第24話 課金の行き先
通話が途絶えた。私は、スマートフォンを耳に当てたまま、動作を停止した。
杉浦が、コアラが好きで仕方がなく、ゲーム代行の代金を小桜動物園に振り込んだ可能性は、あるだろうか。悪事で得た金であろうが、コアラを救えれば良い、と考えた可能性は、あるだろうか。
コアラの餌代に悩んでいた久保が、不可解な資金の増加を喜んでいた可能性は、あるだろうか。動物園の存続のために、どのような形であれ、金が増えれば良い、と思っていた可能性は、あるだろうか。
地面を蹴る音が、近付いて来た。音のする方向に体を向けると、加賀が駆け寄って来た。
「パソコンとスマートフォンは、全て押収しましたか。樽谷さんを追い掛けたんですが、見つかりませんでした。杉浦の件で、園内を走り回っていたら、樽谷さんから、電話が架かってきて、念押しをされました」
「加賀さん、冷静に考えて下さい。現在、私たちは、捜査令状なしで、小桜動物園に押し掛けたんですよ。そもそも、捜査令状なしで、小桜動物園に向かう羽目になった犯人は、樽谷さんでしょう? 樽谷さんが、情報を得た瞬間に暴走しなければ、良かったんです」
「そうは言ってもですね」
「機動分析係が、現場で、片っ端から、パソコンとスマートフォンの解析を行っています。私たちの能力を舐めているんですか。パソコンとスマートフォンを押収するまでもなく、今、この場で、情報を
「良かった、ちょうど、加賀さんがいた。今から、捜査二課に情報を共有しよう、と思っていたんです。時は金なりですからね」
事務室から、機動分析係の松本淳介主任が現れた。松本主任は、普段通り、隙のない姿勢を保っていた。
松本主任は、腕時計を片手で叩きながら、早口言葉に挑戦する勢いで、報告内容を捲し立てた。
「過去二年間で、小桜動物園の職員と杉浦は、連絡を取っておりませんでした。迷惑メールの類は、見受けられましたので、全てのアドレスを控えました。外部からのメールは、取引先からのメールが、ほとんどでしたが、そちらのメールアドレスも控えました。本庁に戻り次第、差出人を解析します」
横槍を入れようがない、松本主任の報告の嵐に、加賀の顔から、生命力が失われていった。
「Teams等のチャット・ツールがダウンロードされていないか、パソコンとスマートフォンの双方で、確認しましたが、見当たりませんでした。秘匿性メッセージ・アプリの存在も確認しましたが、仕込まれていませんでした。残る連絡手段として、電話が考えられますが、音声記録を取っていないため、情報を得られませんでした。以上です」
「松本主任の報告内容を、すぐに樽谷さんに報告して下さい。全てのパソコンとスマートフォンを押収する必要はない、と」
松本主任の会話に被せて、加賀に詰め寄った。松本主任の顔が、悪童を前にした教師の顔になった。
松本主任は、打って変わり、一音一音をはっきりと発音した。
「私たちが現場に駆け付けたんですから、全てのパソコンとスマートフォンを押収する必要は、ありません。私たちを舐めているでしょう? 反論があれば、根拠を示して下さい」
「機動分析係の方々は、分析を完了されたんですか」
「完了していなければ、報告はしません。情報を混乱させて、意味がありますか。反論があれば、どうぞ
松本校長を前に、加賀は、途方に暮れていた。
加賀の頭の中が見えるようだった。加賀は、自身より階級が上の樽谷さんと松本主任を天秤に掛け、板挟みの苦難を味わっているだろう。
加賀が、
「承知致しました。ご対応頂き、ありがとうございました」
加賀が敗北した。
加賀の目が、事務室の入口に向けられていた。僅かに、入口のドアが開いていた。ドアの隙間からは、機動分析係の面々が、分析ツールをバッグに仕舞い込んでいる様が見えた。
数で勝てないと悟ったのだろう。樽谷さんに報告する近い未来を想像したのだろうか、加賀の背が丸まっていた。
松本主任が、事務室内に戻っていった。加賀は、スーツのポケットから、スマートフォンを取り出した。加賀は、スマートフォンと無駄な睨めっこをした。深呼吸を繰り返すと、加賀は、電話を架けた。
電話の途中、既に丸まっていた加賀の背中が、更に、丸くなっていった。電話が切れると、加賀は、力尽きたように、地面に倒れ込んだ。加賀は、地面に大の字で寝転んだ。
「本庁に帰りたくありません。樽谷さんに会いたくありません。官舎に帰りたいです」
散歩の途中で止まった切り、動かない犬を見えているようだった。
分析ツールを
「加賀さん、帰りましょう。また覆面パトカーに乗せて頂きますよ」
「今日か明日、警視庁内で殺人事件が起こったら、私が被害者ですから。私のために、城ケ崎さんは、念仏を唱えておいて下さい」
加賀は、起き上がると、帰路に就いた。加賀の背中は、泣いていた。
事務室内に置いてある、分析ツールを詰めたバッグを急いで回収すると、加賀の後を追った。
帰りの覆面パトカーの中は、地獄だった。哀愁を漂わせたポメラニアンが、運転席で、
今後、《ビルド・アップ・マネー》の案件で、機動分析係が必要となった場合、私を含めるように、山内係長に依頼する、と加賀は、ほざいていた。何が何でも、樽谷さんのお
警視庁に帰り着くと、陰湿な空気が漂った、覆面パトカーから、速やかに、脱出した。警察総合庁舎別館の四階に駆け込んだ。山内係長の席を目掛けて、一直線に進んだ。
私の足音に、山内係長が、私に視線を向けた。机に手を突くと、必死になって、山内係長に嘆願した。
「山内係長、仮に、《ビルド・アップ・マネー》の案件で、機動分析係が出動する事態になっても、私を混ぜないで頂けますか。心臓に悪いです」
「常に心臓を傷めている加賀君から、既に連絡を貰っている。即座に、了承した。樽谷の盾になれるなんて、城ケ崎さんは、新たな才能を開花したね」
山内係長が、私を誇らしげに見ていた。
絶対に、私は、不必要な才能を開花させていない。言葉にならない絶叫が、部屋に響き渡った。
周囲の光景がぼやけて見えていた私の肩を、誰かが叩いた。
目に込み上げてくる涙を押し戻し、振り返った。植村が、勝ち誇った笑みを浮かべていた。
「城ケ崎、更なる悲報だ。城ケ崎より早く、《ビルド・アップ・マネー》の最新の振込口座を発見したぞ。今度こそ、全世界に公開されていない、最新の振込口座だ」
「私が全世界に公開した訳じゃないから。新たに逮捕された犯罪関係者のスマートフォンを解析していたの?」
「そうだ。今、解析が終わったばかりだ。前回は、《英雄の逆襲》の全世界チャットで振込口座が公開されたお蔭で、口座を凍結してみたら、
「植村君、《ビルド・アップ・マネー》の最新の振込口座を見つけたのか。すぐに捜査二課に情報を共有しよう」
山内係長を覆う空気が、引き締まった。植村が、背筋を伸ばした。
「《ビルド・アップ・マネー》の最新の振込口座は、バンク・オブ・ホライゾンの日本支店の口座でした」
「バンク・オブ・ホライゾンの日本支店! フィッシング・メールに誘導されて、小桜動物園が振り込んだ口座も、バンク・オブ・ホライゾンの日本支店の口座でした」
植村と目が合った。何も言わず、互いの顔から、目が離せなかった。
「口座番号を教えろ」
山内係長の声に、我に返った植村が、口座番号を伝えた。山内係長は、素早く電話を架け始めた。山内係長の眉間に
電話を切った山内係長は、私たちを真っ向から見据えた。
「今回は、二人とも、お手柄だったな。捜査二課は、小桜動物園の口座から流れた資金の流れを追っていた。小桜動物園の久保が、フィッシング・メールに騙された時間帯に送金していた口座番号を、既に調べ終えていたらしい。その口座番号が、《ビルド・アップ・マネー》の口座番号と一致した」
《パンダ》改め《コアラ》が、ゲーム代行の代金を、小桜動物園に送金した。杉浦の社用メールアドレスが使用されたフィッシング・メールに釣られて、小桜動物園が、《ビルド・アップ・マネー》に送金した。
《パンダ》改め《コアラ》と《ビルド・アップ・マネー》が繋がった。
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