第7話 ある村の村長の死 後編
「ごほっごほっ……。埃っぽいな。」
「中もボロボロだわ……。」
小屋の中も、外見と同様、ボロボロだった。屋根に穴が空いているせいで、雨が頻繁に入ってきたのだろう。木製の床がところどころ抜け落ちている。二本ある大黒柱は、一本は折れ、もう一本も腐っていて、今にも折れそうだ。
これが、村長が遺した宝物かと、誰もが思った。こんなボロ小屋、貰っても仕方がないと思っていた。
そんな古小屋の中央に、古びた机が置かれている。この机だけは、しっかりと手入れされているのか、五体満足に残っていた。机の上には、多種多様な小物類が置いてある。
「これ……、私が子供の時に、村長にプレゼントしたミサンガだわ。」
ある少女の母親が呟く。そのミサンガは、かつての鮮やかなブルーの色合いをなくしていたが、色褪せながらも綺麗な色だった。
「これは……、俺が成人するときにあげた……壁掛け時計だ……。もう壊れたって言ってたのに……。」
村の守衛を務める屈強な男は、涙ぐみながら言う。村長は幼少期、か弱かった男をよく気にかけていた。そんな男が、立派な守衛になり、村長は涙を流しながら喜んでいた。そのときに、村長にプレゼントしたのが、ぜんまい式の壁掛け時計だった。しっかりと、時刻を刻んでいる。
「私がおじちゃんにあげた、花冠……。」
少女が、机のいちばん手前に置かれていた、真っ白な花の花冠を手にする。これを作ったのは、いつだっただろう。両親が街へ買い物に行き、少女が一人寂しくしていたとき、村長が家に来て、声をかけてくれた。「私のとっておきを見せてあげよう。」。その言葉に導かれるまま、村長に連れられて行き着いたのは、辺り一面の真っ白な花畑だった。
今までに見た何よりも、綺麗だった。少女ははしゃいで、村長の手を引いて遊び倒した。日が暮れて、もう帰るのかと寂しくなったとき、村長が「花冠を作ろう。」と言った。「花冠を作って、お母さんにプレゼントしよう。きっと喜ぶぞ。」。最後の花冠作りが、いちばん楽しかった。楽しくて、二つ作ってしまった。一つはお母さん。もう一つは、村長にあげた。村長は、「お父さんに悪いね。」と言っていたが、表情は嬉しそうだった。
少女の目から、涙が滝のように流れる。
「これは……」
「これは……」
「これは……」
他にも、村人達と村長の思い出の品が机いっぱいに広がっている。それぞれ、思い出の品を手に取り、思いふけっているようだ。みな、目に涙を浮かべている。狭い古小屋には、村人達の啜り泣く声が響いていた。
「村長……。宝物って、こういうことだったのね……。」
「確かに……、こりゃぁ、村長にとっても、俺たちにとっても宝物だな……。」
「違いねぇ。」
「うん。」
村人達は、嬉しかった。村長が遺した宝物。それは、村のみんなとの思い出の品々だった。「わしの宝は、みんなじゃよ。」と、村長が言っているようだった。温かい気持ちになって、皆の顔が涙ながらも笑顔に包まれていく。
「さぁ、みんな。もう夜も更けた。周囲を警戒しながら帰ろう。村長の思い出の品は、それぞれで大切に保管するといい。」
守衛の男が言うと、各々思い出の品を手に取り、小屋を出ていった。この小屋は、村長の宝箱だったのかもしれない。村での楽しい出来事を保管する、大切な箱。村長は死んだら、この小屋にみんなが来て宝物を手にすることで、自分のことを忘れないでほしいと思っていたのだろうか。守衛の男は、そんなことを考えながら、小屋を後にした。
「……。」
少女は、机の下をじっと眺めていた。机の下に敷かれたボロボロだが、元々は高級品だったかのような、真紅のカーペットが引かれている。そこに何かがある。そんな気がしていた。その何かを確かめようと、真紅のカーペットに手を伸ばした。
「何してるの? 行くわよ。」
母親が、少女をよんだ。
「でも……。」
少女がごねると、
「もうこんな時間。まだ夜ご飯も食べていないんだから。今日は、街のみんなと食べるわよ。」
「本当!! パーティーだ!! やったぁ!!」
「さぁ。行くわよ。」
少女は、嬉しくなって、母親に抱きついた。母親と手を繋ぎ、満面の笑みで古小屋を後にする。カーペットの下が気になったが、それよりも今夜のパーティーの方が楽しみで、そんな疑問など、どうでも良くなった。
……………………………………………………………………………………………………
人影のない、森の奥深くにある小さな小屋。とある村の村長が、自らの財産の大半を
「ふ〜ん。ここが……ね……。」
死神は、ゆっくりとした足取りで小屋の中に入っていく。小屋の中は相変わず、外見と同様ボロボロである。死神の目の前には、オンボロ小屋には相応しくない、よく手入れされた机。その上には、何もない。村人達は皆、思い出の品を持ち帰ったようだ。
「騙されたな……。」
死神はそう呟くと、拳を握り締め、机に叩きつけた。机は大きな音を立てて、真っ二つに割れた。村長が大事にしていた年代ものの机は、跡形もなくなった。
死神は、見る影もなくなった机などに目もくれず、下に敷かれていた、色褪せた真紅のカーペットを見つめる。かつての鮮やかさを失っているものの、質感は高級品そのもの。かなりの大金を
死神は、カーペットをめくった。その部分だけ、木の質感が違う。他の部分と違い、頑丈そうな素材で作られていた。
「ここか……。」
死神は、足を高く振り上げ、床に振り下ろした。埃を舞い上がらせながら、床が抜る。すると、
「みっけ。」
そこには、暗い地下へと続く階段があった。階段へ一歩足を踏み入れると、壁にかけられていたランタンに日が灯り、明るい道のりが現れた。階段の素材は大理石で、歩くとツカツカと、気持ちの良い音が響く。
階段を降りると、そこはだだっ広い部屋だった。床には、色鮮やかな真紅の絨毯。壁一面に飾られた美しい絵画。そして、部屋の中央に積まれた宝の数々。金のブレスレットに真珠のネックレス。銀製の皿に、プラチナ製のスプーンとフォーク。エメラルドやサファイヤといった宝石類もある。村長が蓄え、死ぬまでに使い切ることができなかった金銀財宝が、そこにはあった。
「宝物……、ちゃんと遺してたな。あの爺さん。」
死神は、ふっ、と笑った。目先のものに騙されずに、真実に辿りついた者。その者に、この財宝を渡す気だったのだろうか。結局、誰もその金銀財宝を手にすることはなかったが、結果的に良かったのだろう。宝の争奪戦は、ひどく醜い有様だった。仲間であるはずの村人同士で、宝を巡って殴る蹴るの争い。金が絡むと人はこうも醜くなるのかと、死神は思った。
村長も、人が悪い。この小屋を建てた訳。村で質素に暮らしていた理由。全て、自分の贅沢な生活を独り占めするためだった。下手に財を見せびらかすと、村人達から反感を買う可能性がある。村人達には、金をちらつかせず、皆と同じ質素な生活をしているように装い、裏で財を蓄えていた。ある程度、金があることはバレたが、その金は、村に医者を呼ぶ費用に使っていると見せかける。実際、医者など呼ぶつもりはなかった。自分の金を、こんな辺鄙な村のために使うつもりなど、毛頭なかった。辺境の村でずっと暮らしていたのも、都市部だとギャングに狙われやすいからと言う理由だった。
「まぁ、医者を呼ばなかったせいで死んだのは……馬鹿らしいな。」
全財産を死ぬまでに使い切るつもりだったが、死期を悟った。どうせ使えないのなら、くれてやろう。タダでやるのは馬鹿らしい。どうせなら、一捻りしようじゃないか。村長はそう考え、遺書を残した。
「ほんと……、性格が悪いやつだ……。」
死神は、宝の山にあった葉巻を咥え、火をつける。深く吸い込むと、何やら高揚感に包まれた。ゆっくりと息を吐いて、白い煙を吐き出す。
「こういう商売は、あまり褒められたものじゃないよ。村長さん。」
そこにはいない村長に語りかける。
「このガラクタは、いらないな。」
そう呟くと、宝の山に火を放った。宝の山がドロドロの溶けていく。色が混ざり合い、薄汚れた焦茶色になる。汚らしい。
死神は、階段を上がり、小屋の外に出た。振り返ってオンボロ小屋を眺める。業火が、小屋全体を包んでいた。真っ暗な森が、少し明るくなる。温かい。もう夜も更けた。
次の街に向かおう。死神は指を鳴らすと、闇に消えていった。
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