第5話 病弱な妹が、なぜか俺の「切り抜き動画」のガチ勢になっていた

 ダンジョンから帰還した俺は、その足で銀行のATMに駆け込んだ。


 震える指でDフォンをタッチし、即時換金の手続きを行う。


 《 口座残高:¥5,824,500 》


「……マジだ。夢じゃないんだ」


 画面に表示された数字を見て、俺は膝から崩れ落ちそうになった。たった数時間前まで、俺の残高は三桁(数百円)だった。


 それが今や、帯付きの札束が何個も積める金額になっている。


「これで……華の手術ができる」


 俺は拳を握りしめ、すぐさま総合病院へと向かった。もちろん、怪しすぎる作業着とヘルメットは駅のコインロッカーにぶち込んで、普段着(ユニクロのパーカー)に着替えてからだ。


     ◇


 総合病院、四階。個室病棟。

 俺が病室のドアをノックして入ると、ベッドの上でタブレットを食い入るように見ていた少女が顔を上げた。


「あ、お兄ちゃん! 遅いよ!」


 雨宮華(あまみや はな)。俺の自慢の妹だ。

 『魔力欠乏症』の影響で肌は透き通るように白く、体も細い。だが、その瞳だけはキラキラと輝いている。


「ごめんな。ちょっと……臨時収入が入る仕事をしててさ」


 俺はパイプ椅子に座りながら、できるだけ平静を装った。

 さっきまでミノタウロスに追い回されて泣いていたなんて、口が裂けても言えない。


「仕事? そんなことより見てよこれ! 今、SNSですっごい話題になってる配信者がいるの!」


 華は興奮気味に、手元のタブレットを俺に突きつけてきた。

 画面に映っていたのは――『【神回】謎のヘルメット男、ミノタウロスを自滅させるwww』というタイトルの切り抜き動画だった。


「うっ……」


 俺は呻き声を上げた。

 サムネイルには、ゴーグル姿で腰を抜かしている俺の顔(アップ)が使われている。


「この人ね、通称『不運仮面』って呼ばれてるんだけど、動きが凄すぎるの!」


 華が動画を再生する。

 画面の中の俺が、情けない悲鳴を上げながらスライディングしているシーンが流れる。


『うわあああ! 来るなぁあああ!』

「ここ! ここ見てお兄ちゃん! 敵の攻撃を誘うために、あえて隙だらけの叫び声を上げてるんだよ。心理戦の達人だよね!」

「い、いや……これ本気で怖がってるだけじゃ……」

「違うよ! 剣聖のレイナ様も言ってたもん。『彼の動きには無駄がない』って。ほら、この後の天井崩落も、最初から計算してないとあんな位置に誘導できないでしょ?」


 華の目は「推し」を見る乙女の目になっていた。俺は冷や汗が止まらない。


(やめろ……俺をそんなキラキラした目で見ないでくれ……! それはただの不運な兄貴だ……!)


 実の妹に自分の恥ずかしい映像を見せられ、しかも「かっこいい」と絶賛される。

 こんな拷問があるだろうか。

 俺は引きつった笑みを浮かべるしかなかった。


「……そ、そうなんだ。すごい人がいるんだな」

「うん! 私ね、この人の配信を見てると勇気が湧いてくるの。どんなに絶体絶命でも、諦めなければ道は開けるんだって」


 華はタブレットを抱きしめ、うっとりと呟いた。

「いつか会ってみたいなあ。きっと、ヘルメットの下は素敵な紳士なんだろうな……」

(……絶対に正体バラせねぇ)


 俺は心の中で固く誓った。もしバレたら、妹の夢を壊すことになる。

 それに、「お兄ちゃんがあの変質者だったの?」と軽蔑される未来しか見えない。


「――そうだ、華。大事な話があるんだ」


 俺は話題を変えるべく、居住まいを正した。


「手術費、用意できたぞ。来週にでも手続きしよう」

「え……?」


 華が目を丸くする。


「う、嘘でしょ? だってあれ、五百万もするんだよ? お兄ちゃん、まさか危ない仕事……」

「してないしてない! ちょっと……運良く、レアな魔石を拾ってさ」


 嘘は言っていない。

 ミノタウロスのドロップ品と、スパチャという名の現代の錬金術だ。


「だから安心しろ。お前の病気は治る」


 俺が頭を撫でると、華の大きな瞳からポロポロと涙がこぼれ落ちた。


「……ぐすっ、お兄ちゃん……ありがとう……!」


 泣きじゃくる妹を抱きしめながら、俺は思った。あの配信、切り忘れて本当に良かった、と。


 恥をさらした甲斐があったというものだ。


(……でも、手術費だけじゃ足りないな)


 術後の入院費やリハビリ、それに俺たちの生活費。これからも金はかかる。


(やるしかないか。もう一度、あの『不運仮面』を)


 俺は華の背中を撫でながら、覚悟を決めた。

 一度きりのまぐれかもしれない。

 次は本当に死ぬかもしれない。

 それでも、この笑顔を守るためなら、ピエロにでも何にでもなってやる。


「――ん? お兄ちゃん、Dフォンの通知なってるよ?」


 華に言われて、俺はポケットからスマホを取り出した。


 探索者協会(ギルド)からのメールだ。


『件名:至急連絡乞う』

『本文:Sランク探索者パーティ『紅蓮の翼』のリーダー、カイト氏より、貴殿に対して抗議の申し立てがあります。直ちに出頭してください』

「……は?」


 カイト。

 その名前を見た瞬間、俺の胃がキリキリと痛み出した。


 俺をパーティから追放した張本人であり、俺の高校の同級生でもある嫌な奴だ。


「……なんであいつが?」


 俺の不運な冒険は、どうやらまだ終わらせてもらえないらしい。

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