていた男がズボンを降ろしながら立ち上がり、荒い息遣いでベッドの上をギシギシと歩いて来る。


「……恨むなよ」


「……んぐ……」


 頭を捕まれて上半身を起こされ、壁に押し付けられる。


 大きくなったソレが、口の中にぶち込まれる。とにかく気持ち悪くて、不快だ。出し入れされる度に吐きそうになる。


「…受け止めろよ」


 そう言われ、口の中に体液が広がる。堪らず、吐き出す。体にその液が滴り落ちて、喉の奥までネバネバして妙に暖かくて気持ち悪い。


「ヴッ……ゲボッ、ゴボッ……」


「…はぁ。お前はそんなんだから童貞卒業出来ねぇんだよ」


「黙れ。俺はもういい」


 そう言ってガタイのいい男は部屋から出て行った。玄関の扉が開く音がしたので、家の外で警戒でもしているのだろう。


「……じゃあ、俺ちゃんが好きにしていいんだな」


 そう言うと男の雰囲気が変わる。さっきまでの軽々しい雰囲気とは変わり、見る目が急に下衆の目になった。


 ベッドの横に歩いて来ると、腰の辺りからナイフを1本抜いた。


「何する気………お前…」


 皐月はその男が手に持つナイフに目が行く。それに気付いたのか、男はそのナイフを空中でクルクルと回して説明する。


「あぁこれ?…知ってる?人間ってさ、死ぬ時とか、恐怖を感じた時って1番締まりが良いんだよね」


「…下衆が」


「別にそうこう言った所で…」


 男は皐月の太腿の辺りにナイフを突き立てる。刃先が皮膚に入り…とはならず、皮膚に触れた状態で止まった。


「…あれ」


「はっ。そのナイフ、切れ味悪いんじゃねぇのか?」


 その言葉が男の怒りに触れたのか、少し強めに刺してきた。しかし、ナイフは深く刺さる事無く皮膚を少し切りながら横に逸れてベッドに突き刺さった。


「…君、体が鉄で出来てるのかな?」


「どうだろう…なっ!」


「グガッ…」


 皐月は頑張って足を動かして男を蹴ると、鈍い音を響かせて壁にぶつかる。その隙に逃げようとしたのだが、体の自由が効かないこの状態では何もできずに首を掴まれてベッドに叩き付けられる。


「……クソが…もういい、ブチ犯す」


「…やれるもんなら、やって、みろよ」


「虚勢張るのも大変だよなァ?その面、維持出来んのか?」


 皐月の前でフラフラと立ち上がった男は皐月の腕の拘束具を掴みあげ、強制的に起き上がらせる。そして次に何をするのかと思えば、腰の刀を抜いた。


 その瞬間、皐月の腕は切断された。


「…ぐっ………」


 拘束具で両腕を上げていたので、肘より少し体側から綺麗にどちらも持って行かれた。血が止まらない。流石に刀では斬られてしまった。


「あれ?声も上げないなんて…強いね」


「…はっ。お前なんかにやる声はねぇよ」


 皐月がそう言えば、男はさっきまでとは違い、冷静な表情で皐月の足の拘束具を解く。


 足を無理やり開き、陰部を顕にさせる。そうして、男が腰に手を掛けた。


 ズボンを降ろすのかと思ったが、ナイフを数本取り出し、皐月の近くに置いておく。その代わりに手に取ったのは、切断した皐月の腕だった。


「…何を」


「俺ちゃんさ、変な性癖持ってるんだよね」


 そう言うと男は皐月の手の形を少し整えた後、皐月の陰部に近付ける。


「…成程。これは、異常性癖だ」


「だろ?さあ、パーティーの始まりだ」




 それから少し経った後、外で見張っていた男は家の中からの嗚咽や悲鳴、絶叫が聞こえて来る。同時に、聞きたくもない男の笑い声も。


「…はぁ。俺はまだ、死にたくないんだがな」


 そう言って、家の前でゆっくりとその時を待っていた。




「はぁっ…はぁっ……」


 第2支部を抜け出した美月は持ち得る力の全てを使って自身の家まで戻っていた。


 あの映像に映った人……あの状況…間違いなく、皐月だった。


 人間の住んでいる箱の上を飛び移りながら、最速であの家に向かって行く。


(行きに10分、支部に5分程、そして帰りに6分くらい…恐らく私が居なくなった瞬間から捕まってる…)


 ゾッと寒気が押し寄せた美月は更にスピードを上げて急いだ。




「…ようやく帰ってきやがった」


 家の前に座っていた男は、その凄まじい気配と殺気により立ち上がる。


「…さて、善処はしますか」


 普段は喋らないが、いざ死ぬとなると、口数はこうも増える物なのか…と思いながらも家の外壁に立て掛けてあった大剣を手に取る。



「…退け…!」


 白い悪魔がこちらに向かって亜音速で飛んで来る。その悪魔に大剣を振ったと、そう思っていた。


 気が付けば、自分の体と扉を蹴破って家の中に入って行く結城美月が倒れながらに見えた。



「皐月!」


 いつも、雷がなったり怖い映像を見てしまったりと皐月が怖がった時に隠れている寝室に一直線に来た美月だったが、皐月はそこに居なかった。


 否、居る。ベッドの上に、否、壁に、確かに。だが、それはもう皐月とは呼べないだろう。


 口と首にはナイフが深々と刺さっており、壁まで貫通して磔にされていた。その生気を感じられない虚ろな黒い目が下を向いている。


 体は綺麗だった。ただ、お腹の辺りが赤を通り越して黒色みたいで、腕が無くて、膝から下が無くて、両太腿にナイフが刺さってるだけ。


 無くなった筈の腕が、皐月の下の2つの穴に刺さっている。切り落とされた足は、無造作にベッドに転がっていた。ただ、それだけ。


 前の穴や口元に刺さるナイフからは白い液が少し垂れているのが分かる。胸や顔にも同様に、こびり付いている。下の手には、もうべったりと。つまりは、そういう事。


 壁は赤くて、ベッドも赤くて、床まで赤くて、横も、後ろも、赤くて。ただ、体だけは白くて。


 ただ、それだけ。



「どう?少しは絶望したかい?」


 寝室の外から、全ての元凶の声が聞こえる。明日の朝食の予定だったパンを食べながら軽々しく美月の肩に手を置き、耳元で囁く。


「君が愛した真野皐月ちゃんは、俺ちゃんの玩具になっちゃった」


 美月はその手を斬り落とし、皐月だった物を壁から優しく離して抱き締める。丁寧に、ナイフを1本ずつ抜く。


 男の悲鳴なんて気にもならなかった。


「皐月。ごめんね。私が、離れたから…ごめん。……ごめんね…ごめん、………ごめんね」


 涙は出てこない。その変わり、自身の制服に染み込むこの赤い液体を肌で感じると、自分も皐月の場所に行きたい気持ちが溢れ出て来る。



 ……皐月が居ない世界なんて



「意味は無い、だろ?」


 男は止血をして美月の背中を蹴る。美月は壁に叩きつけられ、皐月の体は地面に転がる。


「…チッ。最強の女もこんなんで駄目になんのかよ。最初からこうすりゃ良かったな」


 男は皐月の顔を蹴った後、部屋から出ようとする。ドアノブに手をかけると扉は開いたが、足は前に出ない。


 そして、その場に膝から崩れ落ちる。


 アキレス腱が切れている。それどころか、もう片足は細切れになっている。美月の方を見れば、白く輝いていた目は濁りきっていたが、刀だけは男の方へ向かっていた。


「……往生際が悪い奴だなァ。邪魔だし殺して行くか」


 そう言って体を引き摺りながらも腰の刀に手を伸ばした男は、何とか膝立ちになり、美月の首に刀の刃を突き立てる。


「これでっ、俺ちゃんの最強伝説が…!」



「………うわわっ」


 突然、ベッドの上から声がする。


 その人物はベッドの少し上に突然現れ、ベッドに落ちた。男も美月も、その人物に目を向ける。


 2人共、驚愕一色だった。


「…は。何で死体が目の前に有るのに生きてんだ…?」


 男は刀の向く先をベッドの上に居る頭を掻きながら混乱する皐月に向けたが、その両腕は美月によって斬られ、無惨にも床に刀ごと落ちた。


 美月は飛び起き、ベッドの上の皐月に抱き着く。その衝撃で壁に激突し、ベッドの横に落ちる。


「皐月…皐月……!」


「大丈夫!大丈夫だから!落ち着け美月!…てか、あ、あれ?私死んで…うわぁやっぱ死体あるじゃん!てかお前!私の死体で遊んでんじゃねぇか!ぶっ殺すぞゴミクソ屑下衆の特殊性癖うんこ野郎が!」


 皐月は体をぺたぺた触りながら美月を宥め、その勢いで立ち上がって男に向かって罵声を浴びせる。


 

 この場は正に、カオスだ。




「…皐月、こいつどうする?」


「えー。私凄い事にされちゃったしー?私がこいつの事何しても悪く無くないか?」


「賛成。皐月をあれにしたの、罪重い。よって皐月裁判官。死刑願います」


「よろしい。では磔にして実験をしましょう」


 そう言って2人は片足ずつを持ちながら男を引きずって家の近くの開けた場所まで来ていた。


 木で簡単に十字架の形を作り、そこに男の腕と足を巻き付ける。既に気絶しているので運搬と木にくっつけるのは楽だった。



 不意に、美月は空を見る。その目は、彼方遠くの何かを見つめていた。


「美月ー?…どした?なんかあんのか?」


 皐月は頑張ってその方向に目を細めるが、何も見えない。すると美月は、その方向に指を指す。


「…あれ、第2支部の衛星」


 そう言うと美月は、空に向かって舌をベッと出して中指を立てた。皐月も同じ様に中指を立てておいた。




「…生きていた……か」


 丁度中指の映像を見た司令官とその他は、胸をなで下ろした。しかし、その安堵は再び恐怖へと変わる。


 突然、映像が途切れた。


「…おい映像班、どうなっている」


 司令官がモニターの前に座る職員に問いかけるが、答えは帰って来ない。その変わり、画面を叩く音だけは響き続ける。


「状況を説明しろ」


「……衛星が、破壊されました…!そして、その衛生が落下して来ます……!」


 その言葉に、再度司令室はざわめきを取り戻した。


「場所は!?」


「ここ第2支部司令室です!誤差の範囲、5m!時間は……は、はぁ!?残り30秒!?」


 職員さえも驚いたその計測時間は、もう既に残り10秒。外の映像を映せば、この場所に一直線に落ちて来る赤い光。


「…駄目だ、間に合わ……」





 そうして2070年2月4日、元群馬県前橋市において未曾有の大爆発が起こった。これにより、エリア16対人軍事機構の第2支部が消滅。


 エリア16最強と謳われたエリア16対人軍事機構の第2支部隊長と副隊長、司令官、その他常駐していた職員全員が死亡。


 再起は不能と判断され2075年になる時には第2支部は伝説となり、無き物となった。

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