第13話 追放されたエルフは、味方を消し炭にする天才だった

「い、痛たたた……」


 俺は腰をさすりながら体を起こした。

 藪の中から這い出すと、目の前には先ほどぶつかってきた少女が、地面を手探りでペタペタと触っていた。


「め、メガネ……私のメガネ……」


 金髪のショートボブに、長く尖った耳。

 ファンタジー映画から抜け出してきたような、正真正銘のエルフだ。

 だが、その挙動は完全に不審者だった。


「あの、大丈夫ですか?」


 俺が声をかけると、彼女はビクッと肩を震わせ、あさっての方向(木の幹)に向かって頭を下げた。


「も、申し訳ありません! 前が見えなくて……! お怪我はありませんか、木の精霊様!」

「俺はこっちです」

「あ、声は右から……」


 彼女は顔を赤くして、ジリジリと向きを変えた。

 相当な近眼らしい。俺は足元に落ちていた、牛乳瓶の底みたいに分厚いメガネを拾い上げた。


「これ、貴方のですよね?」

「ああっ! それです! ありがとうございます!」


 彼女はひったくるようにメガネを受け取ると、慌てて装着した。

 その瞬間、彼女の雰囲気がガラリと変わった。


「コホン。……失礼しました。取り乱してしまい、お見苦しいところを」


 彼女はスッと立ち上がり、優雅にスカートの埃を払った。

 メガネの奥の瞳は、理知的でクールな光を宿している……ように見える(レンズが分厚すぎて目が小さくなっているが)。


「私はエルザ。エルザ・フォレストと申します。ハイエルフの端くれにして、魔導を志す者です」

「あ、どうも。俺は雨宮……えっと、Fランク探索者のレンです」


 一応、偽名(下の名前だけ)を名乗っておく。

 エルザは俺の作業着姿をジロジロと見て、眉をひそめた。


「Fランク……? この『碧の樹海』は推奨ランクCの中級ダンジョンですよ? そのような軽装で来るなど、自殺行為ですわ」

「ワンッ!(お前が言うな、ドジっ娘め)」


 ポチが俺の足元で呆れたように吠えた。

 確かに、さっき全力疾走で転んでた奴に言われたくない。


「それで、エルザさんは一人ですか? パーティは?」


 俺が尋ねると、エルザの表情が曇った。

 彼女は視線を逸らし、自嘲気味に笑った。


「……おりません。いえ、正確には――三十分前に『クビ』になりました」

「クビ?」

「ええ。理由はシンプルです」


 エルザはメガネの位置を指で直しながら、遠い目をした。


「私の魔法が、敵よりも味方に当たる確率の方が高いからです」

「……えっ」

「先ほども、後衛から援護射撃をしようとしたのですが……ターゲットのオークではなく、前衛の戦士の背中を燃やしてしまいまして。『お前がいると命がいくつあっても足りん! 失せろ!』と」

「うわぁ……」


 想像以上にヘビーな理由だった。

 それは確かに追放される。というか、よく今まで無事だったなそのパーティ。


「ですが! 弁解させてください!」


 エルザが急に食い気味に迫ってきた。


「私の魔力と演算能力は完璧なのです! ただ、ほんの少し……そう、視力が0.01しかなくて、動くものがよく見えないだけで……!」

「それが一番致命的だよ!?」


 魔法使いにとって「ロックオン」は命だろうに。


「だから私は、一人で修行していたのです。メガネさえあれば、私だって……!」


 言いながら、彼女の目から涙がこぼれ落ちた。

 分厚いレンズが涙で曇っていく。


「うっ、ぐすっ……悔しいです……。私だって、役に立ちたいのに……。エルフの里を出て、立派な魔導師になりたかったのに……」


 その姿を見て、俺の胸がチクリと痛んだ。


(……なんか、俺と似てるな)


 俺もずっと、「運が悪い」というだけでパーティから嫌われ、荷物持ちとして扱われ、最後は捨てられた。


 「役に立ちたいのに、自分の体質(スペック)がそれを許さない」。


 その悔しさは、痛いほどよく分かる。


「……エルザさん」


 俺が慰めの言葉をかけようとした、その時だ。

 ガサガサガサッ!!

 周囲の茂みが一斉に揺れた。

 俺の『不運センサー』が、頭痛がするほどの警告音を鳴らす。


「しまっ……囲まれた!?」


 現れたのは、樹海特有の魔物『マンイーター(人食い植物)』の群れだ。

 触手のような蔦(つた)をうねらせ、十体以上が俺たちを取り囲んでいる。


「ひぃ!? ちょ、ちょっと待って! 今いい話の途中だから!」


 俺は慌てた。

 ポチはまだ「犬のフリ」をしているので動けない(と俺は思っている)。

 俺一人では、こんな数相手にできない。


「レンさん! 下がっていてください!」


 エルザが涙を拭い、杖を構えて前に出た。


「ここは私が食い止めます! 名誉挽回のチャンスです!」

「えっ、いや、でも君、味方に当てるんじゃ……」

「大丈夫です! 今はメガネがありますから!」


 エルザは自信満々に詠唱を始めた。

 杖の先端に、凄まじい熱量の赤い魔力が収束していく。

 Sランク並み……いや、それ以上の超極大魔力だ。


「我が名はエルザ! 紅蓮の炎よ、敵を焼き尽くせ!」


 《 エクスプロージョン・ノヴァ!! 》


 必殺の魔法が放たれた。

 だが、その瞬間。

 ズルッ。

 エルザが踏ん張った足元の土が、なぜか崩れた。


「あ」


 彼女の体が傾く。

 放たれた火球の軌道が、大きく上にズレる。

 そして――

 バチィーンッ!!

 跳ね上がった木の枝が、彼女の顔面を直撃し、メガネを弾き飛ばした。


「あ、私のメガネぇえええええ!?」


 視界を失ったエルザ。

 制御を失った極大魔法。

 そして、その魔法が飛んでいく先には――


「……え、こっち?」


 逃げようとしていた俺(レン)がいた。


「うわあああああ!? こっち撃つなぁああああ!!」


 俺の目の前で、世界が真っ赤に染まった。

 不運だ。やっぱり俺は不運すぎる!

 追放されたエルフを拾ったら、その最初の被害者が俺になるなんて!


 だが、この絶体絶命のピンチが、俺たちの「最強のコンビネーション」を生むきっかけになるとは、まだ誰も気づいていなかった。

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