第2話




 魔術観では【闇】は必ずしも悪しき分類とはならない。

【闇】はただ、【光】の対になるものだった。

 光を翳す力の対となり、光を遮る力。

 夜が悪しきものではないようにだ。


 だが【闇の術師】は別だ。

 彼らは総じて苦難に満ちた運命を呼び寄せ、

 常に苦悩と対峙することを運命付けられている。


 だから自身がそうであると自覚がある【闇の術師】は、決して自ら安易に闇の領域に足を踏み入れたりはしない。

 そこに存在するだけで難を呼び寄せるからこそ、不必要な悪しき運命だけは自分の手で回避しなければならない。


 


 ――嫌な場所だ。




 踏み込んだ瞬間、リュティスは立ち止まっていた。


 この地に強い魔力の気配があると、ウリエルが何人かの魔術師を従えて攻略に動いてからもう一週間が過ぎた。

 この地に構築された闇の領域は完全なもので、聖なる力を司る大天使でさえその攻略には苦しんだ。


 いや。ウリエルの力が弱まっているのだ。

 リュティスは気づいていた。

【天界セフィラ】を安定させるために存在する、

【四大天使】のバランスが崩れている。


 魔力の強い魔術師達を、通常はウリエルの魔力が支え実体化させているが、

 今は逆だ。

 力の強い魔術師を周囲に揃えることで、ウリエルは自分自身の力を補填している。


 天使たちの事情など、知る由もない。

 ウリエルが消滅したら、その手によって召喚された自分たちも再び消滅するのか。


 むしろリュティスはそれに期待しているほどで、

 精神的に脆くなっているウリエルの事情など、興味もなかった。



(そんなことよりもこの場所だ)



【黒薔薇の館】は今や、不吉な雰囲気を纏う屋敷などという、好奇心を戯れに誘うようなものではなく、完全なる不死者の巣窟となっている。


 不死者には魔術攻撃が最も有効であるためウリエルは攻略の為に自分の眷属となる魔術師たちを多く随行させたが、それでもこの地に渦巻く悪しき力には苦しんだ。

 そして天界の為に働こうなどと意欲的な気分に到底なれないリュティスはウリエルの要請を最後まで無視し、心を閉ざして召喚に応じなかった。


 そこへとうとう天界の人間ではなく、生前嘆かわしいことに義姉であったアミアカルバ・フロウが【魔眼まがん】の保有者であることから、この地に眠る強い魔力の波動と接触するために、力を貸すようを見せなリュティスの説得に駆り出されたわけである。


 生前その素行のがさつさで幾度もリュティスを閉口させた実力を持つアミアカルバは、リュティスが佇んでいた【天宮てんきゅう】の一室にずかずかと入って来ると、


「なにこんなところで油売ってんのよ!

 たまには役に立ってみなさいよ愚弟!」


 と懇願の気配の欠片もない怒鳴り声で吠え立て、リュティスの黒い術衣を問答無用で掴み引きずってウリエルの元へと連れて来たのである。

 

 かくして【四大天使】と共にならば、現在一時的に精霊の動きが活発化しているエデンに下りることが可能だったので、

 こうしてこの不愉快な闇の領域に、

 不愉快な面々と降り立つことになった。


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