1-11.学院への道



 夏季第三週も終わり一歩手前の、闇の曜日。


 アクヤの街の南地区の西より。

 小国時代の出城にして対ダンジョン拠点だった敷地が、現在の学院の元になっている。


 空堀と土塀の切れ目、一朝ことあらば即座に軍事拠点と化すことがうかがえる頑丈な門扉が威容を放つ。

 その脇で日陰に逃げ込んでいるのはひっつめ髪のセバス。


 自分の誘いに応じたオルガたちを待つためだが、実のところ来るかどうかはわからない。


 ともあれ、約束した以上は待つ。

 かつ、時計が普及していない社会ではアバウトな時間感覚が許容されている。


 湿度が低いためすごしやすいとはいえ、夏の陽射しのなかで突っ立っている趣味もない。

 それゆえ気付くのが少々遅れた。


「セバスチャーーン! どこだー! 案内してくれーー!」

「ここだ! 黙れ! 騒ぐな!」


 オルガにアズクル、グラムの三人だけでなく、同じ養護院のヨッシーはともかく、ラッドも都合付けて集合していた。

 門衛たちの無遠慮な一瞥にちょっと腰がひける程度のワルガキぞろいである。


「幼年科在籍、官吏ヴェルムの子セバスチャンです。

 本日はこの者たちを探索科に関して庶務課に案内する予定です。入門の許可を願います」


「セバスお堅~い」

「黙ってろ。フリじゃないぞ、黙ってろ」


 セバスの、普段のですます調が崩れているのは冗談が通じない場面だから。

 立ち位置も、表情も動かない門衛たちに目線だけでねめまわされ、ヨッシーたちにも緊張感が伝わった。


「……幼年科セバスチャン以下6名、入門を許可する」

「はっ」



   ☆



 セバスに割と手荒に促され、少年たちはおっかなびっくり門をくぐる。

 だがその間も、立ち位置を変えずに目線だけで自分たちを把握している門衛たちを意識し、ぎこちない歩きになる。


 土塀に囲まれた通路を左に右に曲がって、植え込みや土塀で門からの視線がさえぎられてようやく大きく息を吐いた。


「おいおいおい、ヤバくねーか。ここってヤバくねーか」

「なんか思ってたんと違う」


 日焼け肌のオルガを筆頭に声があげる。


「そりゃ王家直轄領の準軍事施設、出入りが緩いわけないでしょう」


 ああ虎口かと、ラッドは門内すぐのクランク路の正体に思い至る。


 なお、普段は学章見せてあいさつ程度で通過できます。

 顔を覚えるのも門衛の仕事のうちですので。


「いやいやいや、学院だよな?」

「学院ですよ? ガチの戦闘職を育てる探索科、騎士科、魔術科がある。あと基本関わりないとはいえ、同じ敷地内に貴族様用の学舎もありますよ?」


「あ、はい」

「やべぇよやべぇよ」


 貴人がいるなら警護も厳重にせざるを得ないよね。

 あと、知識・技術を教える学校といっても、料理学校と陸軍士官学校じゃイロイロ違うよね。


 この国は、尚武の気風を貴びます。

 ゆえに貴族階級には最低でもレベル10、一人前の戦力であることが求められます。


 同様に文官にも。

 官吏科の卒院要件にレベル8以上ってのがあります。


 なぜかって?

 でないと、いざというときダンジョン鉱山夫こと探索者を制圧できないでしょ?


 もちろん実戦部隊はレベル10じゃきかないわけですが、心構え的なサムシングとして。


 学院では探索科はもちろん、騎士科や魔術科、貴族科と官吏科、そして家政科の一部にも、卒院要件として一定のレベルに達することが求められています。


 養護院のワルガギ連中ことオルガとアズクル、グラムがなぜか震えているのを尻目に、ラッドが小さな声でヨッシーとセバスに確認をとる。


「探索者続けてれば必然的にレベルがあがるわ徒党を組むわ。制御できない暴力集団なんて為政者的には目の敵だな」

「といってダンジョンからの実入りは諦められず、探索者の自主的活動に任せればローコスト。であれば取り込む方策を考えますよね」


 だって、勝手に集まってきて、飯や装備も自分たちで手配して、多少死んでも問題ない、自発的鉱山奴隷様よ?

 こんな都合のいい存在、手放せないじゃない。


「学院探索科も、体制側に取り込む方策?」

「嫌いですか、体制の犬?」

「俺はどっちかといえば猫派だけど、長いものには巻かれときゃいいんじゃね」


 転生三人組は探索者でレベル100を目指すのに、学院探索科を利用させてもらいにきたわけで。

 利用します・されますの関係が、気分的に許容できるうちは是非もなしなのだ。


 なお為政者の意図がどうとか、すべて10歳児たちの妄想です。



   ☆



 貴族科以外の学院事務を引き受ける事務棟は、外部とのやり取りも多いため、門からもほど近いところに建っている。


 セバスがアポイントメントを取っていた庶務課を訪問した6人は、応接スペースに案内された。


「幼年科のセバスチャン君含めて6人ですね」


 ふいに猫に遭遇したネズミのように固まっているオルガたちに、さっくりと探索科の概要が説明される。


 曰く、王家はダンジョンからの収穫を重要視し、探索者を育てる探索科を設置、国策として広く門戸を開き助成もしている。

 学費は1季毎にクオルタ銀貨1枚など既知の情報も、改めて関係者に説明されることで裏付けが取れ確かなものとなる。


 探索者活動との両立のため、課業日程の自由度が大きいこと。

 全般に、座学系と実技の一部は同じ講座を定期的にリピートしているから、必要な単位を集めること。

 武術系は個人差が大きいので、実際に訓練・修練中に随時講師が指導すること。


「まるきり道場だ……よです」


 オルガたちにとってはココがポイントだった。

 年にクオルタ銀貨4枚で入門させてくれる道場があるのか、と。


「稽古つけてもらうだけで釣りが出る……です」

「理解してもらえてうれしいな。武術講師には元探索者も採用しているし、実践的・実戦向きの教えも得られるはずだよ」


 武術講師は、引退した探索者のセカンドライフとしてそこそこ人気職である。

 もちろん、元学院生の。


「ただ、払う金がないんだけどよ……でがす」

「まだ時間はあるし、今日は探索科に入る意思があることのしるしとして願書だけ出しておけばいいさ」


 学院としての年度開始は秋季。

 探索科だけは定員の空き次第で各季毎に受け入れを行っているが、今回は秋季のもの。


「セバスチャン君は幼年科で編入手続きをしているのかね?」

「はい。親にも承諾を得ています」


 願書を5人分に、ペンとインク壺がテーブルの上に乗せられた。


 順繰りにペンを持ち、所定の欄に名前や続柄を、ときに質問・相談しながら埋めていく。


「そう、『養護院』で大丈夫だよ。ああすまないオルガ君、そっちの壁際の箱から木札を5枚とってくれないか。私の手元に同じものが6枚ある。ところで木札はあわせて何枚?」

「11枚っすね?」

「そうだね。じゃあアズクル君……」


 自分で願書に名前を書かせるのとあわせて、最低限の読み書き・計算ができるかの確認。

 オルガたちが意識しないまま、学力と人柄の事前審査は終了。


 紹介者が同じく探索科に進むという幼年科在籍のセバスチャンなので、保証人審査も但し書き付きで通過。

 まあこれは探索科だから。そもそも保証人つかない人も多いしね。


「入寮希望はヨルグ君とラドクリフ君だけかな?」

「えっと、俺らは養護院に寝床あるんで、その分の金はちょっとってとこで、です」


 そこは意見の違い。


「あとからでも、空きがあれば入寮はできるから気軽にね」


 期日までに、最初の1季分の学費等の支払いと探索者登録。

 これがクリアできていれば探索科に入れるからねと送り出される。


「本日はお時間いただき、ありがとうございました」

「「あっしたー」」



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