探偵と助手のスキャンダル事件簿〜カレメオン王子編〜1
──アニマーレ王国の一角にある路地、ガヤガヤと賑わう雑踏の中、カーマルはグリーンがかった黒髪を揺らしながらきょろきょろと辺りを見渡し、ターゲットを尾行していた。
細い通路に入り込まれたら見失ってしまうが、彼とターゲットの距離は気が付かれる一歩手前。
これ以上詰める訳には行かず、カーマルは誰にも見られていない事を確認して、自分の姿を透明化した。
彼はアニマーレ王国の第五王子であると共に、町で身分を隠して探偵業を営んでいる。
自分の能力を使っているところを見られると王子であることがばれる為、慎重にしなければいけないのだ。
(よし、これでもう少し近付けるぞ……)
路地を曲がったターゲットを追いかけると、ターゲットが立ち止まる。
カーマルは鋭い目つきで濃い緑の瞳を眇めた。
──「はぁ。今日も収穫無しか~」
カーマルは、探偵事務所として部屋を借りている雑居ビルの五階で長い脚をデスクに投げ出した。
結局あのターゲットは事件に全く関係が無く、友人と待ち合わせしていただけだったのだ。
また情報捜査からやり直しになり、彼は溜め息を吐く。
だが、探偵業はコツコツとした作業の積み重ね。
まだ時間はあるし、ゆっくり捜していけばいいだろう。
カーマルが気を取り直した時。
コツ、コツ、コツ……。
階段を上がって来る足音が扉の外から聴こえてきた。
このビルには時間通りに各部屋を掃除してくれる清掃員が居るのだが、現在は夕方五時。
普段はカーマルが居ない午前中に頼んでいるので、清掃員ではない筈だ。
事務所は夕方四時で閉めているから依頼客でもない筈だし……。
(もしかして強盗……!?)
カーマルは怖くなり、思わず透明化する。
彼は自分で認めていないが、極度の怖がりなのだ。
怯えると透明化してしまうのが彼の悪癖だった。
カーマルはドキドキしながら扉の傍に寄り、耳をそば立てた。
(鍵は閉まってるし、まさか入って来ないよな?)
その瞬間、ガチャリと鍵が開く。
「えっ?」
カーマルが声を上げると同時に、扉が開いた。
「うっ、うわぁぁぁぁ!?」
恐怖で感情が高ぶり、先端に向けて細い緑のカメレオンの尻尾が、ぽろんっと出て、同時に透明化が解けた。
両手を上げているカーマルと、入って来た小柄な黒のボブに青い瞳の女性の眼がばっちり合う。
「……お掃除に来ましたが、出直した方がいいですか?」
女性は無表情のまま、淡々とカーマルに訪ねて来た。
嫌、他に言う事があるだろう。
尻尾とか、尻尾とか……。
「君、僕の尻尾見たよね……?」
「はい、王族の方なんですね」
冷静すぎる返しに、カーマルは頭を抱える。
見られた、見られた……!
折角兄達に、王子だとばれないなら良いと許可されて念願の探偵業を始められたのに、わずか一ヶ月で存続の危機だ。
「大丈夫です、誰にも言いませんよ」
彼女は淡々とそう言いながらモップを持ち、掃除を開始しようとする。
それって本当か? そもそもなんでこの時間に清掃員が?
カーマルはパニックで、眼をぐるぐるさせた。
そんな彼とは反対に、女性は何事も無かった様に応接セットを整えている。
カーマルは混乱する頭でどう口止めしようか考えた挙句、びしりと人差し指を彼女に向けて突き指して言い放った。
「君! 僕の探偵助手になれ!」
シーンとした沈黙が降りた後、女性はカーマルの方を向いて首を傾げた。
「……何故?」
冷静な返答に、カーマルはあたふたしつつ答える。
「君は僕が王族だと知っただろう!? 僕が王族だとばれた事が兄上達に伝われば、この探偵事務所は強制廃業! だから君が口を滑らせないか見張る為、僕の助手として働いてもらう!」
「……お給料はどれくらいですか?」
端的な質問に、カーマルは口止め料を含めて、平均よりかなり多めの額を提示した。
伊達に王族では無いのである。
「そんなに頂けるなら、是非働かせて頂きます」
「決まりだな! いいかい? 僕の秘密は君の秘密、これが絶対だ!」
「分かりました」
言質を取った事で少し安心したカーマルは、カメレオンの尻尾をひっこめる。
そして、簡素なエプロンドレスを身に付けている彼女に名前を尋ねた。
「君、名前はなんて言うの?」
「クロエ・ガネルです」
「そうか、僕はカーマル・アニマーレ。僕のミドルネームは人前で言わないでくれよ?」
「分かりました」
クロエは無表情に頷く。
少し話して分かったが、クロエは感情が表情に出ないタイプの様だ。
コロコロ表情が変わる自分とは正反対で、カーマルは上手くやっていけるか若干心配になる。
「あー……、じゃあ業務の説明をするよ」
「はい、お願いします」
カーマルは探偵業の主な仕事内容と、助手としてやってもらいたい事を大まかに説明した。
「カーマル様の普段の調査に同行、事務所内の定期的な清掃、書類の整理が主な業務ですね。分かりました」
「あとはやっていくうちに覚えてよ、僕も一ヶ月しか経験の無い新米だしさ」
「因みに、今はどんな案件に取り組んでいらっしゃるんですか?」
ストレートな問いに、カーマルはクロエの傍に近付き、声を潜めて答えた。
「麻薬販売の現場調査だよ」
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