ナチュラル
@0074889
第1話 ケース Ⅰ 星野 絵夢
今日まで全てが絶好調だった。
専属MGの織本 かなゑ(おりもと かなえ)があんな事を言い出すまでは。
昨日までがんじがらめに組み込まれていたスケジュールがひと段落して
やっと丸一日休みが取れた。だが、すぐに次のコンサートの打ち合わせや三か月後に主演を務める映画の撮影がクランクインする。
星野 絵夢(ほしの えむ)は14歳の時オーディション番組を経て芸能界入りした。 特に際立った個性があった訳でもなかったが合格を勝ち取った。
審査員7人のうち6人が落選を意味する白い札を掲げたが 一人だけ合格札を上げた
中堅の芸能プロダクションの役員はこう言って他の審査員を丸め込んだ。
「今日オーディションに臨んだ全員がダイヤモンドの様に輝いていましたがね 私は
寧ろ、野暮ったいこの子に何かを感じ取りました。この子は私どもで責任を持って引き取ります」
果たして……二年後、徹底的に改造された野暮ったい少女は、当時、7人全員が合格札を掲げ争奪戦になったアイドルをスルリと追い抜き トップアイドルの座を勝ち取ったのである。
少し陰りのある16歳の少女。アイドルにありがちな健康でキラキラしたイメージではなく 戦略的に陰の部分を前面に押し出した事が成功に繋がったのである。
とは云え当初は、若い世代からの支持は薄かった。覚束ない歌唱力はインパクトのある歌詞やメロディーでカバーする一方で ドラマ、映画、CMと凄まじい営業をかける。露出が増えるにつれ 先ず中高年男性が食いつき次第に若い層にも浸透し確実に心を掴んでいったのである。
絵夢の育った家庭環境は恵まれたものではない。
絵夢が2歳になったばかりの夏 美容師だった母は愛人と姿を消して行方知れず。
残された絵夢と2歳上の兄は半年ほど父親に育てられたが、父は、毎日 突然いなくなった母を恋しがって泣いてばかりの兄を疎ましい目で見る様になった。そして、
時折り 隣町に住む父方の両親が訪ねてきてはあれこれ世話を焼いてくれるのだが 帰った後の寂しさで余計シクシク泣き続ける兄を怒鳴り散らす事が多くなっていった。 心配した父方の両親が2人を引き取る決心をしたのはそれから暫くしてからの事である。その後、父は神奈川県横浜市の支社へ異動となり2人に会いに来る事は滅多になかった。兄の方は相変わらずシクシク泣き続け、祖父がおんぶして近くの公園を一回りして帰って来るのが日常となった。絵夢が祖母の膝に抱かれて眠っていると「ぼくのおばあちゃんだぞ」と言って絵夢をどかす事もあり 祖父母を困らせたが
保育園にも慣れてお友達と遊ぶ様になってからは 母を慕って泣く事も祖母に抱かれている絵夢をどかす事も少なくなっていき 小学校に行く頃にはいっぱしのお兄ちゃんに成長していた。
だから絵夢は、優しい祖父母と兄に囲まれて何の不満もなく育った……と、言いたいところだが絵夢は絵夢で成長する過程で悩んでいたのである。
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