第11話 青の妖精、冒険者ギルドへ行く

 冒険者ギルド《グランド・タスク》の朝は、今日も例外なく騒がしかった。


「聞きました? また黒の悪魔が出たんですよ!」

「昨日のコソ泥、屋根から簀巻きでぶら下がってたってやつ?」

「しかも、“見習いがいた”って噂も……」


 受付カウンターの奥では、ミランダが書類を抱えて右往左往していた。


「み、見習いってなんですか?黒の悪魔の?なに勝手に育成してるんですか!?」


 赤茶髪のカリンは、書類そっちのけで手を組む。


「弟子……いい響き……。黒の悪魔さまの弟子……ああ、尊い……」


 青髪のエステルが淡々とハンコを押しながら呟く。


「……白さまにも、弟子……いないかな……」


「エステルさんまで!?」


 ミランダが悲鳴を上げた瞬間──


 からん、と扉の鈴が鳴った。


 三人は条件反射でそちらを向く。


「……おはようございます」


 銀紫色の髪。青い瞳。黒いショートマント。


 セリア・ノア=ヴァルス。


 一昨日、闇ギルド事件で保護され、『黒の悪魔を探している』と言っていた少女だ。


 ミランダがぱっと笑顔を浮かべる。


「この前の……セリアさんですよね!?」


 セリアはこくりと頷いた。


「……うん」


 すると──


 カリンの目がギラリと光る。


「黒の悪魔さま推し同盟の同志~~ッ!!!」


「やめてくださいって言いましたよねカリンさん!?」


 ミランダが慌てて突っ込む。


 エステルはセリアのマントをじっと見つめる。


「……その黒……似合ってる」


 すると、セリアはほんの少しだけ嬉しそうにマントの端をつまんだ。


「……黒さまから、もらった」


 ギルドの空気が、ピタリと止まる。


ミランダ「……………………え?」

カリン「……………………は?」

エステル「…………………………え?」


 三人の受付嬢が同時に固まった。


「い、今……なんて……?」

ミランダの声が震える。


 セリアは淡々と、しかしどこか誇らしげに言った。


「黒さまから、もらった。

 “動きやすいから、着てていいよ〜♪”って」


 机がバン! と鳴った。


カリン「尊ッッッッッッッッ…………!!」


「カリンさん机割れますからああああ!!」

ミランダが青ざめて押さえる。


 エステルは小さく首を傾げた。


「……黒の悪魔が……人に……物を……渡した……?」


 驚愕というより、理解を超えたという顔だ。


 そんな三人を気にせず、セリアはカウンターの前に立ち、言った。


「……登録、したい」


 三人「……登録?」

 セリア「冒険者」

 三人「………………あ」


 冒険者ギルドなのだから当然だった。



「え、えっと! では冒険者登録の手続きしますね!!」


 ミランダが慌てて書類を用意し、ペンを渡す。


「お名前と、年齢と、出身と、得意なことを……」


 セリアはさらさらと書いていく。


 数十秒後、ミランダの表情が固まった。


「…………ちょっと待ってください?」


 カリンとエステルも覗き込む。


 そこにはこう書かれていた。


名前:セリア・ノア=ヴァルス

年齢:……

出身:森

得意なこと:

 黒さまの魔力を追うこと

 黒さまの後ろを走ること

 黒さまの言うことを聞くこと


 三人「職能がひとつもない!!!!」


「せ、戦闘とか、魔法とか、回復とか……!」

ミランダは涙目。


「……黒さまの邪魔をしない」

セリアは淡々。


「尊いけど! それは得意じゃなくて忠誠!!」

カリンが机で悶える。


「……白さまにも、こういう子が──」

エステルだけ別方向の悩みを抱えている。


「え、えっと……セリアさんは戦えるんですか?」

ミランダが恐る恐る聞く。


 セリアは小さく首を傾げる。


「……少しだけ。足が速い。耳がいい。暗いところ、見える。

 黒さまが“便利だね〜♪”って言ってくれた」


ミランダ「黒の悪魔が褒めた!?」

カリン「採用〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!」

エステル「……斥候適性、高い……」


 三者三様に盛り上がる。


 セリアは静かに続けた。


「黒さまの、隣に立てるように……強くなりたい。

 だから……冒険者になる」


 その目は、黒いマントと同じく揺らがなかった。


 カリンは両手を握りしめる。

「わかる……わかるよセリアちゃん……!

 推しの隣に立ちたいんだよね!? まずは後ろについて、最終的に“同じ景色”を──」


「……うん。黒さまの、隣に」

 セリアも真剣だ。



ミランダ「では次に、魔力属性の──」


 からん、と再び扉の鈴が鳴る。


 ギルドの空気が一変した。


「おはよう」


 勇者アレスが入ってきた。


 次の瞬間。


ミランダ「アレスさん!」

カリン「来た!ギルドのエース!!」

エステル「……おはようございます、アレスさん」


 セリアはふとそちらを向く。


「……おはようございます」

 セリアは軽く頭を下げる。


「お、おう。おはよう」

 アレスは少し驚いた。


(……完全に“黒仕様”になってるな……)


 ミランダが半泣きでアレスに駆け寄る。


「アレスさん聞いてください!!

 この子、黒の悪魔さんからマントもらってて、魔力も追えて、隣に立つって言ってて、冒険者登録して──」


 アレスの思考が一瞬止まったところで──


 カリンがセリアに向かってニヤリと笑う。


「ねぇセリアちゃん。一つだけ聞かせて?」


「……なに?」


「黒さまのどこが一番好き?」


 その瞬間。

 セリアの瞳に青い光が宿った。


「声が好き。優しくて、底の方がすごく冷たくて、でも安心できて、簀巻きのときの指先が美しくて、縄の締め方が丁寧で、鼻の穴だけちゃんと空けてくれて、マントの影が毎回違って──」


「待って待って待って止まらない!!!セリアさん、深呼吸っ!」

ミランダが揺さぶる。


エステル「息継ぎがどこか分からない……」

カリン「尊ッッッッッ!!!」


 セリアがようやく深呼吸したところで、アレスがゆっくりと口を開く。


「──で、登録は終わったのか?」

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