「ブラジャーとパンツが取り外せる……えっちだ……」
九品田はボサボサの髪をなびかせ、購入したばかりのフィギュアの箱を、ご機嫌そうに抱えていた。数メートル進んでは歩を止め、箱の中のフィギュアへ頬ずりして悦に浸る。
(ダメだ。家まで待てない……あそこに寄っちゃおう)
このままでは帰宅するまでに日が暮れると考え、帰路の大通りにあるファミリーレストランへ足を運んだ。
通り過ぎる駐車場に数台の改造されたバイクがあり、その周りで暴走族の輩が屯している。九品田は出来るだけ目立たないように店内へ駆けこんだ。
席に案内され腰を下ろすと同時にプラスチックの箱を開けた。フィギュアを手繰り寄せて包みを解く。機械化と触手の塊からなるクリーチャーだが鼠径部から顔までは美少女の造形をしている。
何かと闘っているシチュエーションの体勢で、禍々しくも力強い存在感を放っていた。
「ふ、ふおおおお……! 神々しい! 店頭販売の特典は!?」
人目も憚らず叫び、興奮したまま特典の付け替え部品を取り出した。着脱可能の下着、武器である触手、顔の表情を変えて遊ぶ事が可能になっている。
「ブラジャーとパンツが取り外せる……えっちだ……」
恍惚とした表情を浮かべる彼女に対し、店員同士がひそひそと耳打ちしていた。遠くからの視線に気づき何か頼まなければとテーブル横のタブレットに触れる。
サイドメニューのページを開くと一番に新作パフェが飛び込んできた。九品田は自身の腹を摘まみ、悩まし気に『春の新作パフェ』を睨む。
葛藤は短かった。高さ二十センチはあるパフェをタップする。
九品田はタブレットから顔を上げて店員の様子を伺うと、たった今入店した不良の対応をしていた。
(さっき駐車場に居た不良だ……近くに来ませんように)
店員は不良達四人に尻込みしながら席を先導する。平日夕方で空席は散在していたが、彼女の願い空しく不良達は通路を挟んだ隣に案内された。
「う、隣……」
小さく呟きながら、不良の一人に目が奪われる。スウェットや制服を着ている少女の中で一人だけカジュアルな格好をしていた。
肩甲骨まで伸びる金髪の側頭部に隠れる、ドレッドの編み込み。小さく光るピアス。ダメージの入ったジーンズ、ワンショルダーのロングTシャツ。背の高さは九品田より少し低いくらいだが、その他何もかもが対極の相手を眺めた。
「先に飲み物取って来る。お前等注文しといて」
ドリンクバーの元へ行く彼女と目が合い、九品田は急いで顔を伏せた。すれ違い様、相手はテーブル上にあるクリーチャーフィギュアへ釘付けになっていたようだった。
(凄い見られた……)
店員のいらっしゃいませ、という声の後、聞き覚えのある声が続いた。九品田が入り口を見ると教室で絡んできたクラスメイトの三人がその場にいた。
見つかるまいと身をかがめる前に、「あれ? 九品田さんじゃない?」と棘のある声が届いた。
九品田はビクっと肩を上下させ、歪に口角を上げて会釈する。案内しようとする店員を無視して、リーダー格である少女がテーブルへ詰め寄った。席をちらりと確認し
「一人? あぁそっか、友達いないもんね」と揶揄する。
「ひ、一人じゃないです。この子がいます」
九品田はクリーチャーフィギュアを一瞥した。
「へー、今朝のと違うじゃん」
クラスメイトはフィギュアを手に取り、手足を動かそうと乱暴に扱う。
「ね、捻じらないで下さい! 動くやつじゃないです!」
「ちょっと! 触んないでよ!」
フィギュアを取り返そうとした九品田は強く押し返され、机に体をぶつけた。
「痛っ……!」
打ち付けた振動でテーブル上にあったパンツの部品が床に落ちた。他のクラスメイトも合流し、九品田の慌てている様子を見て嘲笑っている。
「や、やめて下さい! それ、買ったばかりで、お気に入りで……!」
「うっさいなぁ。動かないなら動くようにしてあげるよ」
「あっ! こ、壊れちゃう!」
尚も乱暴に扱い、クラスメイト達は談笑しながらフィギュアをいじっている。九品田は拳をぎゅっと握りしめ、ただ耐えていた。束子の髪の下で下唇を噛み怒りに震えた。
パキッ、と歪む音が鳴り、九品田にはそれがフィギュアの悲鳴に聞こえた。
もう我慢ならず、再度立ち上がり握っていた拳を振り上げた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます