僕ら彼女らは、与えられた能力とそれなりに向き合うようです

どらわー

第1話 輪



―――A―――



ふと空を見上げて。驚かなくなったのはいつからだろう――。

こうなってからすぐは慣れなかったのは確かだろうし。事実世界中に混乱が起きたのだが。

今となってはもう、道行く人々は何も驚かず、スタスタと僕を置いて歩き去ってゆく。

それはそこらに居るサラリーマンもそうだし、年端もいかない子供だってそうだ。

そうである事は最早誰にとっても常識であり、誰も彼もが興味も抱かず、立ち止まっている僕だけを他所に立ち去っていく。


 空は常に光り輝いていて。『天使』と呼ばれるソレが数多に浮いている。

 夜と呼ばれるモノは存在しなくなり、世界中に光が溢れている。


人は慣れる生き物だとは言うが。こうなってからまだ20年しか経っていないというのに。

いくらなんでも順応が早すぎるのではないだろうか。と、僕は都心の駅前でため息を吐いた。

時期はもう冬まっただ中で、息は白く染まり、そして霧散していく。


――なんて、言ってはいるが。僕も既に慣れた人間の1人だ。

スマートフォンの普及がここ数十年で起きた事象である事を考えるに。誰もが手軽にパソコン程の携帯機を持ち歩ける様になった様に。そしてそれが常識であるように日常に溶け込んだ様に。

人間は誰もが慣れる生き物だ。

 神が空想や嘘や幻ではなかった事にも。そうだ。

順応し、僕らは生きていく。生きていけるのだ。



そう、20年前。僕ら人類は途方もなくどうしようもない。『神』という存在に触れた。

ある者は、夢でそうだと神託を受けた言った。

ある者は、目の前に現れたと言った。

全人類が紛れもなく、神と言う存在に初めて触れた。歴史的な瞬間だったのだ。

かく言う僕も神に触れた。とは言え、こちらの言葉は通じずに。一方的に話されただけなのだが。


全ての人類に語られた言葉は、多少のニュアンスの違いはあれどもほぼ同じだった。


 ”皆様人類には、これから実験に付き合って頂きます”

 ”どんな能力が一番強いのか。興味があるのです”

 ”100万に1つの割合で、これから人類の皆様には、能力を贈ります”

 ”ですが、国と国の争いごとには使わないように”

 ”あくまでも、能力を貰ったものは同じ能力者相手にしか

  それを攻撃として使ってはいけません”

 ”ただし、能力者が迫害された場合は

  神に祈って頂ければ、然るべき対処を致します”

 ”実験は気軽にやってもらって構いませんので。

  負けても能力の没収はありません”

 ”最後に残った能力者の方には、お願いごとをなんでも叶えて差し上げます”


……馬鹿げているだろう? 嘘だって思うだろう? 僕だってそう思ったし、他の世界中の人もそう思った。

実際、ニュース番組はそれを取り上げまくった。

たった今、なんだか良く分からない現象は起こったものの、平静でいて欲しいと。

報道機関も混乱しているのが良く分かった。

だがその一方で、神を信じている様々な教徒達は、間違いない神の存在に触れて。狂喜した。

無神論者も多かったこの国でも、20年経った今では何らかの宗教に染まっている人の方が多くなった程だ。

まあ、そんな事はどうでも良いか。


問題は、その神の言った事が全て本当だったと分かった瞬間だった。

各国の様々な人種の人たちが、『ギフト』を貰ったのだと。そう言い始めたのだ。

事実、テレビの前で僕は、彼らがまるで手品じみた事を行うのを見た。

科学的に立証出来ないような事を、ポンポンと披露し始めたのだ。


そして、その瞬間から人類は2種類の人種に分かれる事になる。


0.000001%の確率を勝ち得た『ギフテッド』

99.9999%の確率に選ばれた『シックスナイン』


数だけ見れば圧倒的な差だが、”ほぼ”迫害は起こらなかった。

それは神より”神に祈って頂ければ、然るべき対処を致します”との通達が全ての人類にあったのが要因であり。僅かにあった迫害も、たった今も空に浮いている『天使』達によって文字通りに『対処』された。

逆に、ギフテッドがシックスナインを襲う事例もあったのだが、それもまた『天使』によって以下同文。

だが。戦争にも使う事が出来ない、犯罪にも使う事が出来ない。そうなった各国はギフテッドの扱いに困ったが。ともかく、神に選ばれた者として、生活の保護を優先した。

それに応じて、様々ないざこざが起こったのだけれど。


まあ、ともかく世界は劇的に変わったのだ。20年前に。


――さて。

かく言う僕もまた、ギフテッドである。

駅前の建物の柱に背中を預けて、のんびりと煙草を口に咥えて。紫煙を漏らす僕は。

0.000001%の確率に当たった幸運なギフテッド様である。

さて、ここまで聞いてくれた方々は、さぞ羨ましい、と思われる事だろう。

はっはっは。うん。凄いだろう。我ながらその運だけは誇っても良いと思う。


だが、悲しいかな。黒髪黒目の地味めな服を着た僕は、両手にピッカピカの白色の手袋を着用している。(比喩じゃなく本当にピカピカ光ってるんだ。金色じゃないだけまだマシだろうか……?)

これは何も、僕のファッションセンスが終わっているだとか、そういうのではない。断じてない。

この国では、ギフテッドだと分かり易いように、そういう服装である事を義務付けられているのだ。

他の国でも、まあ。色々な手段でギフテッドだと分かり易く対処していると聞いた事がある。(一部の国では頭髪を剃ることで対処しているそうだ。恐ろしい……元よりハゲのシックスナインの皆様はどうするのだろうか……)


だからか、空を見上げる人よりも、僕を見る人の方が遥かに多い。

これは何も、今に始まった事じゃない。20年前からだ。15歳だった当時の僕は、ギフテッドだと分かるや否や、色々とあったのだけれども、それでも35歳になった今となってはいい思い出だ。

だから、そうだね、慣れている。うん。人は順応する生き物だからね。

なんて考えていると。不意に頭の中から声が聞こえた。


”ハロー、こんにちわ。神様でーす!”

”今回の実験は、『輪の魔法使い』と『デザイア』”

”場所は大橋の公園で~。時間は今から1時間後を予定しておりまーす”

”両者は今から向かう事~!両者の顔は今から送るからね~!”

”なるべく遅刻しないこと!神様との約束だぜっ!”


嵐の様に言い終わるや否や、ぶちっと乱暴に電話を切る様に声が途切れた。

そうして、頭の中に思い浮かぶ、1人のくたびれた男性(僕)の顔と。1人の若々しい女性の顔。

そう、この神様、すっごいフランクなのだ。20年前の最初も最初の頃はもっと丁寧に話していた気がするが。今となっては見る影も無い。


はあ。と僕はため息交じりに咥えていた煙草を携帯灰皿に入れる。

周りの人は、僕の顔を見るや、先程の反応とは違い、奇異なものを見る人。気の毒そうな顔をする人も見える。

気の毒そうに見てくれたあのサラリーマンは良い人だな。などと思った。


……正直このやり方はあまり好きじゃない。

先程の気の毒なサラリーマンの反応を見てわかる通り、神様からの神託は他の人にも普通に聞こえる。

というか、この地方に住んでいる人達全員に伝わるらしい。

もっとさ、プライバシーの保護をしてもいいのではないでしょうか。と神様に一度祈った事がある。普通にその次の日も同じ様に神託された。泣いた。


「しかし、まあ」


空から降ってくる天使たち。

赤ん坊のような見た目をしたそれは、見えない力を持ってして。僕の身体を宙に浮かせると。


「――このやり方も好きじゃないよ」


一気に空へとぶん投げた。



―――B―――



目的地に到着した僕。いや、”着弾”する勢いで飛んだ僕は、目的地周辺に居た天使達によって優しく受け止められた。

服装は少しも乱れておらず、髪の一本に至るまで僅かたりとも乱れていない。


どういう訳か、この移動手段は物理法則や空気抵抗というものに真っ向から喧嘩を売りに来ている。

やや時間の掛かるワープに近しいようなこの天使による投擲手段なのだが。しかし、実際は物凄い便利なのだ。

だって、飛行機に乗る以上の気軽さでこの移動手段を使えるのである。しかも神様の加護で事故はこの20年の間に一切無し。ギフテッドだといつでも使えるのだが、実験の際には強制的にこの移動手段になる。この素晴らしい移動手段の何が僕の気に入らないのかと言えば。


「風情がないよねぇ」


だって、ぶん投げるのである。

傍から見れば人間砲弾そのものである。

これで帰りの手段は普通の交通機関を使ってネ☆

とか言われたらちょっと怒る自信がある。

とは言え、相手は神様なので文句は言えないのだが、それでも愚痴りたくなってしまう。

それにしても。


「今から帰っちゃ駄目かなぁ……」


実験という名の能力者による対決が始まるまで、あと1時間もある。

幸いな事に天気は晴れだし、ここは公園だ。そこにあるベンチでひと眠りしておきたい衝動に狩られる。

きっと、ぽかぽか陽気で気持ちよく眠れることだろう。


などと考えていると、遠くからこれまた人間砲弾が飛んできた。

恐らくは、対戦相手の女性の方だろう。いやはや。早いご到着で。


先程の神託であった通り、若々しい彼女は。優雅に天使の方々に一礼すると。僕の方を向いた。

両手には僕と同じ輝く白い手袋を付けていて。(心なしか僕よりも似合ってない)

金髪でツインテールに、如何にもお嬢様。といった整った顔立ちをしている。

随分とまあ、格差がありますこと。

そして、ニッコリ笑顔を浮かべた彼女は、僕に向けて長いロングスカートの両端を指先で摘まみ。頭を下げる。

カーテシーって言うんだっけ?この挨拶。僕初めて見たよ。


「こんにちは」


「やあ、こんにちは。ああ、今日は良い天気だね。

 こんな日はお昼寝に限るよ。そうは思わない?」


「生憎と、神様からの実験がまだ済んでおりませんので」


「そう言わないでさ、もう僕の”負け”でいいからさ」


「へぅ?」


へぅ?だってさ。キョトンとした顔をした彼女は、僕の顔の何が面白いのかじろじろと見ている。

先程までの自信たっぷりな表情はどこへやら。どうやら彼女は僕の言葉を上手く受け止めかねているようだ。

それにしても、若い。20代後半も行っていないだろうに。


「あー、えーと……。

 初心者の方かしら?ここに来た時点で天使様に方々(ほうぼう)を囲まれておりまして。

 ここから脱出するのは不可能な事かと思いますわ。

 なので実験に参加する他、選択肢は無いのですけれど」


「そうは言うけれどね、一度試してみたくはなるよ。

 ほら、両手あげてばんざーい!必要なら白旗を作るよ?

 あとこちとら35歳のおじさんでね。実験は15歳の初期から参加してるよ」


「……大先輩じゃありませんの!?」


「あ~~。もうこの際さっさと終わらせて喫茶店にでも行きてぇ~~。

 熱い、あっちゅいコーヒーが飲みてぇ~~!!」


「しっかりしてくださいませ!?」


なんてやいのやいのやってる内に時間が経ったみたいで。

公園からは僕達の他にはカメラを持った報道機関の方々が安全そうな場所からチラチラと様子を伺っている。

そう、この実験は一般のTVに流されるのである。

神様の存在により、犯罪のほとんどが無くなった今、この実験はシックスナインの皆様方の娯楽として提供される。


「やだああああああ!!僕熱いコーヒー飲みたいいい!!」


なのでまあ、僕のこの姿もTVに流される訳だ。

地べたに座り込んでやだやだと我儘を言う僕のこの姿も、だ。

皆様方の娯楽になれば、これ幸いである。


「もう!はしたないですわよ!ほら!そろそろ時間になりますわ!」


「痛いのは嫌なのおおおおお!!」


「もう!!しっかりしてくださいませ!!」


”んんー。ハローはろー、神様だぜ!”

”もうすぐ実験開始になるよん!準備はOK?”

”『輪の魔法使い』対『デザイア』”

”行動不能に値する一撃を入れるか、致命的な一撃が入った時点で今回の実験は終了とするよ!”

”あと5分!”

”あ、いつもの事だけど怪我はしちゃっても大丈夫だからネ☆”


はーぁ。僕の必死の命乞いも虚しく神様には流されちゃったよ。

てか致命的な一撃ってやだよ。怖い事言わないでよ。もう、おっさん漏らすぞ?


「……『輪の魔法使い』だったかしら。どうぞお手柔らかに」


「それ、気に入らないなぁ。僕の名前は、ちゃあんとあるって言うのに。

 ……はぁ。仕方ないなぁ。『デザイア』さん。よろしくね」


ぶー垂れながら。僕はその場に立ち上がる。

相対する彼女は、ようやくか、と言わんばかりに。ファインディングポーズを取っている。

両手を自分の顔の前へと構えて、戦う意志満々だ。

ああ、もう嫌だなぁ。こんな可愛い娘と一緒にデートなら喜んで参加させて貰うのに。

あーあ。


”――始め!!”


神様の戦闘開始の声と共に、最初に動いたのは彼女だった。


「想いを好きに《バーニング・デザイア》!!!」


思い切り声を張り上げ、一気に対戦相手との間合いを無くし、自身を鼓舞し拳を振るう。

先に言ってしまえば『デザイア』の能力は簡素なものである。「感情移入するほど。強くなる」それだけだ。

たったそれだけなのだが、『デザイア』は正直、『輪の魔法使い』のいっそ馬鹿げた行動に内心激怒していた。


彼女は生まれてから5歳になるまで、ごく普通のお嬢様として育てられた。

ギフテッドだと分かってから、彼女の両親は神からのその贈り物に、いたく感動し、教徒となった。

5歳になってから、今の今まで、彼女の中で神様は絶対的だった。そう、育てられた。

だからこそ、彼の行動は神の意に反する事であり、決して彼女には許されない行為だった。

外面上、さして感情は見せなかったが、実験の開始の瞬間、彼女の感情は爆発し、”死なない程度に”ぶっ飛ばしてやろうと。思い切り。正面から憤怒の一撃を振るう――。


この方法で、今までやってきた。

相対する者は、全てこの拳で、吹き飛ばしてきた。


『輪の魔法使い』はそれに対応するが、避けることなく受けようとする彼に、『デザイア』は思わず勝ちを確信した。

――その手に持つ大きめの輪ゴムを見逃して。

大きく8の字に広げられた。その上の輪の中へ、拳は吸い込まれ。そして。


「輪に輪を掛けて《リング/リンク/リング》」


下の、もう一つの輪から、彼女の憤怒の拳が飛び出し。腹部へ直撃。

彼女は、自分の力で、思い切りぶっ飛ばされた。



―――C―――



”はろー!神様だぜぃ!”

”瞬殺!……とはいかなかったみたいだね!”

”見事なカウンターだったぜ!”

”今回の実験は終了!”


「……あー、ごめんよ。

 ちょっとやり過ぎたかな」


『輪の魔法使い』は思わず、と言った具合に彼女に声を掛けた。

どこかくたびれた風な彼は、顔をくしゃり、と申し訳なさそうに歪めて。

しかしなあ、とあごひげに手をやって擦る。


「身体強化能力かぁ……条件はあるんだろうけど。

 結構飛ばされたよね……あれ僕が喰らってたら骨折じゃ済まないよ」


ああ、怖い怖い。

と『デザイア』の元へと歩き寄る。


「……やられましたわ」


「わぁお、もう目が覚めたのね、強化能力は羨ましいなぁ」


「……そんな良いものではありませんわよ」


「まあ、そうだよね。僕もそうだよ。”輪と輪を繋げる”だけだからさ……。

 今回は、運が良かっただけだよ……。

 ああ、それにしても」


「……もっと違う、単純に強いテンプレチート能力とかが良かったなぁ!」

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