第三章:崩壊する神話
事態は、想像を絶するスピードで悪化した。
SecureGuard社が攻撃を受けたという事実は、まだ公にはなっていなかったが、裏の世界ではすでに情報が飛び交っていた。
数日後、米国の防衛産業大手、ロッキード・マーティン社のネットワークに不正侵入の痕跡が見つかった。
侵入に使われたのは、盗まれたSecureGuardの認証情報だった。
二要素認証という「最強の盾」を信じ切っていた彼らにとって、正規のトークン情報を使ったアクセスを不正と見抜くことは不可能だった。
恵美は、連日の対応に追われ、疲弊しきっていた。
ビデオ通話の画面越しに見る彼女の顔は青白く、目の下には深い隈ができている。
「私のせいかもしれない……」
恵美は力なく呟いた。
「私がもっと早くログの異常に気付いていれば……。私の管理していたサーバーから、情報が抜かれたのよ」
「恵美、自分を責めるな」
涼は強く言った。
「これは、一人の人間がどうこうできるレベルの攻撃じゃない。国家規模のサイバー戦争なんだ。相手は、この日のために何ヶ月も、いや何年も準備してきたんだ」
「でも、世界中のシステムが、私たちのせいで危険に晒されている。信頼が……すべて崩れていく」
SecureGuardへの信頼は地に落ちた。
「SecureGuardを導入しているから安全」という神話は崩壊し、顧客企業はパニックに陥っていた。全トークンの交換、システムの再構築。そのコストと社会的信用失墜は計り知れない。
「恵美、泣いている暇はないぞ。今は、これ以上の被害を食い止めるんだ」
涼は、自ら開発した検知スクリプトを恵美に送った。
「これは、盗まれたシード値を使って生成されたパスワードのパターンを検知するプログラムだ。攻撃者は、正規のユーザーとは異なるタイミングや頻度でアクセスしてくるはずだ。それを逆手に取って、不正アクセスを弾くんだ」
「そんなこと、できるの?」
「やるしかない。シード値が漏れた以上、正規の認証は信じられない。だが、行動パターンまでは完全には模倣できないはずだ」
涼の指示に従い、恵美は震える手でスクリプトをシステムに適用していった。
これは、壊れた盾を捨て、剣を取って戦うようなものだ。
「涼……ありがとう。やってみる」
恵美の目に、わずかに光が戻った。
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