「っつーかお前、大事なもんなら自分で守れよ。だっせぇな」

「――痛った! 何すんのよ!」


 クラスメイトは体への衝撃でフィギュアを落とし、肩をぶつけてきた相手に文句を放った。

 威勢は良かったものの相手を見て些か尻込みする。肩をぶつけたのは先ほどドリンクを取りに行ったカジュアルな格好の不良だった。


 次いで隣の席から舌打ちが聞こえ、別の三人の不良からも睨みつけられて萎縮する。

 九品田は振り上げた拳をいそいそとしまった。


「お前、何踏んでんだよ」


 肩をぶつけた不良はドスの利いた声で言う。


「は、はぁ?」

「いいから足退けろ」


 困惑しながらクラスメイトは一歩引くと、足の下からパンツの部品が現れた。「やっぱパンツだったか」と不良少女は不服そうにそれを拾い、親指サイズの部品にふっと息を吹きかける。


「おっ、結構良いデザインだな」

「な、なんなのこいつ……」


 クラスメイトは敵意を示したが、それ以上は不良達の圧力に負けて渋々席を離れた。去り際に九品田を睨みつけるのがせいぜいの反撃だった。

 結果的に彼女を救った不良少女は、足元に落ちていたフィギュアを発見し肩をビクリと動かした。


「うっ、バケモン……」


 床に散った吐瀉を避けるようにクリーチャーフィギュアから離れ、九品田へパンツを投げた。


「ほらよ」

「ど、どうも」


 九品田は気まずそうに部品を受け取り、火傷痕を隠すように下を向いてフィギュアや他の零れた部品を回収する。


(なんかよくわからないけど、助けてくれた? お、お礼言った方がいいかな……)


 不良娘は九品田の火傷痕を珍しそうに眺めたが、何もなかったように席に戻り、仲間と談笑を始めた。

 この前誰々とコンビニで喧嘩した、土浦や海の方にエロ本の自動販売機がある、など九品田にとって異次元の会話が飛び、お礼をしようにも入り難い雰囲気になってしまった。


(恩の押し売りでお会計とかせびられたら嫌だし……一言だけいっておこう)


 九品田は勇気を出し、助けてくれた不良娘へ声をかけた。


「えっと、あの……」

「あ? おい、腹から声出せよ」

「その、あ……あり……」


 九品田が喋り終わる前に、不良少女は相手が抱きかかえているフィギュアを睨んだ。


「っつーかお前、大事なもんなら自分で守れよ。だっせぇな」


 九品田は口を『り』の形にしたまま言葉を詰まらせ、不機嫌そうにそっぽを向く。


「べ、別に、助けてなんて頼んでないんですけど」

「んだとコラ」

「ひっ……し、失礼しますっ」


 二つ離れた席では未だにクラスメイトが九品田を監視していた。このまま居心地がよくなるとは思えず、九品田は荷物をまとめてそそくさと外へ向かう。

 店を出て行く瞬間、お客様っ、とパフェを運んできた店員が彼女を呼び止めた。


「しまった、忘れてた……」


 パフェ、出口、不良達、クラスメイト、九品田はそれぞれを忙しく確認した後、店員からパフェとスプーンを奪い取った。

 大きな口で二口かぶりつき、スプーンを突き刺して不良達がいるテーブルへ置いた。不良達は眉間に皺を寄せて変形したパフェを眺める。


「なんだよ、これ」


 九品田はパフェを指差し、口元をペロリと舐めた。


「あげます。これで貸し借り無しです。そ、それではさようなら!」

「はぁ? 何言っ……ちょ、おい!」


 九品田は脱兎のごとく店を出て行く。しかしすぐに戻ってきておろおろとレジにお札を撒き、再び姿を消した。店員は釣りを渡すために追いかけようとしたが、すぐに諦めた。


 彼女が店から去ったあと、不良達は変な奴だったな、とだけ話をした。

 カジュアルな不良少女に対し、仲間が「そういえば剛力さん、おふくろの具合はどうなんすか?」と話題を変える。


 九品田を助けた彼女、剛力は表情を曇らせ、置き去りのパフェからスプーンを抜いた。


「明日から入院だよ。私も今年で卒業だし、そろそろチーム引退だな」


 その発言に仲間達は悲しみに沸いた。狼狽を宥めつつ剛力は通路に親指大の何かが落ちている事に気が付いた。拾ってみると、柔らかくも硬い素材で出来たパンツの部品だった。


(これさっきの……じゃねぇ、別のか。良いデザインだな、やっぱ)


 剛力は寄越された新作パフェを一口運び、パンツを眺めた。部品の背景にはつい先ほど揉めた三人がつまらなそうにメニューを眺めている。

 悪戯顔で席を立ち、剛力は彼女らのテーブルへ足を運んだ。


「な、なによ」


 三人は目の前に現れた不良から身を引き、小さなプライドを前面に押しやる。剛力は九品田と同じ制服を指差し、口元をペロリと舐めた。


「お前らって、どこ高?」


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