第22話 樽谷の本心

 ライオンのケージの前まで戻ると、機動捜査隊が、既に到着していた。ライオンのケージ周辺が、黄色い現場保存テープで囲まれていた。檻の中のライオンは、不機嫌そうにしていた。

 顔見知りの機動分析係の面々が、駆け寄って来た。


「城ケ崎さん、パソコンやスマートフォンを破壊しかねない、と聞きましたけど、現在、どうなっていますか」


 私が口を開く前に、樽谷さんが指示を与えた。


「ライオンのケージの脇に小道があります。小道の先に、事務所がありますので、全てのパソコンとスマートフォンを押収して下さい。崩れ落ちている久保という女性が、応対するでしょう」


 普段通り、樽谷さんは、顔にも口調にも、感情がこもっていなかった。だが、今の樽谷さんは、激怒している人間よりも、殺伐とした空気をまとっていた。顔面の筋肉を動かしてくれるほうが、遥かに、ましだ。


 機動分析係の面々は、顔面を硬直させて、去って行った。

 樽谷さんは、機動分析係の面々を見送ると、背を見せた。樽谷さんが、歩き始めた。


「私は、癖で裏口から小桜動物園に入りましたので、失礼します」


 樽谷さんの背中が遠ざかっていった。


「待って下さい!」


 樽谷さんを逃す訳にはいかない。頭の中で、理性が叫んだ。


「前職で、樽谷さんは、小桜動物園の公認会計士監査をしていたんですよね? 資金横領の事実を突き止めても、会社は資料を提出しなかった。その経理部で、杉浦が働いていた」


「私の過去に踏み込むとは、不適切な行いですね」


 背後から、足音が聞こえてきた。振り返ると、加賀が走って来ていた。


「樽谷さん、杉浦は無事です。事情聴取できるようになるまで、日数は必要ですが」


 樽谷さんが、立ち止まった。


「そうか、良かった」


 樽谷さんは、ぽつりと一言零した。

 私は、あらん限りの声で、樽谷さんの背中に言葉を叩き付けた。


「杉浦は、資金を横領した経理部長を内部告発したが、経理部長と共に辞めさせられた。杉浦さんと再会した時、杉浦が新しい勤務先で働いていると分かり、本当は嬉しかった。ですが、杉浦が再就職せざるをなかった小桜動物園に対して、怒りを抑えられなかった。だから、恐ろしい笑顔になった」


 樽谷さんは、背中を向けたままだった。樽谷さんの背中に向かって、絶叫した。


「《パンダ》と《コアラ》の契約者が杉浦だと発覚した。一度は、正義感に燃えた人間が、悪事を行った事態に、樽谷さんは、怒った。杉浦を奥多摩に生き埋めにしたくなった」


「樽谷さん、そんなことを考えていたんですか」


 加賀が、驚きの声を上げた。


「恐らく、杉浦は、私たちが《桜空ラボ》を訪れた時点で、自身の悪事がバレると悟り、失踪した。逃げ切れないと思った杉浦は、かつて勤めていた小桜動物園の口座に、ゲーム代行の代金を支払わせた。執念深く、口座番号と暗証番号を覚えていたんでしょう。その後、フィッシングによる資金の不正送金を行い、小桜動物園を資金移動の中間地点とした……そのように予測していたんじゃないですか」


「城ケ崎さんは、人の心に土足で踏み入る傾向がありますね。非常に不愉快です」


「杉浦は、《コアラ》のアカウントの異常事態に気付き、最期を覚悟した。小桜動物園に向かい、辞めさせられた内部告発者が、因縁の会社で死んだ、と喧伝しようと考えた。既に、SNSで呟いていた、と当人が叫んでいましたし」


 声を張り上げ続け、喉が痛んできた。樽谷さんの心に届け、と大声を出し続けた。


「私たちが《桜空ラボ》を訪れてから、杉浦は、小桜動物園に罪を着せる術を考え続けた。資金の中間地点になれば、小桜動物園が、《ビルド・アップ・マネー》と関与しているように見えますから」


「事情聴取すら、終えていないのに、憶測で判断する行為は、不適切です」


「樽谷さんは、今、古傷をえぐられて、過剰反応をしています。例え、フィッシング・メールによる資金の不正送金の犯人が杉浦だとしても、小桜動物園の全社員のパソコンとスマートフォンの押収は、やり過ぎです。それは、樽谷さんの私情による指示です。今回、小桜動物園は被害者です」


 樽谷さんは、返事をしなかった。樽谷さんが、歩き始めた。遠ざかっていく樽谷さんから、目を離せなかった。


「樽谷さんの心情を推し量るなんて、恐ろしい行為を平気でしますね。しかも、樽谷さんの行動にケチをつけるなんて」


 妙に明るい加賀の声が聞こえた。

 振り返ると、加賀が、人懐っこい笑みを浮かべていた。自称ポメラニオンが、本物のポメラニオンに見えてきた。


「捜査二課のプロファイリングで、杉浦が、小桜動物園に勤めていた事実は突き止めていました。城ケ崎さんの言う通り、杉浦は、従業員不正の内部通報を行ったにも拘わらず、秩序を乱した者として、小桜動物園を解雇されました。樽谷さんは、一言も、前職で小桜動物園と関係があった、と喋りませんでしたが」


 加賀の笑顔が、樽谷さんの笑顔と同じように、恐ろしくなってきた。嫌な予感がする。


「樽谷さんの古傷に関係があった案件なんて、今後も、樽谷さんが荒れるに決まっています。今後、《ビルド・アップ・マネー》の案件で、機動分析係が必要となった場合、城ケ崎さんを含めるように、山内係長にお願いしておきます。山内係長ならば、樽谷さんと長い付き合いなので、ご理解下さるでしょう」


 突然、加賀が、天に向かって、ガッツポーズをした。慌ただしく動いている間に、夕焼け空から夜空に変わっていた。都心と違い、光り輝く高層ビルに取り囲まれていない、青梅の空は、星々が散りばめられていた。加賀の目は、潤んでいた。


「やっと、一人で樽谷さんの面倒を見なくて済む。きっと、城ケ崎さんが、樽谷さんに似ているから、感情を読み解けたんですね。城ケ崎さん、貴女が生まれてきてくれて、ありがとうございます」


 地獄の奈落に突き落とされた。夢の世界の中だと思い込みたかった。


 樽谷さんの面倒なんて、誰が見たいんだ?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る