第2話 願望



―――A―――



この世界はいつだってそうだ。

こうなれば良いのに、と言う願望を。世界は簡単に裏切ってみせる。


それは今にしてもそうだ。僕は普通の喫茶店で熱いコーヒーを飲みたかったのに。

彼女こと。『デザイア』さんは僕を半ば無理やりといった、勢いそのままに(黒塗りの高級車に入れられて。気付けばここに居たという無理やり具合だ)ご自分のお家に連れ込まれた。


見れば、彼女と僕の手元には、すごい装飾をされたグレードの高そうなカップが置いてある。

中身は薄く赤い、紅茶が入っている。クソッタレめが。


僕はコーヒーが飲みたかったと言うのが聞こえなかったのだろうか。

あれだけ実験前にアピールしたというのに、不足だったのだろうか。


世界は上手くいかないことばかりだ。僕はそう思いつつ、天井を見上げる。

知らない天井だ。――当たり前だ。ここは彼女の家らしいから。

家、というか。これはもう豪邸と言って過言ではないだろう。

高い高い天井には豪華な飾り物が付けてある。

シャンデリアと言ったっけ?実物を見るのはこれが初めてだ。


今、僕が座っているこの椅子も、なんだか良く分からないがすんごい座り心地が良い。多分お高い。

僕と彼女を挟んで置いてある、このテーブルも。テーブルクロスなんかが敷かれていて。凄いお上品な感じだ。


極めつけは僕の背後と、彼女の背後に居る使用人だ。

2人とも男性で、黒い執事服?とでも言うのだろうか。それを身に纏っている。(甲斐甲斐しく手際よく。僕のカップに紅茶を淹れてくれたのもそのうちの1人だ)


うん、そこまでは良い。

問題はその2人の手元。


――白い、ピッカピカの手袋をしているのだ。


うん、要するに、この2人の使用人は、ギフテッド様だ。

神より100万人に1人の確率で贈られたギフト持ち。それがこの広い部屋に4人も居る。(僕も含めて)

彼らの目的はなんだろう。3人に勝てる訳ないだろ!!と言わんばかりに殴り掛かられるのだろうか。

もしそうだったら――。いや、本当に勘弁して欲しい。

僕がそんな事を思いながら、手元のカップを眺めていると。


「……実験で負けたのは、これが初めてですわ」


そんな事を、目の前の彼女が漏らした。


「これまで。いくつもの実験をしてきましたわ。

 その誰もが、戦闘向きの能力なんて持っていませんでした。

 ……油断、していたのでしょうね」


「そうだね」


「失礼ながら貴方の事、調べさせて頂きましたわ。『輪の魔法使い』でしたか。

 あまり多くの情報は手に入りませんでしたけれども。それでも、手に入った情報は、どれもが。

 ”実験の事前に仕入れていれば”と、そう思わざるを得ません」


「そっか」


適当に相槌を打ちながら、言葉を待つ。

不意に、ぱき。と。彼女が持つカップの手持ち部分が割れた。

眉間に皺を寄せて、そちらを見れば。彼女はカップを持ち上げてはおらず。

その手にあるのはティーカップの持ち手のみ。中身の紅茶は。

薄く、赤い色を真っ白なテーブルクロスの上に広げていく。


彼女は、何でもない事のように。それを見つめて。

後ろに立っていた使用人は、慣れた手つきで彼女のカップを片付ける。

まるで日常の一部になっているかのように見えたそれを見て。僕は、初めて僕の方から話題を振る。


「……想いを好きに《バーニング・デザイア》だっけ。

 ……オンオフが効かないのか。いや。そもそも常時発動型の能力なのかな?」


「ふふ、扱いづらい能力でしょう?

 お陰様で、我が家のカップは全て使い捨てですのよ」


「それはまた豪勢なことで。

 それでも、僕の方よりかはいくらか戦闘向きで”羨ましい”……いや。これは禁句だったね。

 特に、僕らギフテッドの間では」


「ええ、そうね」


「僕らに渡されたギフト、能力は。

 そのどれもが、戦闘向きじゃなかったり。日常生活をするにあたって何らかの不具合がある。

 要するに、欠点だらけで。使い勝手が悪い能力しか渡されなかった」


「そんな私達に向けて、羨ましい。だなんて言葉は禁句。

 10年前にそんな事を言い出した方が居たそうですが、そうですわね。それは本当の事でした」


「そうだね。それは僕らギフテッド達の中では常識と言って過言じゃない」


片付け終わったテーブルの上で。僕らは軽口を交わし合う。

後ろに居る使用人の人らも苦笑いをしているのを見るに、彼らもまた、苦労しているのだろう。

僕らギフテッドは、いつだってそうだ。こうだったら良いのに、という願望を抱いている。

それは、自信のギフト、能力に関してもそうだし、他人に関してもそうだ。

そのことごとくが、裏切られてきたのだけれども。


「『輪の魔法使い』さん? 貴方、78位のランカーでしたのね」


「……皆様方のランキングでは、そうらしいね……?」


不意に、彼女はそう言って。僕はため息を吐いた。

ここで言う、ランキングというのは、神様の実験の中で人間達が勝手に付けたランキングだ。

僕らギフテッドは、100万に1つの確率で生まれた。世界人口はおよそ70億人だから。ざっと7000人前後といった所だろうか。

上位100人の中のギフテッドは、ランカーと呼ばれ、注目度が上がる。

ここで勘違いして欲しくないのは、注目度が上がったからと言って、何かが得られるという訳ではない事だ。

まあ、充足感は得られるのかも知れないが、スポンサーが付いたり、お金が得られる訳ではない。


ギフテッドは、ギフテッドであると言う事だけで、国から生活の保障がされる。

これは20年前からそうなのだけれども、そうなった時に、ちょっとしたいざこざが起きた。

不公平だと、ある人間が言い出したのだ。

だから僕らギフテッドは、当時。シックスナインの皆様方から恨まれたりもした。

電子掲示板なんかを見れば、今でもギフテッドに対するアンチスレが立ってたりもする。


だが、それも昔の話。今となっては神様の実験は彼らの大切な娯楽の一部となり。

実験の中でも、勝率が高い者。人気がある者なんかが、ランキングの上位に居座っている。

僕が7000人中の78位という、半ば盛り過ぎではないか。なんて位置に居座っているのは。

つまりは、初期から居るギフテッドということと、人気がある、ということが評価されてなのだろう。

だがまあ、つまるところ。


「上位でも良い事ないけどね」


「まあ、それは否定しません。

 けれどそれは、情報収集を怠った者の言い訳でしかありません」


「真面目だなあ。君は」


「ええ。次こそは勝ちますので」


やれやれ。怖い怖い。と言った具合に。僕はカップの紅茶に口を付ける。



―――B―――



それから僕らは少なくない時間を話し合った。

その内容の大半は、僕のギフト、つまりは能力についての対策だったのだけれども。

この子ったら次会ったら絶対ぶっ飛ばすウーマンになってらっしゃるわ。

ああ、やだやだ。頭の回る脳筋、暴走してない暴走列車、賢いゴリラとでも言えば良いのやら。(いや。ゴリラは元から賢いか)

手元にはノートなんかを置いたりしていて。彼女が質問しては逐一使用人がペンを走らせている。

こういう力はあって、今後対策をしてくる相手は一番苦手なんだ。


でも、僕は彼女の質問をスラスラと答えた。

僕の能力の端から端まで。のんびりとした口調ながらも。明確に。

とは言っても、僕の能力は”輪と輪を繋げる”だけなのだから、隠す必要もないのだけれども。


どんな能力なのか、だとか。どういう事が出来るのか。

だとかはひとしきり言い終わり。僕はカップの紅茶にまた口を付けた。

僕が能力の詳細を説明している間、彼女はずっと眉をひそめる彼女が印象的だった。


「こう言ってはなんですが、いくら何でも話しすぎでは?」


「そうかもね。でも、この程度だったらTVに流されている部分を引っ張ってきて考察する程度で分かると思うよ。断じて、君の実力を舐めている訳じゃない」


「というと?」


「能力が不明なギフテッドが2人に。戦闘系のギフテッドが1人。こちとら可哀想な非戦闘ギフテッドが1人だ。

 君は、きっとその気になれば、力づくで僕から情報を抜き出すことも出来るだろう。

 それを思えば。素直に質問に答えておくのが、一番賢い選択肢かと思ってね」


現に、僕は今とてもピンチだ。逃げようと思えば何とかなるかも知れないが。

戦うとなったら、この間合いじゃあ僕に勝ち目は万に一つもない。


きっと僕の態度次第では、すぐさま彼女の拳が飛んでくることだろう。

前は不意打ちに近い形で何とかなったけれども、今度は多分無理だ。

1人でも無理なのに、追加で2人のギフテッドは、流石に無理無理かたつむり!

いつだってそうだ。もしも”こうだったら”良いのに、という願望はいつも打ち砕かれる!


彼女は、笑顔を深めて。顎に手の甲を乗せると、あからさまに口調を変えた。


「あら。分かってたのね?」


「分かるともさ。で? 僕はこの後どうなるんだい?」


「別にどうもしないわ。この私に勝った以上。同じ相手との実験はほぼ無いでしょうし。

 今後の神様の御意思に従うまで」


「ふうん」


「最初こそ、一発ぶん殴ってやろうと思ったけどね」


「怖い事言うなよ。おっさん漏らすぞ」


「臓物を?」


「いや、違うから」


彼女はくつくつと笑いながら、僕の目を見て。


「でも、今度会ったら容赦しないわ」


それだけ言うと。お屋敷から追い出されるように、外へと出された。

あの目、笑ってなかったなあ。などと考えて。僕は落ちていた小枝で。土の地面に丸く輪を描くと。


「輪に輪を掛けて《リング/リンク/リング》」


自宅にある輪と輪を繋げて。輪の向こうへと一瞬で帰宅した。

これが出来るのが、この能力の数少ない利点である。



―――C―――



ノートの一部より。



わ【輪】


 輪に輪を掛けて《リング/リンク/リング》


自分が認識している輪と輪を繋げる事が出来る。

認識さえしていればどこまでも離れた先の輪でも繋がる。

例.自宅にある輪が「ある」と認識していれば、理論上どこからでも移動可。

→実験の時にそうしなかったのは何故?

解.天使様がいらっしゃったから。連れ戻されるだけ。

→優れたアポート能力。ただし、戦闘で活かすには工夫が必要では?

解.その通り。なのでカウンターくらいしか出来ない。



がん‐ぼう【願望】


 想いを好きに《バーニング・デザイア》


感情の振れ幅で威力が変わる強化系能力。

オンオフ不可。常時発動系の能力。

ティーカップの使い潰しが多い事から紙コップを普段は使うこともあったり。

来客が居る際には使い潰してもいいからティーカップを使う。

美味しいと想ったら力が溢れるのでティーカップが砕ける。不味くても同様。



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僕ら彼女らは、与えられた能力とそれなりに向き合うようです どらわー @drawr

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