広大なオープンワールドの異世界ですぐ死ぬHP 0.0000000000001の俺の蘇生チートが規格外すぎた件
ペリカンおゆうゆ
第1話 死に損ないの特異点
世界は、一瞬ごとに崩壊し、一瞬ごとに再構築されている。少なくとも、俺、葛原彼方(くずはら・かなた)にとってはそうだ。
心臓が止まる。
それは劇的な出来事ではない。俺にとっては瞬きの間に挟まる黒い影のようなものだ。
僧帽弁が痙攣し、血液の循環が断絶する。脳細胞が酸素欠乏を訴え、視界がテレビの砂嵐のようにザラつき、意識が泥沼へと沈んでいく。
死だ。
完全なる生物学的死。
だが、次の瞬間には世界が裏返る。
内側から爆発するようなエネルギーが、壊死した細胞を強引に縫い合わせ、止まった心臓を万力で締め上げるようにして無理やり再起動させる。
《蘇生》。
俺の身体は、この不可解な現象の牢獄だった。
「……っ、ふぅ」
俺は小さく息を吐いた。この一秒の間に、俺は三回死んで、三回生き返った。
バスの窓枠に肘をつき、流れる景色を眺める。関東平野の端にあるこの地方都市の風景は、俺の死生観とは裏腹に、あまりにも平穏で退屈だった。
「おい、見ろよ。『埃(ほこり)』がまた死にそうな顔して外見てるぜ」
「マジで影薄すぎて、そこにいるのにいないみたいだよな」
「つーか、息してんのかあれ?」
後部座席から嘲笑が飛んでくる。
クラスカーストの上位に君臨する連中の声だ。
声の主は、剛道タケシ。身長185センチ、柔道部主将、脳みそまで筋肉でできているような男だ。その隣には、学園のアイドルの娘であり、自身もグラビアで小銭を稼いでいる星野キララがいる。彼女は鏡を見ながら前髪を整え、俺の方を一瞥もしない。
「やめなよ剛道くん。菌がうつるよ~」
「違げーよ、菌じゃなくて『埃』だっつーの。フッとか吹いたら消えちまいそうな」
ドッ、と車内が沸く。
俺のあだ名は『埃』。
体力測定の結果は常に測定不能。握力は3キロ、50メートル走はゴールする前に貧血で倒れる(実際は死んでいる)。給食も弁当も食わない。常に顔色は蝋人形のように蒼白く、気配がない。
クラスメイトにとって、俺は背景のシミ、あるいは掃除の時間に舞う埃と同じだった。
俺は何も言い返さない。
言い返すエネルギーがあるなら、次の死に備えたいからだ。
俺のHP(生命力)は、数値化するなら『0.0000000000001』。
風が強く吹けば死ぬ。驚けばショック死する。細菌が入れば即死する。
だが、そのたびに《蘇生》が発動する。
その際、失われた生命力を補うために、周囲の空間からマナ(あるいは熱量)を強引に収奪し、その反動で微弱な衝撃波が生じる。俺が常に少しだけ宙に浮いているように見えたり、俺の周りだけ空気が歪んで見えるのはそのせいだ。
「……ねえ、彼方。大丈夫?」
隣の席から、心配そうな声がかかる。
沢渡ケンジ。クラスで唯一、俺に普通に話しかけてくれる男だ。眼鏡をかけた理知的な顔立ちで、成績は学年トップ。常に冷静で、この混沌としたクラスのツッコミ役を一手に引き受けている苦労人である。
「ああ、問題ない。ただ、さっきから心停止が50回ほど続いただけだ」
「また訳の分からないジョークを……。顔色が悪いのはいつものことだけど、今日は特に酷いぞ。保健室に行くべきだったんじゃないか?」
「行ってどうなる。保健医が俺の脈を取った瞬間にパニック映画が始まるだけだ」
「はは、お前独特の言い回しだよな。……ん?」
ケンジが眉をひそめた。
バスの揺れが変わった。
いや、揺れではない。世界そのものの「質感」が変わったのだ。
アスファルトをタイヤが噛む音、エンジンの振動、クラスメイトたちの喧騒。それらが突然、水槽の外から聞こえる音のように遠のき、歪み始めた。
視界の前方に、巨大な幾何学模様が展開される。
光ではない。それは「闇」よりも深い、空間の亀裂だった。
「なんだこれ!?」
「おい、運転手! 前! 前ェ!!」
剛道が叫ぶ。アメリカからの留学生で、体重120キロの巨漢、ビリー・ジョンソンが「Oh my god...」と十字を切る。
財閥の令嬢であり、常に扇子を持ち歩いている桐生院レイカが、優雅さをかなぐり捨てて悲鳴を上げる。
俺だけが、妙に冷静だった。
この感覚を知っている。
死ぬ瞬間の、あの絶対的な断絶と同じだ。
(ああ、またか)
俺は目を閉じた。
だが、今回は少し違った。
俺の魂が肉体から剥離しようとするその瞬間、俺の《蘇生》能力が、外部からの干渉(・・・・・・)と衝突したのだ。
バス全体を包み込む召喚の光。
俺の体内で毎秒繰り返される死と再生の輪廻。
二つの巨大な力がショートし、火花を散らす。
世界が砕け散る音がした。
そして俺たちは、因果の地平線の向こう側へと弾き飛ばされた。
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