第3話 被疑者だろうか、被害者だろうか

 中身が「リーダー」である《覇者》のアカウントが炎上した。コメント欄は荒れに荒れた。


『お前がリーダーだったんだな』

『《パンダ》って、有名なゲーム代行業者だ。ゲーム代行を利用していた卑怯者』

『こんなに強いなんて、可笑おかしいと思っていたんだ。このクソ野郎』


 い。


「リーダー」が、《英雄の逆襲》の全世界チャットで吠えた挙句、SNS上でも、吠え始めた。


 今、「リーダー」は、平常心でいるだろうか。いや、切羽詰まっているように思える。

 輝かしい戦闘動画を公開していたアカウントに鍵を掛けた。次は、アカウント自体を抹殺するかもしれない。


「リーダー」の正体は、いまだに掴めていない。


 焦るな、思考を整理しよう。大きく深呼吸をした。


「リーダー」は一貫して、「信用するな」と注意喚起をしている。

《英雄の逆襲》の全世界チャットでは《ビルド・アップ・マネー》、《Ⅹ》では《ビルド・アップ・マネー》に加えて《パンダ》を信用するな、とメッセージを繰り返している。


 まるで「リーダー」が《ビルド・アップ・マネー》と《パンダ》に騙された経験があるような書きぶりだ。


「リーダー」は、犯罪関係者ではなく、被害者なのだろうか。


 パソコン画面に視線を戻すと、異変が起きていた。コメント欄が罵詈雑言で溢れ返った投稿に続いて、新しい投稿が登場していた。


『私は、ただ仲間を救いたかっただけなのに』


「リーダー」の一人称が、「俺」から「私」に変わっている。築き上げてきたイメージ像の「俺」を、「リーダー」が手放している。


 キーボードを叩き始めた。賭けに出るしかない。

 間違いなく、各方面から大目玉を食らう。

 知るか、自棄やけだ。今、食らい付かなければ、振込口座を暴露ばくろした「リーダー」に辿り着けない。


 今が正念場だ。


「リーダー」の最新の投稿のコメント欄に、応援メッセージを書き始めた。


『告発してくれて、ありがとう』

『私は信じるよ』

『外野の声なんて、無視して。勇敢な君が傷付く必要は、ないよ』


 コメント欄に思い付く限りの賛辞を書き綴った。賞賛の声を送る私に対して、怒りのコメントが付き始めた。


『お前は、騙されているんだよ』

『脳味噌が足りないんじゃない?』

『覇者は目立ちたいだけだよ』


 コメント欄に動きが生じた。


『俺も信じるよ』

『《ビルド・アップ・マネー》の投資詐欺は、《英雄の逆襲》内で、本当に、流行はやっているから、気を付けて。みんな、信じて』

『私は被害届を出したよ。《ビルド・アップ・マネー》を信じないで』

『間違った発言なんてしていないのに、何で、みんな覇者をいじめるの?』


「リーダー」を援護する声が増えていった。

 コメント欄のメッセージが膨張していく。

「リーダー」を援護する声が、「リーダー」を非難する声を圧倒し始めた。


 今だ。

「リーダー」にダイレクト・メッセージを書き始めた。


『初めまして。覇者さんの投稿を見ていたら、気が気じゃなくて。私も被害届を出したんです。親戚に相談をしたら、速やかに対処してもらえました。親戚の電話番号を書くので、電話してみて下さい。きっと協力してくれますよ』


 私用のスマートフォンの携帯電話番号を書き加えると、送信ボタンを押した。私の送ったメッセージに既読マークが付いた。


 パソコン画面を見詰めた。「リーダー」から返信が来ない。


 終わったな。

 私用とは言え、SNSのダイレクト・メッセージで携帯電話番号をさらしたなんて、私の刑事人生が終わった。

 後で同僚にバレないように、ダイレクト・メッセージを抹殺できるだろうか。情報分析のプロ集団の同僚を欺くすべが欲しい。


 映画を観ているかのように、警察学校から今までの出来事が、脳裏に流れ始めた。まぶたを閉じ、一人で感慨に耽った。退官したら、どんな仕事に就こうか。


 スマートフォンの着信音が、耳を突いた。まぶたを持ち上げた。パソコンの横に置かれたスマートフォンが、鳴り響いていた。

 スマートフォンに手を伸ばした。スマートフォンの画面に映し出された応答の文字を押した。指が微かに震えていた。スマートフォンを耳に押し当てた。


「……こんにちは。ある人に電話番号を教わった者です……《ビルド・アップ・マネー》に騙されたんですが、被害届を出すべきでしょうか」


 電波を通して流れてきた声は、か細い女性の声だった。


 生身の「リーダー」の声を聞き、頭の中が混乱した。

 私が思い描いていた「リーダー」と印象が異なる。強気な発言を繰り返し、凶暴なプレイをしているゲーマーの正体は、本当に、電話先の女性なのだろうか。


 慈愛を滲ませた母親像を脳裏に思い描きながら、声を柔らかく調整した。


「こんにちは。お電話を頂き、ありがとうございます。お話を伺う前に、確認したいのですが、誰方どなたから電話番号を聞きましたか」


「私と同じように《ビルド・アップ・マネー》の被害に遭われたとおっしゃっている方に、教えて頂きました。親切な方が、態々わざわざ、私に連絡を下さって……ご迷惑でしたか」


「いえ、そのようなことは、ありませんよ」


 親切か。騙したんだけどな。

 電話が架かって来た事態は喜ばしい。だが、刑事としては、顔も知らない人物の助言を即座に実行する「リーダー」が心配になり始めた。


「余裕のある時間にお電話を頂けて、良かったです。ゆっくりとご事情を伺えますから」


「そうですよね。皆さん、忙しいですもんね」


 元々明るくなかった「リーダー」の小さな声が、哀愁を帯びていった。「リーダー」の暗い声を聞いていると、電話をしているだけにも拘わらず、お通夜に参加している気分になった。

 首を振ると、平静な声音を意識した。


「できれば対面で詳しくお話を伺いたいのですが、今、お時間は大丈夫でしょうか」


「大丈夫です。私、本当に困っているんです」


「リーダー」の声が大きくなった。電波越しに、じりじりとした焦りが伝わってきた。

 本当に、問答無用で、私の城を開城させた人物だろうか。


何方どちらに伺えば良いですか」


「桜田門駅にお越し頂けますか。ご自宅から遠いでしょうか」


「勤務先から向かうので大丈夫です……七時二十五分頃に到着すると思います」


 思わず腕時計を確認した。夜の七時を少し回ったばかりだった。

「リーダー」が《ビルド・アップ・マネー》の最新の振込口座を《英雄の逆襲》で暴露ばくろした時刻は、六時二十五分頃。「リーダー」の正体を探り始めた時刻は、六時半頃。

 体感時間では一日が経過していた。だが、現実世界では、《Ⅹ》の世界を彷徨さまよい始めてから、僅か三十分ほどしか経っていなかった。


誰方どなたに声を掛ければ良いか分からないので、服装を教えて頂けますか」


「ベージュのロング・スカートに、白いブラウスを着ています。ブラウスの上には、ベージュのカーディガンを羽織っています。身長が低いので、すぐに分かると思います」


「分かりました。もし見つからなければ、今、架けていらっしゃる電話番号にお電話しても大丈夫ですか」


「大丈夫です。本当に、よろしくお願いします」


「リーダー」との通話が終わると、地の底に届きそうな溜息が漏れた。

 私は、私自身の正体を一切「リーダー」に明かしていない。正体を明かさない人物に、よくここまで自分の情報を引き渡すものだ。


 深入りした質問はしていないが、服装などを聞き出されたのは、「リーダー」のみだ。眼精疲労も相まって、片頭痛がした。

「リーダー」が被害者の振りをした犯罪関係者でないと確信が持てるまで、自らが刑事だと打ち明けられない。私の言葉を鵜呑みにし、正直に答える「リーダー」を信じたいが、油断は禁物だ。


 桜田門駅に行こう。待っている人物は、犯罪関係者だろうか。被害者だろうか。

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