望見家
龍乃透
望見家
夏休み、遊園地、ジェットコースター前。
「いや、私は遠慮しとくよ。」
…またか、と心の中で溜息を吐く。
「えぇ〜。のぞみんまた?さっきのフリーフォールも乗らないって言ったじゃん。これぐらい乗ろうよ〜。」
同じようなやり取りを何度もやってる。
「まぁまぁ、良いでしょ。望見が怖がりなのは前々からだし。」
アタシがこうやって水見を宥めるのも、何度も。
「ごめんね。二人で乗ってきて。」
望見が手を合わせてアタシと水見に謝る。
『星野 望見』。高校のクラスメイト、アタシの幼馴染。平穏を好み、静けさを好み…望見を好む。何事もまずは見てからじゃないと挑戦しない。もっとも、見たとしても挑戦しない事が大半だけど。
「それじゃウチとユウユウしか楽しくないじゃん!折角三人で来たんだからさ〜。のぞみんも乗ろうよ~。」
水見が望見をジェットコースターの列に並ばせようと、ぐいぐいと望見の袖を引っ張る。
望見がアタシの方を見てくる。援護を求めているのを理解し、「ほら、行くよ。」と水見を軽く引き剥がして列に並ぶ。水見がブーブー文句を言うが無視。望見が近くのポップコーン屋に向かって歩いているのが見えた。…水見は「…のぞみんのビビり。ユウユウの人でなし。」と口を尖らせた後、スマホでSNSを巡回し始めた。アタシもスマホを取り出すと、待ち受けの射手座が目に入る。射手座…望見も射手座だ。
『望見家』星野望見は冒険が嫌いで、望見が好き。小中高、いつでもどこでも、遠くから眺めてる。冒険しないで、遠くから眺めてばかりの『望見家』。別に人見知りって訳じゃないのが不思議。赤の他人とも普通に話せる。高校から知り合った水見と仲良くなってるのが何よりの証拠だろう。そうだとしても、冒険を嫌っているのはどうかと思う。望見は牛丼屋で毎度牛丼並を頼むぐらい冒険を嫌っている。逆に、水見は冒険が好きなタイプ。寿司屋のサイドメニューだけで腹を満たすぐらい冒険が好きなタイプ。
「次、ウチらの番!」
水見が興奮してアタシの服の袖を掴む、引っ張る。適当に返事をした後に、スタッフさんの指示に従って最前列のシートに座る。少ししてブザーが鳴った後、ジェットコースターは動き出した。動いた瞬間から、水見は「怖いな~。」と笑みを浮かべている。少しずつ少しずつ上昇していき…前にレールが見えなくなった瞬間周囲の人々の絶叫と共にジェットコースターは急加速し落ちていく。水見も楽しそうに絶叫しており、アタシもつられて絶叫する。速度が緩むと、遠い地面のベンチに望見を見つけた。望見はこっちには気付いていないようで、ポップコーンを三つ抱えたままジェットコースターを見ている。安全バーで塞がった手をどうにか振ってみたが、望見は気付かない。望見はアタシ達の事を探しているのか、それともジェットコースターに乗れるか考えてるのか…。そうこう考えている内に、ジェットコースターは速度を上げ、望見は見えなくなった。
「いや、チョー楽しかった~!」
「良かったね。」
ジェットコースターから降りて、アタシ達は望見の下に戻った。水見は「あのインフルエンサーの言ってた通り、景色も綺麗だったし…」と、ジェットコースターの楽しかった点を次々と挙げていく。あんまり見てなかったけど…綺麗だったんだ。
「のぞみんも乗れば良かったのにー。」
「…そうだねー、私も乗りたかったかも。」
望見がそう言うと、水見は「じゃあ、一緒に乗らない?ウチは二回目でも楽しめるから!」と提案する。さっきと同じやり取りだ。望見が「乗りたいかも」「やりたいかも」なんて言って、水見が誘って、結局乗らない。今やらないのに、何時やるのか?それは「やりたい事」が「冒険」じゃなくなった時?…そんな時がいつ来るのか?
「うん、乗ろっかな。」
「…おろ?珍しいね?」
「……は?」思わず口から零れた。望見が?今?…おかしい。『望見家』が、冒険するって事?…望見はアタシの零れた言葉に首をかしげている。首をかしげたいのはコッチの方だってのに。
「友見、どうかした?」
「どしたんどしたん?…あ、先にトイレ行きたい?」
水見が固まったアタシの顔を覗き込んできて、検討違いの事を心配してきた。
「いや、別にそんなんじゃ…あー…いや、そうかも。ちょっとトイレ行きたい。…二人で乗ってて良いよ。」
「えー?今度はユウユウが?いいよ、待ってるから。」
「あー…ほら、ちょっと、大きい方だから。」
「分かった。水見ちゃん、二人で行こ?」
望見の説得によって、水見はまたブーブー文句を垂れながらもジェットコースターの列に並んでいった。アタシはトイレに行くフリだけして、トイレの近くの自販機で自分にコーラ、望見に緑茶、水見には…この前飲んでた黄色い謎ジュース。…二人に付いて行かなかったのは、望見が急にいつもと違う事をしたから、望見の様子を見たくなった。多分、そう。…ベンチに戻って、ジェットコースターを見ると、運良くすぐに二人を見つけられた。ジェットコースターが出発した直後で、少しずつ上昇している。…ホントに乗ってる。なんか、新鮮だ。どうにも落ち着かない。なんで急に望見は冒険し出した?水見に申し訳なくなった?フリーフォールも水見は十分ぐらい説得しようとしてたし、流石に乗ろうと思った?それならあり得る。望見、優しいし、多分そうだ。…アタシは手を振ってみたが、二人は気付いていない。…今になって、水見の言っていた景色を見たいと思えてきた。ジェットコースターから聞こえる絶叫の中に、二人の絶叫が混じっていると思うと、疎外感を感じる。アタシも乗ったのに、アタシだけ景色を知らない…。
「ユウユウ戻ったよ~!」
「…おかえり。望見、景色、どうだった?」
「綺麗だったよ。水見ちゃんが何が見えるか解説してくれたから、分かりやすかったし。」
…なんだ、ちゃんと楽しんでんじゃん。アタシも見たい。けど、今からそんな事言えない。理由作って乗らなかったのに、今更見たいとか…ダサいし。てか、なんか望見と水見、仲良い?アタシが誘っても挑戦しないのに、水見ならやるんだ。アタシの方が付き合い長いのに。…いや、アタシも何で苛ついてるんだ。望見が冒険するのは良い事だし、水見と仲良いのも良い事だ。
「…てか、もう夕方!そろそろ帰んないと!」
水見がスマホを見て焦り出す。
「そういえば、水見ちゃん家って門限厳しいんだっけ?」
「そう!マジだるい!高校生なのに七時門限っておかしくね!?」
水見は怒りながらも遊園地の出口に移動し始め、アタシ達もそれに続く。元々、水見が帰る時間にはアタシ達も帰る予定だった。出口に着くと、アタシ達と同じように帰宅の為に遊園地を出る人達が少し多いのが目に入る。アタシ達もゲートを通って出る。
「それじゃ、ウチはコッチだから!今日は楽しかった!またね!」
水見とはすぐに別れて、アタシと望見だけで二人で歩く。二人で他愛も無い会話をして、同じ道を通って、家に帰る。アタシはそれが好きだから望見と一緒に帰る。…突然、望見が歩みを止めて、星柄の傷ついたスマホケースに入れられたスマホを取り出して、画面を見せてきた。
「…友見。プラネタリウム行かない?」
「…は?」思わず…また、口から零れた。友見のスマホには近くのプラネタリウムの上映スケジュールが映っていた。いつもはプラネタリウムなんて行かない。てか、寄り道しないのに。…今日の望見は変だ。どうしてそんなに冒険するの?水見に感化された?らしくない。
「…珍しいじゃん。望見からそんな所に誘うなんて。良いけど、何でプラネタリウム?」
「友見、星好きでしょ?だから、一緒に行きたいなって。」
確かにアタシは星が好きだけど、だからといって今日プラネタリウムに行く必要があるのだろうか?…別に拒否する理由も無いから行くけど。
プラネタリウムは案外混んでいて、親子連れよりカップルが多かった。望見はどうやら最初からアタシとプラネタリウムに行くつもりだったらしく、予約まで取っていた。アタシが拒否ってたら予約がパーになるんだから、計画の段階でソレっぽい事ぐらいは教えて欲しかったんだけど…。
アタシは買ったまま渡せていなかったお茶を渡し、二人で並んでシートに座って暗い天井を眺める。
「ねぇ、友見。解説してよ。」
「…スタッフの解説があるでしょ。」
「友見に解説してほしいの。」
…アタシは頷く。やはり、今日の望見は変だ。素人の解説で楽しめるのは、カップルシートでイチャつく男女だけだ。天井の星が映され、スタッフの解説が始まる。アタシは望見に聞こえる程度の声量で解説する。
「あの星座が射手座。射手座は一等星が無いけど、一番明るく見える二等星が右下からちょっと上の奴。中間ぐらいの四つの星は、地域によってはミボシなんて呼ばれたりしてるし…」
「ねぇ、友見。」
「…何?」
「昔の事を思い出さない?」
昔の事。…小学生の頃、アタシは望見を連れ出して天体観測に行ってた。望見は嫌がってたけど、アタシが頭を下げたら意外と付いて来てくれて、アタシは望見にずっと星を解説してた。覚えてない訳じゃないけど、言われなきゃ思い出さない。中学に上がってからは一切やって無かった。…アタシはあの時は望見以外と関わってなかったから、友達がいなかった。教室の隅っこで星の本ばっか読んでた事を思い出して、恥ずかしくなる。…思えば、望見はあの時から人付き合いが上手かった。学級委員長で皆から頼られていた望見を、遠目から見ていた。でも、『望見家』なのも昔から変わってない。…変わっていないはずなのに。
「私、友見の解説が好きなんだ。なんていうか、冒険的?」
「アタシが知ってるような事しか言ってないけど。てか、解説が冒険的って。雑って言われてる?」
アタシが少しムスッとすれば、望見は慌てて訂正し出した。
「雑って訳じゃないよ。むしろ、アタシの知らない所まで連れて行ってくれるから。そういう冒険的。」
「…なにそれ?アンタが冒険しなさすぎなだけでしょ。」
そう、『望見家』。それが普通。今日が少し変なだけ。…望見が俯いて少し黙る。アタシ
「…私、JAXA目指してるんだよね。」
「はぁ!?…あ…すいません…」思わず…今日三回目の、驚きが漏れて、周囲から冷ややかな目で見られた。どういう事?JAXA?なんで?そんな星の事が好きな訳じゃないはずなのに。冒険なんてしないはずなのに。
「友見の話を聞いてたあの頃から、私も星が好きだったよ。というか、友見の星の解説が好きだった。私に冒険をくれる友見の話のお陰で、星が好きになった。だから、友見にも私の夢を話しておきたかったの。」
「…あっそ。望見なら入れるでしょ。勉強してるし。」
ぶっきらぼうな返事しか出ない。…望見はアタシの解説なんて真面目に聞いてないと、素人の解説で楽しんでいるはずが無いと思っていた。…楽しめてたんだ。
「…友見って、色んな事を見てるよね。皆の事を遠目から見て、誰がどんな人なのか知ろうとしてる。」
「…そんな事ない。」
…そんな事ない。望見は冒険嫌いじゃなかったし、『望見家』なんかじゃなかった。
「そんな事ある。私が助けを求めたらちゃんと応えてくれる。私をちゃんと見てくれてる証拠だよ。」
「友達の事を助けるなんて誰でも出来る。」
「言葉で伝えなくても私が助けてほしいのを汲み取ってくれるでしょ?それは誰にでも出来る事じゃないよ。」
アタシは見てなかった。望見を見ていた気になって、何も見てないまま決めつけていただけだった。そうじゃなきゃ、望見が星が好きなのも、アタシの解説で楽しんでたのも…。
「友見は…『望見家』だね。」
望見はそう言って、プラネタリウムの星々を見始めた。瞳に映る射手座は、アタシには見えていなかった。
望見家 龍乃透 @tatuno_toru-beasted
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