神獣様とわたし

HAL

第1話 鹿と犬と猫とわたし

「赤子、時間じゃ」

「あ、もうそんな時間なんだ。はぁい」


 枝分かれした角にヒョイ、とひっかけられる。そのまま後ろにポイと放り投げ自分の背に乗せてくれる鹿。

 そう、鹿。

 

「範囲、広がった?」

「……お主が来た頃よりはだいぶんと広がっておるの」

「それはなにより」


 のんびりとした会話をしながら目的地へ移動する。全身が淡い光に包まれている神々しい動物の背に乗りながら。

 鹿が喋るのも光るのも最初は慣れなかったけど、人間その場その場に適応していく生き物なんだなぁと数年で悟った。というか、適応しないと生きていけない事を痛感した。だって、わたしは赤ん坊になっていたのだから。(若返るのにもほどがある)

 

 

 ――さて、一体なにがどうなってこうなったのか…………。

 この場所で目を覚ました時はそれはもう驚いた。なんて幻想的な夢なのか、と。辺り一面に咲く色とりどりの花。その花に囲まれる様に中央にある透き通った湖。柔らかな陽が指す場所にはたくさんの種類の動物が腰を落ち着けていた。(全員うっすら光っている)


「……次は赤子か。――その方が良いかもしれんの」

「大丈夫かよ? ガキなんてなぁんも分かんねぇだろ」

「そうはいっても私たちに選択肢はないわ」


 喋った。動物が……。多分、鹿と犬(狼?)と猫。わたしの知っている標準の大きさをだいぶとオーバーしているけど。もちろんこの三匹以外にもたくさんいるが、わたしを見ながら話す動物に気をとられ他を見渡す余裕はない。ぼんやり三匹を眺めていると、見られている事に気づいたのか黒猫がすっと近づいてきた。

 

「泣かないのね。良い子」


 ペロリ、と頬を舐めてくる。そのざらりとした感触には慣れているから思わず手を伸ばし頬を撫でる。人間咄嗟に出るのは習慣や癖なんだとこの時知った。だってどう見ても自分の何倍もある動物に手を出すなんて自殺行為もいいといころだろう。でも猫だから……。そして黒猫だから……。要は可愛いのだ。小さかろうが大きかろうが猫は可愛い。昔一緒に暮らしていた黒猫を思い出しながら、目の前の黒猫を撫でる。黒猫は優しいのだろう。わたしの手が届くように頭を静かに下げる。


「つやつやで良い毛並みだねぇ……」

「!! あなた喋れるの?」

「うん? そりゃもちろん喋れるけど……」


 …………おかしい。普通は逆じゃないだろうか。わたしが「動物が喋れるの!?」ってなる所じゃないだろうか。

 (まぁ夢だしな……)

 これが明晰夢というものだろうか。なんて考えながらつやつやの毛並みを堪能する。

 そんなわたしを訝し気に見ている三匹。なんだろう……こう、すっごい表情豊かな動物たちだ。そりゃずっと家族として暮らしていればある程度の表情は分かるようになるけれど、なんか違う。人と同じだ。表情筋がめっちゃ発達している。

 

「おいガキんちょ、なんで喋れる」

「なんでって……人間だからとしか…………ガキんちょ?」


 いや、たしかに目の前にいる三匹と辺りにいる動物はデカい。めちゃくちゃデカい。だが、わたしはとっくに成人済みだ。


「お前の粗雑さはなんとかならんのか……。赤子よ、お主はワシらの言っている事が理解できるかの?」


 多分犬? に変わり鹿が話し出した。口調と雰囲気が穏やかでおっとりしている。鹿ってそんな性格だっけ?


「うん、理解できるし話せるよ。ただ、赤子って…………?」

「ほほ、これはまた奇妙な。自分で気づいておらんのか」

「不思議ねぇ。この子、多分器と中身に矛盾があるのね」


 鹿と黒猫が小さく笑いながら言った。

 犬(もう犬でいいや)はなんか意味わかんないって顔してる。大丈夫、わたしもだよ。


「あの……」

「あぁすまんすまん。説明してやらねばならぬ事は沢山あるのじゃが……ひとまず水場まで移動するかの」

「乗せてあげるわ」


 黒猫の尻尾がふわりと身体に巻き付き背中まで運ばれた。猫の尻尾ってそんな重いもの持てないよね……? と思ったけど夢の中の事だから、あまり考えないようにしよう。大きい猫の背中に乗るという夢が叶っている。さすが夢。

鹿が言っている『水場』は恐らく中央の湖のことだろう。見渡している感じそこ以外に水はない。

 ゆっくりと歩いてくれているのか揺れはほとんどなく快適だ。それでも湖とはそこまで距離が離れておらず直ぐに着いた。

 

「ほれ、水面を覗いてみなさい」

「うん、うん? …………こども? いや、子供というより赤ちゃん?」


 水面に映っているのは、規格外サイズの黒猫とその背中に乗っている赤ちゃん。しかもわたしが言葉を発するたびに赤ちゃんの口も動く。なるほど。これが噂の若返りか……。

 いやいやいや、まてまてまて。確かに若返りたいとは常々思っていた。思っていたけれどでもこれは若返り過ぎではないだろうか。赤ちゃんて……。明晰夢といえど全てが思い通りになる訳ではないのか…………。

 

「慌てん子じゃのう……」

「いいじゃないの。話が通じて賢い子なら私たちも手間が省けるわ」

「……いや、充分困惑してますが…………うーん、まぁいっか」(どうせ夢だし)

「ええのか…………まぁよい。して赤子よ、説明を聞きたいかの?」

「私が説明するわ」


 鹿が説明しだそうとすると黒猫がぶった切った。鹿は「いやしかし」とか「やはりこういった事はワシが」とか言ってるんだけど黒猫が一刀両断している。……アレだ、多分話が長いんだ。なんかこの鹿、長老っぽい感じだし。雰囲気とか話し方とか。話が長いパターンのやつだ絶対。

 

「手短に話すとね、私たちから貴方にお願いがあるのよ」

「うん」

「そこに丸い石があるでしょう? それを両手で包むように触ってちょうだい」

「うん」


 しょぼんとしている鹿には申し訳ないが、わたしも長い話はあんまり……なので、黒猫の言う通りにする事にした。

 乗せてくれた時と同じように尻尾を上手に使い地面に下ろしてくれた。湖の手前に空色の水晶がある。綺麗な水晶に指紋をつけるのに若干の抵抗を覚えながらも言われた通りぺたりと両手で触る。

 

「触ったけど、どうすればいいの?」

「ありがと。じゃぁそのままの状態で、うーーん……そうね、『水を綺麗にして下さい』って祈ってくれる?」

「わかった。水を綺麗にして下さい」

「ふふ、声に出さなくても大丈夫よ」


 なんだいいのか。ではでは、と湖の水が綺麗になる様にと祈った。祈り始めた時に掌が少し熱くなった気がしたがポカポカと温かい程度だったので気にしない。いつまでやればいいのか分からなかったので、とりあえずひたすら湖が綺麗になる様に祈った。無心で祈るというのは実は意外と難しい。雑念がわかない様にランペドゥーザ島の海を思い浮かべる。(イタリアかどっかの海。綺麗すぎて何回も動画や写真見てた。残念ながら行った事はないけど……)

 チャプン、と風に揺れる湖の水音がとても心地よい。まるで水の中にいる心地で祈りとイメージを続ける。夢の中で祈るって不思議。

 

「これはこれは……赤子でこの浄化なら問題なさそうじゃの」

「良かったわぁ~言葉が通じて意味を理解できるまで数年はかかると思っていたから」


 もういいわよ、と黒猫に声をかけられ目を開ける。あれ、そういえば犬はどこにいったのだろう。いつの間にかいなくなっていた。アレかな、子供が苦手なのかな。小さい子って動物の触り方をまだ理解できないし声も大きいもんね。仕方ない。うんうん、と頷いていると鹿と黒猫が傍に腰を下ろす。

 

「赤子よ、疲れておるか?」

「ううん、特には。あ、でもお腹が……」

「減った?」

「うん」

「良かった。正常ね」

「正常?」

「えぇ。それも含めて説明するわ。でもまずは先に腹ごしらえね」


 言いながら黒猫はさっと駆けていった。はっや……。風が舞うのを感じながら黒猫が走った方向を眺めるとすでにこっちに向かって走っていた。

 

「おまたせ」

「いや全然……ありがとう」


 黒猫が加えていた風呂敷の様なものが地面におろされる。そこには色とりどりの果実が入っている。めっちゃ美味しそう。

 リンゴや桃、オレンジにバナナイチゴなどなど。自分の夢なのだから知らない果実は出てこないのだろうか。やけにキラキラしている事を除けば普通の果物だ。ありがたく両手をあわせていただきます、とりんごにかじりついた。いや、かじりつこうとした、が、無理だった。なぜならこの身体、歯がない。なんてこった。

 

「この世の終わりみたいな顔しとるのぉ」

「っふふ……ふ、ご、ごめんなさい。そうよね、貴方まだ赤ちゃんだものね」


 よほどの顔をしていたんだろう。黒猫は笑いながら鋭い爪先で桃の皮を剥いでくれた。あまりにも早業すぎて何が起きているのか視認できなかったけど。音にするならシュパシュパッって感じ(語彙力のなさにびっくりした)

 黒猫は剥いた桃をくれた。リンゴじゃなかったのは多分すりおろさないと食べられないからだろう。桃なら柔らかいから大丈夫だ。ありがたく桃を口にいれ、ちゅるちゅると果実を吸う。

 

「美味しっ……! これめちゃくちゃ美味しい!!」


 あまりの美味しさに驚愕した。とろとろとした実は僅かの酸味もなく濃厚なのにさっぱりとした甘さが口中に広がる。喉にもひっかかる事無くするすると飲み込める。美味しすぎるナニコレ。


「さて、食べながらでいいから聞いてちょうだい。この世界や私たち、そして貴方の今後のことを」

「……じゅる、んむ、うん、あむ」


 桃に夢中になりながらも黒猫に返事をするわたしに黒猫は目を細める。

 

「そうね、じゃあ私たちの事から。私たちはこの世界では神獣しんじゅうと呼ばれているの」


 しんじゅう……シンジュウ……神獣!?

 まさかの神様だった。ヤバい、わたしずっとタメ口だったよ。夢の中とはいえ神様にタメ口はまずい。というか歯がないのにわたしどうやってちゃんと喋ってたんだ。まさか「ひゃい、とか、あい、とか、あいあと」とかの音になってる? あ、それは成人済み女性としてめちゃくちゃ嫌だ。後で神獣様に聞いてみよう。

 

「……大丈夫?」


 意識が他に向いているのに気づいたのか黒猫……いや、猫神様ねこがみさま(とりあえず神と様をつけとこう)がわたしの顔を覗き込む。

 

「あ、大丈夫です。続けてください」

「……そう? なら続けるわね」


 訝し気にしながらも猫神様は話を続ける。


「この世界にはね、私たち神獣以外にも、大きく分けて人間、魔人、亜人、獣人がいるの」

「もちろん動物や他の生き物おるぞ~」


 鹿……鹿神様しかがみさまはよっぽど説明したいんだろうなぁ。チロリと鹿神様を横目に話を続ける猫神様の声にふんふんと頷いて耳を傾ける。

 

「で、遠い昔は共存できてたんだけど少しずつ種族間同士で争いが起き始めたの。私たちには直接的な被害はなかったんだけど。でも、神獣は争いに加担したくない者ばかりだったから住処を移す事にして……」


 なるほど。まぁ多種多様な生き物がいれば争いは起こりやすくなってしまうものなのかな。

 で、神獣様は神様だからその手の争いごとは関わらない、と。

 

「ただ忘れていたの。私たちにはが必要だった」

「願いや祈り?」

「えぇ。信仰とかそんな大げさなものでじゃなくてね。私たち神獣を大切に想ってくれる純粋な願いや祈り。貴方がさっき祈ってくれたみたいな」


 ……湖のことかな。純粋……純粋かぁ。大丈夫かなわたし。外見ピュアな赤ちゃんでも中身が…………。


「さっき、貴方は私たちのお願いを聞いてくれて真剣に祈ってくれたわ。だから湖もその祈りに反応した」

「うーん、要約すると、わたしは神獣様のお願いを叶えてあげたいと思って祈れば神獣様は助かる、という事ですか?」

「大雑把に言えばそういう事かしら」

「神獣様のお願いとは?」

「この住処を元の状態に戻したいの。どうか協力してくれないかしら?」


 コテンと首を傾げる猫神様。可愛い。条件反射で「はい、喜んで!」と返してしまった。どこの飲食店員だ。

 詳しい話は追々してくれるということなので、一旦寝ようと思う。さすがにそろそろ夢の中なのかどうか怪しくなってきた……。寝て起きた時にまだここにいたなら…………それはその時考えようとおもいました。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る