第二部 池袋感染編

Chapter 9 INTERVAL DATE -デート

第45話 デートのお誘い

 世界が終わりかけた後も、セミはうるさいくらいに鳴いていた。

 というのは少し大げさかも。

 でも学校と、私たちは間違いなく終わりかけてた。


 ジリジリと肌を焼くような日差し。

 アスファルトから立ち上る陽炎。

 池袋の雑踏は、昨日あんなことがあったなんて嘘みたいに、いつも通りの喧騒に包まれている。


「……平和だなぁ」


 私は、サンシャイン通りの人混みを抜けながら、深いため息をついた。

 

 あれから三日だ。

 学校が肉の塊に飲み込まれて、柳田先生が異形になって、探偵さんが光の鎖で神様みたいに暴れ回った、あの大事件。

 普通なら、翌日は世界中が大パニックになっていてもおかしくない。


 なのに――ニュースは「局地的なガス漏れ騒ぎ」と「集団幻覚」で片付けていた。

 まあ、あんなSF映画みたいな光景、まともに報道できるわけがないかも。

 実は何か大きな力が動いてたりして、と思うのは陰謀論なのかもだけど。


 ちなみに学校は休校。

 夏休みも近かったし、丁度いいってことらしい。

 梓さんは、あれから色々独自に動いてるみたいで、会えてない。

 先生は近くの病院に入院している。


 ああ、本当に色々あって、おかげで身体の節々が痛いよ。

 この前の大活劇の後遺症。人はそれを筋肉痛と呼ぶ。

 心も体もボロボロ。昨日は一日中ベッドで泥のように眠っていた。


 でもずっと気になっていた。

 探偵さん、あの不思議な人。

 私を家まで送ってから、ふらふらと公園に戻っていったけれど、心配でしかたない。

 LINE交換したんでメッセージを送ったけど、なしのつぶて。

 ってか既読すらついてないんですけど!!



 公園の奥。

 木陰に鎮座する、見慣れた段ボールハウス。

 その前に、彼はいた。


 相変わらずの黒コート。

 この酷暑の中、見ているだけで熱中症になりそうな厚着。

 そして手には、いつものお菓子。


 ――ポキリ。


 乾いた音がして、チョコ菓子が彼の口に吸い込まれていく。


「やあ、真弓くん。おはよう」


 探偵さんは、この前超常の力を振るった存在とは思えないほど、のんきな顔で手を振った。


「おはようございます、探偵さん。……元気そうですね」


「元気だよ。この前はちょっと張り切りすぎたけど、一晩寝たら回復した」


「私は全身筋肉痛ですけどね!」


 文句を言いながら、彼の隣のベンチに座る。

 風が吹いて、少しだけ汗が引いた。


 横目で彼を見る。

 整った横顔。

 昨日の、あの神々しい姿が脳裏をよぎる。


(……この人、本当に何者なんだろう)


 鎖を解いた時の、あの圧倒的な力。

 「終焉の探偵」と名乗った時の、あの表情。

 聞きたいことは山ほどある。

 でも、いざ本人を前にすると、言葉が出てこない。


 探偵さんは、パッキーを口に放り込むと、ふいにこちらを向いた。


「さて、真弓くん」


「はい?」


「今日は君に、重要なミッションがあるんだ」


 ミッション。

 その言葉に、背筋が伸びる。


 また影が現れたのか。

 それとも、この前の事件の後始末か。

 私は覚悟を決めて、身構えた。


「何ですか? また影が?」


「いや、違うよ」


 探偵さんは、真面目な顔で首を横に振った。


「この前の戦いで、君は心身ともに摩耗している。それはよくない。非常にパフォーマンスに影響する」


「はぁ……まあ、疲れてますけど」


「だから、回復が必要だ」


 探偵さんは、すっくと立ち上がった。

 黒いコートを翻し、ビシッと指を差す。


「行こう、真弓くん。気分転換だ」


「……へ?」


「デートだよ」


「…………は?」


 時が止まった。

 セミの声だけが、ミンミンと響いている。


 デ、デート?

 今、この人、なんて言った?


「デ、デデ、デートォッ!?」


 裏返った声が出た。

 顔が一気に熱くなるのが分かる。


「そ、それって、男女が二人で遊んだり食事したりする、あのデートですか!?」


「うん、そうだよ。他に何か意味があったっけ?」


 探偵さんは、きょとんとした顔で答えた。


「君には休息が必要だ。そして僕にも、この世界の『日常』の観察が必要だ。利害が一致している。合理的だろう?」


 合理的――!

 出たよ、この人の謎理論。


 でも。

 デート。

 その響きだけで、心臓がトクンと跳ねたのは事実で。


(……悔しいけど、ちょっと嬉しい)


 私は深呼吸をして、熱くなった頬を手で扇いだ。


「……分かりました。付き合いますよ」


「よし。じゃあ行こうか」


 探偵さんが歩き出す。

 私は慌てて、その後ろをついていった。


 行き先も聞かずに。

 まさか、黒コートの変な人と真夏の池袋を歩くことになるなんて。


 でも、いっか。

 デートだもんね、デート。

 デート?

 え!? 待って!? 私よく考えたらデートとかしたことがない!?

 

 学校では文芸部入り浸りで、あそこ女子しかいないし。

 サヤカと買い物行くのとかはデートじゃないよね?

 男の子と二人で出歩いたのって……。


 遠い記憶を探ってゆく。

 思い起こされるのは村の出来事。

 そう言えば、健太くんと二人で榊商店でアイス食べたっけ。

 あの時は他の子が遅れて来たんで二人っきりだったよね。

 

 中学生の時の話で、しかも多分あれはデートじゃない。

 なんてこと!!

 私、今までデートしたことがなかった!?

 これは、初デート!?


 自覚するといきなり胸がドキドキし始める。

 えーい静まれっ!!

 デートっていっても、真夏に黒コートの変人でしかもホームレスだ!

 落ち着け、落ち着くんだ、私!


「どうしたんだい、真弓くん」


 頭グルグルの私を、不思議そうな目で見る探偵さん。


「な、何でもないです!!」


 答えて私は、探偵さんの後を追って歩き出したのだった。

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