第2話 同盟《苛烈》

 スマートフォンで《英雄の逆襲》の全世界チャットを開くと、僅かな時間で無法地帯と化していた。

 罵詈雑言の嵐の中から「リーダー」の告発を見つけた。「リーダー」のアイコンの画像は、胃袋を刺激するメロンパンの写真だった。


 確かに、課金野郎だ。えげつない戦力と装備をしている。無課金で、コツコツと成長を繰り返している私には、到達できない水準だ。


「リーダー」の所属している同盟を確認すると、天井を仰いだ。背凭れに背を預け、天井の染みを漠然と眺めた。


 けたたましいアラームが頭の中で鳴り響いた。


《苛烈》に「リーダー」は所属していた。


《英雄の逆襲》は、中国の春秋戦国時代の英雄を救うゲームだ。英雄の味方と敵に分かれて戦う。

 一ヶ月の攻防の末に、英雄の味方が勝利すれば、幸福な英雄の最期、英雄の敵が勝利すれば、史実通りの悲劇的な最期を迎えるエンディングが流れる。


《苛烈》は、特殊な同盟だ。戦闘力が高く、気性の荒いプレーヤーで構成されている。だが、英雄の味方にならない限り、活躍しない。


 パソコン画面上の《Ⅹ》の世界に戻り、何かあった時のために作成しておいた、空のアカウントを開いた。パソコン画面をスクロールし、直近のイベントを把握した。

《英雄の逆襲》の直近のイベントは、けつの戦いだった。今月、《英雄の逆襲》が取り上げている秦のはくが、初めて功績を挙げた戦いだ。


 開催された時刻は、夜の五時半。「リーダー」の告発した時刻は六時二十五分。

《Ⅹ》の検索欄に「#英雄の逆襲#けつの戦い」と入力し、エンター・キーを押した。


 無数の投稿が表示された。多くの投稿に動画が付いている。動画に目を通す限り、スマホゲーム上のえつの戦いも、史実通り、秦の白起が勝利したようだ。

《苛烈》は、白起が指揮を執る秦に属していなければ、活躍しないはずだ。勝利を手にしている戦闘動画を投稿しているアカウントをフォローしていった。


《英雄の逆襲》の公式アカウントを閲覧し、過去のイベントも遡っていった。英雄の味方側の戦闘動画のみを投稿している、アカウントをフォローし続けた。


 どうやって絞り込もうか。


 思案を巡らせていると、先月末の女子トイレで起きた出来事が脳裏をよぎった。言葉にならない声が口から漏れた。


 先月、トイレ休憩時間がイベントの開始時刻と重なった。トイレ休憩時間が、《英雄の逆襲》をプレイする時間となり、不規則にプレイしていた私は、久方ぶりのイベント参加となった。


 先月の英雄は、がくだった。

 参加したイベントは、開城戦線だった。城を守る攻防戦だ。


 がくの敵に属していた私は、城を守る必要があった。だが、私が支配していた城は、次から次へと、城門が開いていった。意地になった私は、城から打って出て、一番近くにある陣営を攻撃する、と決意した。

 とは言っても、敵わない相手に攻撃をしたくなかったため、陣営に偵察を送った。偵察した陣営の主は、「帝王」と名乗っていた。


 偵察の結果、「帝王」の圧倒的な戦力が判明し、手を出さなかった。だが、イベント中にも拘わらず、個人チャットに通知が届いた。誰からのメッセージかと思えば、「帝王」からだった。


『俺を偵察するって、何様なの? 偵察は敵対行為って知らない馬鹿? ひねり潰してやる』


 戦闘中の偵察行為に対して宣戦布告する人物を珍種の動物だと思った時間は、僅かだった。

「帝王」からの個人チャットを読み終えると、スマホゲーム内のアラームが鳴った。「帝王」は、開城していなかった、私が支配していた全ての城に、進軍した。その結果、私は全ての城を失った。


 スマートフォンを手に取ると、個人チャットを急いで開いた。「帝王」からのメッセージを確認しようとすると、代わりに、アイコンがメロンパンの写真になっている「リーダー」のメッセージが残っていた。


 急いで「リーダー」のメッセージを確認すると、メッセージの内容は、「帝王」のメッセージと寸分も違わなかった。


 先月は「帝王」、今日は「リーダー」と名乗り、アイコンの写真がメロンパンの人物。《苛烈》に所属し、英雄の味方の月のみ、戦闘動画を投稿する人物。

「リーダー」の正体に一歩、近付き、脈動が速くなっていった。


《Ⅹ》上でフォローしたアカウントの中で、開城戦線で勝利を収めていないアカウントのフォローを外した。


 残ったアカウントで投稿されていた、開城戦線の戦闘動画を再生し始めた。

「リーダー」は終盤に、私の城を全て壊滅させた。私に対する戦闘行為が映っている動画こそが、「リーダー」が投稿した戦闘動画だ。


 一つの戦闘動画に、目が留まった。投稿主は、圧倒的な力で、立て続けに、城を開城させていった。

 手近な城に進軍していた投稿主は、突然、兵を分散した。残っていた私の全ての城への進軍を始めた。

 息吐く間もなく、「快勝!」の文字が表示されていった。私の城を全て開城させた投稿主は、次の城を求めて、去って行った。勝者の立場から見た戦闘動画は、気持ちの良いものだった。


 間違いない。「リーダー」の撮影した戦闘動画だ。投稿主のアカウント名を見た。「覇者」だった。


 頭を抱えたくなった。

「リーダー」、「帝王」、「覇者」。中二病を拗らせている。


「リーダー」の戦闘動画を付していない投稿に目が吸い寄せられた。誰かに対する返信だった。


『記載内容以外のサービスには、どのようなものがあるんですか』


 返信元の投稿を見た。ゲーム代行の広告だった。アカウント名は、《パンダ》だった。念のため、《パンダ》をフォローした。


『《英雄の逆襲》のゲーム代行をしています。記載している内容以外のサービスについても、ご相談内容に応じて、対応します』


 両手で机を叩き付けた。叩き付けた手が、痛んだ。

 薄っすらと赤くなった手を見詰めながら、体が小刻みに震えた。怒りが全身を駆け巡った。


 自分の手で成長させずに、人の手を借りて、力を手に入れるなんて、許せない。

 そんなに、強くなりたいのか。敵に勝ちたいのか。


「リーダー」に対する憎悪が膨らんでいった。

 普段ならば、相手にする価値もない人間だ。だが、《ビルド・アップ・マネー》の最新の振込口座を全世界にさらした罪は、何が何でも、清算してもらう。


「リーダー」のコメントに対する《パンダ》の反応を鋭く見詰めた。


《パンダ》の反応に、再び両手で机を叩き付けた。先ほどよりも力を込めて机を叩き付けたからだろう、パソコンの横に置いていた、スマートフォンが僅かに浮いて落下した。


『詳細な内容については、ダイレクト・メッセージにてお話しします。ご満足頂けるサービスを提供できるように、鋭意、努力致しますので、ぜひご連絡下さい』


 ダイレクト・メッセージの内容は、見られない。


「リーダー」と《パンダ》は、いったい何をやり取りしたのだろう。想像を膨らませても、まともなやり取りは思い浮かばなかった。

 歯を食い縛りながら、他の投稿を注意深く観察し続けた。


 視界の隅で何かが起きた。パソコン画面を注視すると、僅かな変化が訪れていた。「覇者」と書かれたアカウントの名称の横に、鍵マークが現れた。


「リーダー」が、フォロワー以外に投稿内容を見られないように、自分自身のアカウントに鍵を掛けた。


 火元を探すと、一分前に「リーダー」が新規の投稿をしていた。


『《パンダ》を信用するな! あいつは、俺たちゲーマーの敵だ! 何があっても、《パンダ》の勧誘は断れ! 《ビルド・アップ・マネー》を信用するな!』


 何が起こったんだ。「リーダー」の外れてはならない頭のねじが吹っ飛んだのだろうか。

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