第12話 クズの末路

「少々、お待ち下さい」と断りを入れると、素早くスマートフォンを操作した。「けつの戦いで活躍したチート・ツールを今からでも販売して下さい」と打ち込んだダイレクト・メッセージを、《パンダ》に対して、送信した。


 スマートフォンをポケットに戻すと、澄川に向き直った。


「何か記録は、取ってありますか」


「二十六階に来て下されば、お見せできます」


「二十六階は、スマホゲームを開発している機密エリアだ。勝手に、外部の人間を引き入れるな」


「先ほど、やましいことは抱えていない、と仰っていましたね。でしたら、警察を二十六階に迎え入れても、大丈夫ですよね。まさか、公僕たる警察が、外部に機密情報をバラすとでも、思われているんですか」


 呆気なく好青年像を失った杉浦に、鋭く問い掛けた。

 杉浦が樽谷さんを横目で見た。笑顔の樽谷さんを見遣ると、杉浦の体が強張った。

 澄川が虫けらを見るような目付きで、杉浦を見ていた。


「そもそも、機密エリアである二十六階に、現在、バック・オフィスの方々が詰め込まれていますよね。バック・オフィスの方々が、二十六階のフロアに踏み入れないように、エンジニアだけは、入館証を二つ持っています。何故、今日は、バック・オフィスの方々が、機密エリアに侵入できたんですか」


 二十五階が空っぽになっている真相が分かり、呆れ果てた。《桜空ラボ》は、やましい事柄を山ほど抱えていそうだ。

 樽谷さんの優しい声が、個室に響いた。


「では、澄川さん、二十六階まで案内して頂けますか。藤堂社長と杉浦さんは、いらっしゃらなくて、結構です」


 藤堂社長は、腕を組み合わせた。理解し難い様子で、澄川に話し掛けた。


「《パンダ》のチート行為について、私まで報告されていない。澄川さんは、報告をしていなかったのかい?」


「適宜、報告はしていましたよ。何故か、私の報告は誰かに邪魔されて、抹殺されるようですが」


「風通しは、大分、悪いようですね」


 藤堂社長に向かって、吐き捨てた。

 藤堂社長は、溢れるエネルギーを怒りに変え、眉間にしわを寄せていた。

 杉浦が、藤堂社長を見詰めていた。杉浦は、藤堂社長にエネルギーを奪われたかのように、生気がなくなっていた。

 樽谷さんと加賀と共に、澄川に続き、個室を出て行った。


 二十五階から二十六階までエレベーターで昇っている最中、ポケットの中のスマートフォンが振動した。

 スマートフォンをポケットから引っ張り出し、《パンダ》の返信を見た。続きのやり取りは、別のアカウントで行って欲しい、と連絡が入っていた。紹介されたアカウント名は、《コアラ》だった。

 溜息が漏れそうになり、こらえた。このゲーム代行業者は、動物から離れられないのだろうか。


《コアラ》のアカウントをフォローした。《コアラ》に対して、チート・ツールの購入をダイレクト・メッセージで依頼した。私が送信したダイレクト・メッセージに、既読マークが付いた。

 再び、《パンダ》のアカウントを確認した。《パンダ》のアカウントが、抹殺されていた。


 二十六階は、五つの会社が占拠していた。《桜空ラボ》のオフィス・エリアの前には、一階のエレベーター・ホール前と同様に、駅の改札機のようなゲートが設置されていた。澄川は、タイト・ジーンズのポケットに仕舞っていたカードを使い、ゲートを潜り抜け、オフィス・エリアに入った。

 澄川が、ゲート越しに、私たちに向けて、カードを差し伸べた。一人が機械を通過しては、もう一人に手渡した。


 オフィスのドアを開くと、楽し気な談笑の声が聞こえた。ドアが開き切り、澄川と私たち三人がオフィスに入ると、談笑の声は小さくなり、やがて消えた。代わりに、不快な言葉を並べているだろう、呟きがオフィスのあらゆる所から、聞こえ始めた。


 二十六階の機密エリアは、二十五階と異なり、個別の机が用意されていた。二十台ほどの机の上には、デスクトップ・パソコンが鎮座していた。

 壁には幾つもの大きなガラス窓があり、二十五階と同様に、本来、夜景が見えるはずだ。だが、壁際で、談笑の輪を作っている社員たちに邪魔されて、夜景は見られなかった。誰も机に座っていなかった。


 澄川は、談笑の声も呟きも無視し、一つの席に直進した。樽谷さんを先頭に、澄川の後ろ姿を追った。澄川が、机の上に置かれたパソコンを操作すると、データが出現した。

 樽谷さんを押し退けて、私が前に出た。データを閲覧しながら、澄川の証言の正しさを確認していった。


 再び、スマートフォンが振動した。《コアラ》から、チート・ツールの購入代金が提示されていた。一万円だった。購入代金が、高いのか、安いのか、すぐさま、判別できなかった。入金先の振込口座も、ダイレクト・メッセージ内に記載されていた。

 澄川の肩を突くと、私のスマートフォンの画面を見せた。澄川は、《コアラ》とのダイレクト・メッセージの内容を無言で見詰めた。


「把握されていらっしゃるかと思いますが、《英雄の逆襲》のプレーヤーが、《パンダ》に対する注意喚起をSNS上で、行いました。先ほど、《パンダ》にダイレクト・メッセージを送ったところ、《コアラ》と続きの交渉をするように、連絡が入りました。直後に、《パンダ》のアカウントは、抹殺されました」


「……クズの末路だ」


 澄川の歪められた唇の端から、おどろおどろしい声が漏れた。

 澄川は、私のスマートフォンを取り上げると、勝手に操作を始めた。素早くフリック入力を始めた澄川を止めようとすると、澄川は私にスマートフォンを返した。


「今、《パンダ》改め《コアラ》のチート・ツールを、私が購入しました。すぐにチート・ツールが届くと思いますので、実際に、使用してもらえませんか。同じようなデータの動きを見られたら、《パンダ》……名前、変えやがったんだった……《コアラ》の仕業と分かるでしょう」


「どうして、ゲーム代行業者に代金を振り込んだんですか! ゲーム代行業者が、澄川さんの口座情報を把握すれば――」


「大変な事態になるでしょうね。明日、有休を取って、口座を解約しておきます。本日中に何も起こらないことを祈るばかりです」


 澄川が、荒々しく、言い切った。

《英雄の逆襲》のアプリを開いた。全く気が進まなかったが、チート・ツールを使用する準備をした。

 私の手元を見た澄川の顔が、花が咲くように、和らいだ。


「《英雄の逆襲》をプレイして下さっているんですね」


「刑事も、人間ですから」


 澄川は、私のプレーヤー情報をアプリで確認していった。

 スマートフォンの画面に通知が現れた。《コアラ》からのダイレクト・メッセージが届いた。

 澄川の顔が引き締まっていった。決意が浮かんだ澄川の顔を、見詰めた。


「準備は良いですか」


「いつでも良いですよ」


 チート・ツールの使用を始めた。いつでもプレイできる英雄の激突を始めた。英雄の激突では、敵対する同盟のプレーヤーが自動的に対戦相手となり、戦闘をする。戦力差を、明確に把握できる場でもある。

 攻防が始まった。驚きの余り、夢を見ているのではないか、と自分自身を疑った。

 私が育てた兵士たちが、異様な強さで相手を圧倒していった。十秒も待たずに、相手を撃破した。


 澄川のパソコン画面に目を走らせた。

 私がチート行為を行ったデータが、目の前にあった。捜査のためとは言え、正真正銘の悪者になった気分だった。

 澄川の額に汗が滲んでいた。澄川は、手の甲で、汗を拭った。


「《パンダ》改め《コアラ》が販売していたチート・ツールが原因と判明しましたね。今、ダウンロードしたチート・ツールは――」


「既に抹殺したので、ご安心下さい」


 再び、英雄の激突を始めた。先ほどまでの勢いは何処どこに行ったのか、次々と兵士たちが倒れていく。開始一分後に、全ての兵士たちが、相手に叩きのめされた。


「通常に戻りましたね」


 澄川の弾んだ声が聞こえた。

 妙に、気分が沈んでいた。先ほどまで手にしていた嘘の力を欲する、どす黒い感情が胸を満たした。


(こんな私でも、強くなれるからだよ)


 今、私は、七瀬の魂の叫びを、正しく理解した。

 自分の胸の内を侵食していく醜い欲望から目をらした。

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