キルスイッチ - 28 歳が世界を救った日

SFCA

プロローグ:赤い朝

2017 年 5 月 12 日、金曜日の朝 8 時 15 分。

東京都新宿区、総合病院の救命救急センター。

朝の光が差し込むナースステーションは、夜勤明けの気怠さと日勤の慌ただしさが交錯する、いつもの光景だった。看護師の山田美咲(やまだ みさき)は、引き継ぎのために電子カルテの端末を立ち上げた。

「さて、今日も頑張らなきゃ」

美咲は首を回しながら、パスワードを入力しようとした。


しかし、画面はいつもの青いログイン画面ではなかった。

一瞬の暗転の後、どす黒い赤色がモニターを埋め尽くした。


「え……?」

美咲の指が止まる。

画面の中央には、不気味な鍵のアイコン。そして、その下には英語と日本語で書かれた脅迫文が表示されていた。

『Ooops, your files have been encrypted!(おっと、あなたのファイルは暗号化されました!)』

『支払期限:3 日。ビットコインで 300 ドルを支払ってください』


「何これ……ウイルス?」

美咲がマウスをクリックしても、キーボードを叩いても、赤い画面は微動だにしない。まるで画面の向こうから嘲笑われているようだ。

「ちょっと、私のパソコンおかしいんだけど!」

隣の席の先輩看護師が声を上げた。見ると、彼女の端末も同じ赤い画面を表示している。

ふと顔を上げると、ナースステーションにある 5 台の PC 全てが、同じ赤い光を放っていた。


「カルテが開けない!」

「レントゲン画像も出ない!」

「これじゃ患者さんの投薬データが分からないわ!」


悲鳴のような声が飛び交う中、救急外来のホットラインが鳴り響いた。

『救急隊です! 交通事故の重傷者、搬送まであと 3 分! 受け入れお願いします!』

当直医が受話器を掴んで叫ぶ。

「ダメだ! 受け入れ不能だ! システムがダウンしてる! CT も MRI も動かせない!」

『えっ!? しかしもう到着します!』

「無理なものは無理だ! 他を当たってくれ!」


医師が受話器を叩きつける。

「おい、院内放送だ! コード・ブラック(全システムダウン)! 紙カルテを引っ張り出せ! 手術中の機器は大丈夫か確認しろ!」

院内は蜂の巣をつついたような大騒ぎになった。美咲は震える手で、自分のスマートフォンを取り出した。

ニュースアプリの速報が、絶え間なく通知を送り続けている。

『世界規模のサイバー攻撃発生』

『英国の医療システム崩壊』

『ドイツ鉄道、スペイン通信大手も被害』

『日産自動車、工場停止』


これは、ただの故障じゃない。

世界が、何者かによって「人質」に取られたのだ。

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