独白集
木盾楯
2025年製
あの人よりもあの子がいいの
馴れ馴れしく呼ぶのは好みではないのに、あの人と呼ぶにはあまりにも、あの人をあの子として考える時間が多すぎたから。指の第二関節にある虫刺されから離れない視線。ささくれを取ろうと立てた爪。枝毛を見つけて満足げな足取り。いろいろなかおを、頭のてっぺんからつま先まで詳細に、伝えることができない。考えることしかできない事実。少しもどかしい、と言えずにじれている間は、芝生の状態や落ち葉の数、家の壁に入ったひびを眺めて、書き記すだけの毎日をつまらないと思い込もうとした。声に耳を澄ませて、脳と躰。まったく、みえない。いいえ、見えてはいる。ただ、闇が。でも、まぎれていても自由だった。あの子は。餌がもらえると思ってベランダでお腹を見せてくる野良猫のように。蠱惑的で、あぶなっかしい。あぶない、と言う機会は何度もあったのに、あの子は今日も自分の足で立って、住宅街の塀の上を歩いていた。
空を「青い。」だけで表わしてはならない、と訊いたので。今日の天気欄には、「またたく間にカーテンになって、包んでくれそうな空である。たぶん、笑っている。」と、書いてみました。笑みの状態で切り取られた空が落ち葉を散らす。笑みといえば、あの子は笑わない。怒りもしないし泣きもしない。笑えといったら笑うし、怒れといったら怒るし、泣けといったら泣くけれど、自ら進んで感情を表している姿なんて、この世にはなかった。ひらいていても、とじていても変わらないまぶた。その白さに泥を塗る話をしても「はあ、」とか「うん、」とか。こころってあんのかな。触れる必要がないのにちかくにいたいのは絶対きみのせいだよ。少女趣味なプレイヤーを知っているの。手を伸ばしたって届かないのにね。気づいたときには雨が降り、買ったばかりのフリルワンピースを濡らしていた。でも動こうとしなかった。三角座りをした裸足にかたつむりが這っても合わない眼。はじめから、ずうっと、あの子自身がいる場所は、とおいのだ。とおく世界から生中継される装飾の無意味さや名もなき花束に聴かせるためだけの甘い音。それらが正しく響いても、おのれを示す髪色や虹彩、四肢の数すら正確ではないし正解もなかった。なのに、あの子は消えない。あの子が消えてくれない。いつだって、あの子は偏在する、けむり。やおら立った半透明には確かなことが一つだけある。
私よりも、みあげるほど背が高いんだ。
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