第二章 人は幾らでも罪を犯せるんですよ
第14話 《X》の契約情報
「《パンダ》と《コアラ》のIPアドレスが開示されたぞ」
山内係長の大声に、座っていた椅子から飛び上がった。山内係長の席に駆け寄ると、勢いよく問い質した。
「契約情報が判明しましたよね? 誰でしたか」
「誰と言っても、普通は、知らない誰かなのだが……今回は、城ケ崎さんが知っている人物だな」
山内係長は、椅子に背を預けながら、しきりに
「《桜空ラボ》で経理部長を務めている杉浦和樹だ」
一瞬にして、快活な青年像が瓦解した、杉浦の顔が脳裏に浮かんだ。樽谷さんの無表情が崩れた原因は、杉浦だった。樽谷さんと杉浦の間には、やはり、後ろめたい出来事があったのだろうか。
背後から、植村が、山内係長に、静かに問い掛けた。
「《桜空ラボ》の社員が、《桜空ラボ》の運営しているスマホゲームのゲーム代行を行っていたんですか」
「植村の言う通りだな。何を考えているのやら。しかも、《X》に登録されていたメールアドレスは、社用メールアドレスだった。余計に、意味が分からない」
「樽谷さんは、どのような反応を示されていたんですか。杉浦とは面識があるようですが」
樽谷さんの背筋の冷える笑みを思い出し、恐る恐る、確認した。山内係長は、表情を変えずに、会話を続けた。
「樽谷からは、直接、電話をもらったよ。爆笑しながら、息も絶え絶えに、杉浦を奥多摩に生き埋めにしたい、って言っていたな」
今、樽谷と捜査に明け暮れているだろう加賀に、深く同情した。前回、《桜空ラボ》を訪問した時よりも、加賀の苦労は増しているだろう。
「奥多摩に生き埋めにしたい、とほざくなんて。樽谷さんは、城ケ崎と似ているのでは? 山内係長、胃腸の調子は、大丈夫ですか」
植村が、聞き捨てならない言葉を吐き出した。あの空恐ろしい男と私を一括りにしないで欲しい。
「胃腸は大丈夫だよ。樽谷と何年間の付き合いだと思っているんだ? 前職を辞めてから症状は悪化しているが、見慣れた光景だ」
「樽谷さんの前職は、そもそも何ですか」
一週間ずっと抱いていた疑問を、山内係長に投げ掛けた。後ろ越しに、植村の足を踏み付けるのも忘れなかった。背後から「足をどかせ」と騒ぐ雑音が聞こえたが、無視した。
「監査法人に勤めていた。とある会社の不正を見つけたが、強制捜査権もなく、目の前にいる元凶の人間を捕まえられず、相当、悔しかったらしい。それから、前職を辞めて、財務捜査官採用選考に進んだ」
「その目の前にいた元凶の人間が、杉浦ですか」
「知らないな。樽谷本人に聞くなよ。今、人間はこれほどまでに感情を爆発させられるのか、と疑いたくなるほど、激怒しているからな」
「SSBCに、SNSの《パンダ》と《コアラ》のアカウントの解析依頼が届いたのでは?」
私の足から逃れた植村が、私の背後から前に出て来た。足を踏まれないように警戒しているのか、植村は、私が大股にならない限り、足を踏み付けられない距離を保って、私の横に立った。
「勿論、杉浦のSNSの解析依頼は届いた。今、捜査二課は、杉浦のプロファイリングを行いながら、杉浦の所在を確かめている。自宅と勤務先に向かっているはずだ。七瀬の証言から、《ビルド・アップ・マネー》の関係者かもしれないからな。パソコンも押収するだろうから、そちらの解析も依頼されるだろう」
山内係長の机の上にあったスマートフォンが鳴った。山内係長は、即座にスマートフォンに手を伸ばした。
電話を始めると、山内係長は顔を
漏れ聞こえる電話先の声に、聞き覚えがあった。狂ったように笑いながらも、流暢に話している人物は、樽谷さんだった。小さく聞こえる声だけでも、震え上がりそうになった。
電話を切った山内係長は、胃に手を押し当てていた。山内係長の目が、虚ろになっていった。
「前言を撤回する。胃が痛くなってきた。樽谷が常軌を逸した興奮を隠せずにいる」
「何があったんですか。今日は、胃薬を持っていますか」
切羽詰まった植村の声に、山内係長はスーツのポケットを掌で叩いて見せた。
「心配するな。胃薬は常備しているよ。心配すべきは、樽谷の精神状態だな」
山内係長は、遠い
山内係長が、スーツのポケットから胃薬を取り出した。錠剤が小瓶にぎっしりと詰まっていた。植村が、山内係長の席の前から立ち去った。
胃薬をぼんやり見ながら、山内係長が呟いた。
「杉浦が失踪していたそうだ」
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