近くて遠くて家族で。
しょうがさん。
第1話
好きだったはずの音楽をアラームに設定すると、その曲をあまり日常で聴かなくなる。まだ眠りたい朝に、意地でも起こしてくるあの音が鬱陶しくなるのだ。好きだったはずなのに。
カーテンの隙間からこちらに向かって流れる陽の光に目をこすりながら、以前まで通学時間によく聴いていた洋楽が大音量で流れるスマホに手を伸ばす。二度寝してしまいそうな自分を奮い立たせて、なんとか起き上がる。
6:30。私の一番嫌いな時間。起きなければならない時間が好きな人間などいるのだろうか。
また1日が始まった。
冷たいフローリングに足をつき、階段を降りてリビングへと向かう。そこには素敵な両親が美味しい朝食を準備しながら待っていて、
なんてことはなく、静かな誰もいない無駄に広い空間が広がっている。
私の朝は大抵1人きりだ。親が仕事で忙しく、だいぶ早い時間に家を出るため、かなり前からそうだ。寂しそう?まあ確かに。でもそんなことにももう慣れている。最近はそんな自分も少しかっこよく感じるくらいだ。
さあ、自分で朝食の準備をしよう。
といってもトーストを焼くだけなのだけれど。
トースターに6枚切りのパンを2枚投げ入れ、4分間のメモリに合わせる。ここからが私の戦いのスタートだ。4分という短い間に身支度を整える。歯を磨き、水で顔を洗い、髪を結ぶ。
前髪を整えている時間なんてないので、ピンで横にぱっちんで終了だ。
そんなんで学校に行くのかと不思議に思う人も多いだろう。「前髪命」な女子で溢れかえる世の中で、前髪ぱっちん!?
でも女子校に通う私からしてみれば前髪に命なんてかけてなんかいられない。睡眠時間とリラックスタイムが命である。
階段を駆け上り、自室に戻って制服に着替え始めた頃、トーストのいい香りが広がる。
熱いものは熱々のうちに食べたいタチの人間なので、そそくさと階段をおり、トーストを取り出す。今日は何を塗って食べようか。
メープルバターにしよう。
手がベタベタになるけど、それ以上にこの組み合わせが最高に美味しいのだ。
いちごジャムも同じくらい好きなので迷ったが、今日はこっちの気分だ。
やっと席に着いて、お水を一口。
「いただきます。」
誰がいるわけでもないのに、この挨拶は欠かさずにしてしまう。メープルバタートーストをかじる。
これだこれだ。私の大好きな味。
噛んだ瞬間にジュワッとあまじょっぱいのが口いっぱいに広がる。最高。
汚れていない指で近くにあったリモコンのボタンを押し、テレビをつけた。
6:47。家を出るまでにはあと1時間弱時間があるので、それまではこうしてダラダラと朝食を食べながら朝のニュースを見るのが日課だ。
大きなテレビの画面には、長年奥さんにしたいアナウンサーランキング上位を死守する女性アナウンサー、みかぽんこと
瀬川美加子が食リポを行っていた。
美味しそうな今が旬のりんごのスイーツを頬張っている。アップルパイは私の大好物だ。
羨ましい。だが、私には全国の人がこの人を奥さんにしたい理由が全く理解できない。美人系のの見た目に反して天真爛漫で少し抜けているところのある彼女が世の男性には刺さるらしい。所詮男なんてそんなもんだ。
「ごちそうさま。」
皿を洗って、カバンを持ったら出発だ。
いっけない。今日提出のプリントがあったのだった。修学旅行の申し込み用紙だ。
参加しない人なんていないだろ。と思いつつ、瀬川萌愛璃とサイン。
「保護者サインもいるのか。」
今からサインしてもらうことなんて不可能なので自分で書くしかない。
瀬川美加子
おまけに印鑑も押して、今度こそ出発だ。
「いってきます。」
誰がいるわけでもないのに。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます