第22話 剣聖が国宝級の魔剣でイカを捌き、夕暮れの浜辺で重い愛を囁く

浜辺には、食欲をそそる香ばしい匂いが充満していた。


「主よ、もっとだ! 醤油を垂らせ! マヨネーズも忘れるな!」


「はいはい。……ったく、とんでもない量だな」


 俺は鉄板(レンタル品)の上で、分厚いイカのステーキを焼いていた。

 材料は、先ほど俺たちが茹で上げた『グランド・クラーケン』だ。


 問題は、この巨大な食材をどうやって切り分けるかだったのだが――。


「ふっ……!」


 ザンッ――!!


 隣で、涼やかな音が響いた。


 レイナが愛用の名刀『白雪(しらゆき)』を振るうたび、巨大な触手が美しい断面を見せてスライスされていく。


「いかがですか、師匠。刺身用に『繊維を傷つけず細胞を生かす斬撃』を意識しました」


「……すごいですね。国宝級の魔剣が泣いてる気がしますけど」


 Sランク剣聖による、贅沢すぎる解体ショーだ。


 おかげでイカの切り身は透き通るように美しく、口に入れるとプリプリとした食感が弾けた。


「んんっ! 美味しいですぅ!」


 エルザ(紐水着)が、焼き上がったイカを頬張りながら身悶えしている。


 彼女はメガネがないままだが、「匂いで場所がわかります!」と言って的確に食べ物を掴んでいた。野生児か。


「うむ、悪くない。茹で加減も絶妙だ」


 ポチ(犬モード)も、自分の体ほどあるイカリングをガジガジと幸せそうに齧っている。


 配信のコメント欄も、このシュールな光景に盛り上がっていた。


@料理研究家

> 嘘だろ……あのクラーケン、毒抜きしないと食えないはずだぞ?

> まさか、瞬時の熱湯ボイルで毒素だけ分解したのか!?


@レイナ親衛隊

> レイナ様の手料理(解体)……!

> 俺も切られたい。刺身にされたい。


@名無し

> 結論:このパーティ、食に関しては最強。

 俺は冷えたコーラを飲みながら、久しぶりに心からの安らぎを感じていた。


 トラブル続きだったが、こうして見ると悪くない休日だ。


 ……まあ、海はまだ熱湯のままだし、遠くで観光客がこっちを指差して騒いでるけど、気にしないことにしよう。


     ◇


 宴もたけなわ。

 太陽が水平線に沈み、空が茜色から紫へと変わるマジックアワー。


 満腹になったポチとエルザは、レジャーシートの上で折り重なるようにして昼寝(夕寝)をしていた。


 俺は一人、波打ち際(まだ少し温かい)に座って海を眺めていた。


「……隣、いいですか?」


 声をかけてきたのはレイナだった。

 彼女はパレオを海風になびかせ、少し躊躇うように俺の隣に座った。


 夕日に照らされた横顔は、ハッとするほど綺麗だった。


「……今日は、ありがとうございました」


 彼女は膝を抱えて、ポツリと言った。


「私、ずっと修行ばかりで……こういう『普通の遊び』をしたことがなかったんです」


「え、そうなんですか?」


「はい。剣聖の家系に生まれ、剣を振ることだけを求められてきましたから。……だから、こんなに楽しかったのは初めてです」


 レイナは俺の方を向き、悪戯っぽく微笑んだ。


「水着を選んだり、ビーチバレーをしたり、巨大イカを茹でたり……ふふっ、全部、師匠のおかげですね」


「いや、イカは事故ですけどね」


「ご謙遜を」


 彼女は少しだけ距離を詰め、俺の目を真っ直ぐに見つめた。

 その瞳には、夕日の赤よりも熱い、強い光が宿っていた。


「私、決めました」


「何を?」


「もっと強くなります。今はまだ、貴方の背中を追いかけるだけで精一杯ですが……いつか必ず、貴方の隣に立っても恥ずかしくない『パートナー』になってみせます」


 彼女の手が、砂の上で俺の手に触れた。


 ドキリとする。


 Sランクの剣聖からの、事実上の告白(重め)。

 だが、俺の脳内変換フィルターは正常に「陰キャ仕様」で作動していた。


(パートナー……? つまり『固定パーティ』ってことか? やめてくれ、Sランクと組んだら目立ってしょうがない! 俺は日陰で生きたいんだ!)


 俺は引きつった笑顔で、当たり障りのない返事をした。


「あ、あはは……。まあ、期待せずに待ってます」


「はいっ! 待っていてください、師匠!」


 レイナは嬉しそうに微笑み、俺の肩にコツンと頭を預けてきた。


 甘い香りがする。

 心臓が早鐘を打つ。


 ――その時だった。


「むにゃ……主よ……肉が足りぬ……」


「……メガネぇ……メガネ返してぇ……」


 背後から、寝言の合唱が聞こえてきた。

 雰囲気が台無しだ。

 俺とレイナは顔を見合わせ、同時に吹き出した。


「ふふっ、騒がしい家族みたいですね」


「……まあ、退屈はしないですね」


 こうして、俺たちのリゾートダンジョン合宿は、更地になった海と、満腹の腹と、少しだけ縮まった(?)距離を残して幕を閉じた。


     ◇


 翌日。俺の自宅アパート。


「あー、疲れた。やっぱり家が一番だ」


 大量の干物(クラーケン)を土産に帰宅した俺は、郵便受けを確認した。


 そこには、一通の豪華な封筒が入っていた。

 差出人は『探索者ギルド本部』。


「なんだこれ? 請求書か? それとも賠償請求?」


 嫌な予感しかしない。

 俺は震える手で封を開けた。


 中に入っていたのは、一枚の招待状だった。


『拝啓 Fランク探索者 雨宮蓮 様』

『貴殿を、来月開催される【若手探索者・最強決定戦】に招待いたします』


「……は?」


 さらに、追伸が書かれていた。


『なお、本大会には貴殿のライバルを自称するカイト氏もエントリー済みです。逃げないことを期待します』


「…………」


 俺は手紙を握りつぶした。

 バカンスの余韻は一瞬で吹き飛んだ。


「なんで俺が出るんだよぉおおおお!!」


 俺の絶叫が、アパートに響き渡る。

 次なる舞台は、公式大会。


 観衆の目の前で、俺の「不運」がさらなる伝説を作ることになる。

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