第14話 味方の極大魔法が飛んできたので、全力でズッコケて回避した

「うわあああああ!? こっち撃つなぁああああ!!」


 俺の視界は、エルザが放った極大魔法『エクスプロージョン・ノヴァ』の紅蓮の光で埋め尽くされていた。


 逃げ場はない。

 左右に避ける時間もない。

 直撃すれば、俺なんて骨も残らず蒸発する!


(死ぬ! 妹の手術成功を見届けた直後に、エルフのドジで焼死とか嫌すぎる!)


 俺は生存本能だけで、後ろへ飛び退こうとした。

 だが、俺の『不運』は、そんな平凡な回避行動を許さない。


 ズルッ。


 踏み込んだ右足が、地面に生えていた変なキノコ(ヌルヌルする)を踏み抜いた。


「ぶべらっ!?」


 俺の体は物理法則を無視した角度で宙を舞い、そのまま顔面から地面に叩きつけられた。

 ヘッドスライディング大失敗のような無様なコケ方だ。


 ――だが。

 その「不運な転倒」こそが、生死を分けた。


 ゴォオオオオオオオオッ!!!


 俺の背中のわずか数センチ上空を、灼熱の奔流が通過したのだ。

 チリチリと作業着が焦げる音がする。

 ヘルメットの塗装が熱で溶けるのを感じる。


「あつっ! あつつつつ!?」


 俺は地面に這いつくばったまま悲鳴を上げた。

 だが、魔法は俺を飛び越え、その背後にあった「巨大な影」へと吸い込まれていった。


「ギャァアアアア――!?」


 断末魔の叫び。

 俺が恐る恐る顔を上げると、俺の背後から忍び寄ってきていた『マンイーターの親玉(巨大樹)』が、エルザの魔法を顔面に受けていた。


 ズドオオオオオオオオオンッ!!!


 森が震えるような爆発音。

 親玉だけでなく、周囲にいた取り巻きの植物モンスターたちも、爆風で根こそぎ吹き飛んでいく。


 数秒後。


 そこには、直径二十メートルほどのクレーターと、黒焦げになった更地だけが残されていた。


「…………へ?」


 俺は煤(すす)だらけの顔で、ポカンと口を開けた。


 助かった?


 いや、それどころか敵が全滅してる?


「……レンさん!?」


 砂煙の向こうから、エルザが這うようにして近づいてきた。

 彼女はまだメガネが見つからず、目を細めて虚空を睨んでいる。


「い、生きてますか!? 私、とんでもないことを……!」

「あ、ああ……生きてます。なんとか」


 俺は立ち上がり、足元に落ちていた彼女のメガネを拾って渡した。


「ほら、メガネ」

「あっ! ありがとうございます!」


 エルザは震える手でメガネを受け取り、装着した。

 そして、改めて周囲の惨状(更地)と、無傷の俺を見て――息を呑んだ。


「……信じられない」


 彼女の瞳が、驚愕から尊敬へと変わっていく。


「あ、あのタイミングで……魔法の軌道を読み切ったのですか?」

「え?」

「私の魔法が逸れた瞬間、貴方は一瞬の迷いもなく地面に身を伏せた(スライディングした)。そして、貴方の背後から迫っていた『巨大樹』に魔法を直撃させた……」


 エルザは熱っぽい口調でまくし立てる。


「つまり、貴方は自分を『囮』にして敵をおびき寄せ、私の暴発した魔法を利用して、敵を殲滅したということですね!?」

「いや違います! 俺はただキノコで滑って転んだだけで……」

「ご謙遜を! あの神がかった反応速度、偶然でできるわけがありません!」


 ダメだ。このエルフも話が通じないタイプだ。

 俺が否定しようとすればするほど、彼女の目には「実力を隠すクールな達人」として映ってしまう。


「ワンッ(……呆れた強運だ。だが、結果オーライだな)」


 ポチも呆れ顔で尻尾を振っている。

 ちなみにドローンも無事だったので、この一部始終はバッチリ配信されていた。


@名無しの探索者

> ファッ!?

> 今の連携なに!?


@FPS廃人

> 味方の誤射(フレンドリーファイア)を、スライディングで回避しつつ敵に当てたのか!?

> どんな動体視力してんだよヘルメット兄貴……


@魔法オタク

> てか、あのエルフの火力やばくね?

> 単発で地形変えてるぞ。

> 「回避盾(主人公)」×「固定砲台(エルフ)」のコンボ、凶悪すぎるwww


 コメント欄では、新たな「最凶パーティ誕生」の瞬間として盛り上がっていた。


     ◇


 戦闘後。

 俺たちは安全な場所で休憩を取っていた。


「ぐぅぅ〜……キュルルル……」


 盛大な腹の虫が鳴った。

 音の主は、正座して小さくなっているエルザだ。


「……お腹、空いてるんですか?」

「は、はい……。恥ずかしながら、パーティを追放されてから三日間、木の実しか食べてなくて……」


 エルザは顔を真っ赤にしてうつむいた。

 ハイエルフで、美人で、超火力持ちなのに、このポンコツぶり。

 俺はリュックから、コンビニで買ったおにぎり(シーチキンマヨ)を取り出した。


「これ、よかったらどうぞ」

「えっ、いいのですか!? 貴重な保存食を!?」

「ただのコンビニおにぎりですけど」


 エルザは震える手でおにぎりを受け取ると、包装フィルムを剥がすのももどかしく、ガブリとかぶりついた。


「んんっ! おいひぃぃぃぃ!」


 彼女は目を見開いて感動している。

 そして、あっという間に完食すると、俺に向かって深々と頭を下げた。


「レンさん! いや、師匠!」

「師匠!?」


 まただ。また弟子入り志願だ。


「私、決めました。貴方についていきます! 私の魔法は、貴方がいて初めて完成するのです!」

「いや、俺はソロで……」

「お断りですか? ……行き場のない私を見捨てるのですか? また一人で、メガネを落として震える夜を過ごせと……?」


 エルザがウルウルとした上目遣い(メガネ越し)で俺を見る。

 ずるい。そんな顔をされたら、断れるわけがない。

 それに、彼女の火力は確かに魅力的だ。俺の「不運(敵寄せ)」と彼女の「広範囲爆撃」があれば、効率よく稼げるかもしれない。


「……はぁ。わかりましたよ。とりあえず、このダンジョンを出るまでだからな」

「はいっ! ありがとうございます、師匠!」


 エルザが満面の笑みで俺の手を握る。


「ワンッ!(おい、近いぞメス猫! 主に触れるな!)」


 ポチが嫉妬して、エルザの脚に噛み付こうとしている(甘噛み)。

 こうして、俺のパーティに「爆裂エルフ」が正式加入した。

 だが、俺はまだ気づいていない。


 この配信を見ていた『ある人物』が、画面の前で静かにキレていることに。


     ◇

 都内某所。


 白銀玲奈(剣聖)の自室。

 彼女はスマホの画面を、ヒビが入るほどの力で握りしめていた。


「……何よ、あの泥棒猫」 


 画面には、レンの手を握ってデレデレしているエルザの姿。

 玲奈の瞳からハイライトが消える。


「師匠の隣は……私の特等席なのに。あんなメガネに先を越されるなんて」


 彼女は立ち上がり、クローゼットから変装用のサングラスとコートを取り出した。


「特定しました。場所は埼玉、『碧の樹海』ね。……今すぐ行きます、師匠」


 ストーカー剣聖、出撃。

 俺の平穏なダンジョンライフは、ここからさらにカオスな修羅場へと突入していくのだった。

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