くびを絞める花

花はしゃべる。例えば、

一本の薔薇は、棘をそのままに、「あなたしかいない。」というわけで。

白い百合は、己を「無垢。」だといい、こうべをたれるわけで。

だが、そのじつ、花の声は私には聞こえないのである。もしかすれば、いま、目の前に落ちてきた花は叫びたいのかもしれない。のんきにケータイを構えている二足歩行に向かって「勝手に撮んなよ。」と。

いう。

それから、私のくびというくびに絡みつき、固定していく。本望だった。きれいなものに殺される夢は、なん度もみた。何も考える余裕がないくらいに、花は、きれいなものであり続けてくれたし、私にとって一つの基準でもあった。なにか言葉を当てはめる行為は間違っている気がして仕方がないのに、花を添える行為には疑いを少しも感じず、それどころか北斗七星のような役割を担っていた。見上げればそこにいる、安堵のかたまり。

貴方を示すための名札も、花なのだ。

部屋には埃でべたついた花瓶しかないくせに。

花屋さんに通う習慣もないくせに。

花を愛しているわけでもないくせに。

みょうに惹かれてしまうのは、魔力のせい、といっておこうか。それともただの私の渇望か。咲いて枯れる命の姿に憧れてしまっているからか。散る花弁を持たず、香る花粉を持たず、何にも化けられない人間風情が命知らずにも、コンクリートさえぶちやぶる花々に対して、恋のような気持ちを抱いてしまっているからか。

たった一枚で終わるかもしれないラブレターを使い、花という概念を凡情でもって殴る。

理由は単純明快。

惚れたから。

蒼空で羽ばたく鳥も、名前がつかない貴方も、花。

かわいいね、かっこいいね、うつくしいね、と私が言うためだけに。暴力的に。それで傷付くのは、お互い様にしてしまえばいい。花という存在を私という鈍器によって壊すならば、花は私を喰っていい。手から順番に喰らい尽くしてくれ。

私は、ちょっとした病に侵されているから、きっと、この目では花のすべてを知ることはできないのだろう。それぞれに合わせた姿でしか現れない花。もし誰にも影響されていない、素直な、ほんとうの姿が見えたら、視界は破裂する。それほど恐ろしく気高い。花。一度だって頭から離れない潔さが、すぎるものたちに囲まれる異常さを、私は知っている。

花は地上での光であり、なん億光年も先にある。眩しいがゆえに思い焦がれて、つい卑しく手を伸ばしてしまう。節操なく、欲望をあらわに、がつがつと。そんな私の罪は考えるまでもなく、今ここで証明された。骨の一欠片も取りこぼすことなく捧げる準備はできている。けれど花はいう。色褪せたかおを歪ませて、

「てめえの声なんざ知りませんが。」

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