1-10.新たなる道連れ(非転生)



 神殿関連施設の庭先の木陰で、外見は静かに、中二病魂は盛り上がっているおサルさんたちのもとに、雑な短髪の少年たちがやってきた。


「お、いたいた」

「あ、オルガたちじゃん?」


 養護院カットとの蔑称があるように、養護院の男の子たちはそろって雑な短髪をしている。

 しかしまた、雑さのゆえに誰一人として同じ髪型にならないという個性が生じたりもしているのだが、割とどうでもいい話である。


 ヨッシーが、両グループの橋渡しを行う。

 養護院の同期で探索者になるって言ってるボーイズとオルガたちを紹介し、ラッドとセバスも名乗る。


「おめーらがウチのヨルグに空気入れてんのか、あぁ?」

「はん、ひょろがりもやしじゃん」

「ちっとエエとこの坊ちゃんが、【祝福の儀】アフターデビューで取り巻きスカウトでちゅかー」


 リーダー格の日焼け肌のオルガが口火を切り、筋肉質のアズクルと、これといって特徴のないグラムも参戦する。


「初対面だってのおだやかじゃねぇなあ。イキるンなら相手えらべやコゾー」

「週に甘瓜1つで雇えるなら、スカウトもやぶさかではないですね」


 唐突に始まった10歳児同士のトラッシュ・トークは、物理ステージに移行する前に終わった。


 少々育ちの悪いガキ同士なんてそんなものである。

 彼らにとっては「お前どこ中よ」「ウチのシマでなに勝手に集会してやがんだ」と挨拶し、「東中なめんじゃねえぞ」「おじゃましてるぜよ」と挨拶返しした程度の話なのだ。


「いやだってよ、ヨルグのやつ、いきなり英雄級探索者になるとか言い出すし、じゃあ当たりギフトかと思えば小石を隠すだけってよぉ」

「んで、探索者になるくせして俺らじゃなくてヨソモンとつるむって、おかしいじゃん」

「週に甘瓜1つはケチいぜ」


 養護院内の話に部外者ヨソモノが口を出してもなあと、ヨッシーに目線を送るラッドとセバス。


「いや、俺言ったやん。俺は学院の探索科行くつもりだし、そうすっとオルガたちと組んでる余裕ないって」

「だから学院ってなんだよ。探索者なるってのになんでンなとこ行くんだよ」

「金取られるんだろ? 無理して行っても苦労するだけじゃん」


 養護院の中でも院長などは学院の存在を知っていたが、知っていたがゆえに探索科に行くと突然言い出したヨッシーに驚愕していた。


 そもそもが無縁のものとして教えられていなかった、学院の存在を知らなかったオルガたちにとっても、ヨッシーが何を言い出したのか理解できない。


 ただでさえ、レベル100がどうこうなど、気の触れたことを言い出したヨルグ坊やなのだ。

 同じ養護院の仲間として、頭ぶっ叩いてでも正気に戻してやらねばならぬ、と。


 それが、同世代のワルガキ・リーダー格オルガの思いだったのだ。


「せめて1日1つだろ」

「「甘瓜から離れろや!」」


 いいボケ・ツッコミを見れてほくほくのセバスとラッドだが、養護院組は話が堂々巡りしている。

 こりゃあらちが明かんなと、ようやく二人も介入を決めた。


「はいはい。ヨッシー……ヨルグ君、学院に行く、探索科に籍を置くメリット・デメリット、かかる費用とそのあて、オルガっちたちに説明するように」

「うえ、俺?」

「人に教えるのは、教師役にとっても学び・理解の再確認だろ」


 介入はする。

 だが、手間暇をかけるのが自分とは言っていない。


 角刈りのラッドは、インストールされた前世経験から狡猾な大人として振舞うこともできる10歳児なのだ。



   ☆



 全員で木陰に座りこみ、ヨッシーがどうしようもなくつっかえた時は援けを入れつつ内容をおさらい。


「……学院ってもんがあって、そこで探索者を支援してるなんて初耳だぞ」

「テキトーな道場に入門するより安いって?」

「本当に、そんだけ稼げるもんなのかねえ」


 半信半疑といったていである。

 しかし、現に学院の幼年科に在籍するという、エエとこの坊ことひっつめ髪のセバスも頷いている。


「いやだがよ、セバスったか、あんたみたいな上の連中の通うとこなんだろ?」

「俺らのような養護院育ちが混じれるもんじゃねえだろ」


 セバスもオルガも、王国の身分上は同じ平民だが、平民の中でも格差はあるよねという話。

 極端な例外ではあるが、前世のアラブな石油富豪級の平民だって居るのだ。


 オルガたちはワルガキではあるが、一応の教育の施された養護院育ちでもある。

 無意識の処世術かもしれないが、それなりの身なりの相手を『上』に置くクセがある。


「探索科はちょっと、というかかなり毛色が独特らしいので」


 猜疑心からか、何度も同じ質問を繰り返され、セバスはやや閉口気味に院長などの大人に聞いてみてくださいと締めくくった。


「嘘とは思えねーんだよな」

「俺らを騙したところでなあ」


 振り上げたこぶしの置き所どころか、完全に気持ちが空回りしている自覚の生じたオルガたちの歯切れは悪い。


 いやまてよ、と。


 そもそもなんでヨルグは英雄級を目指すなどと言い出したのか。

 学院に行くなどと言い出したのか。


 すべて、この目の前にいるエエとこのボンの入れ知恵ではないか。


「ところでよ、お前ら本気で英雄級を目指すなんて言ってるのか?」

「そりゃそうさ。あきらめる理由はない」


 ラッドが即答する。

 レベル100不達成だとペナルティがあるなどという事情は話せない。


「男だからよ、夢をでっかく持つのはいいんだけどよ、現実見ろよ」

「夢は夜見るもんだぞ」


 現実、見える範囲で見ているよとセバス。


「この数年は無理しない。身体を作るのが先。そういう積み重ねです」

「パーティ以上の組織。クランも視野だな。何十年も見こすわけじゃないが、長い目で判断しなきゃならんこともあるだろ」


 どうせ自分たちは成長デバフ持ち、とも言わない。


 ダンジョン深くに潜るにはそれなりの組織が必要になるだろう。

 何十人のバックアップがあってはじめて届く階層だってあるはず。


「メンツ集めるにも学院でのコネ・ツテは重要だと思うんだよ俺は」


 とどめのヨッシー。

 言わされているのではない、自分から言っているとわかるくらいには養護院同世代連中の付き合いは長い。


「そんな先まで考えてどうすんだ」

「あー、グラムよ、そりゃ違うぞ。俺らぁアタマがねぇから目先のことで手一杯ってだけで、でっかい夢見るにはよ、遠くまでアタマ回さなきゃならないんじゃねえのか、多分?」


 言っているオルガ自身が首をひねっているのだから何をか言わん。


 短い時間だが、話した感じではオルガにしてもアズクルにしてもグラムにしても、頭の巡りが悪いとは思えなかった。

 つまりこれが教養、知識量の差かと、転生三人組はむしろ冷静になっていく。


 見える範囲、考えの及ぶ範囲がそもそも違うのだ。

 前世記憶がなければ、自分たちだって彼らと大差なかったのだろう。


「次の闇の曜日の午後、学院に来れます? 説明してくれるとこに案内しますが」


 来る気があるなら門の近くで待っているよとセバス。

 手軽に連絡を取り合える環境にいないから、大雑把な日時で決め打ちするしかない。


 それに、オルガたちの意思はともかく、養護院の院長なりが許可を出さないとどうしようもないだろうし。

 だから、待ちぼうけでもそれはそれという割り切りである。


 学院の場所はそれこそ院長に聞けばわかるだろう。

 セバスの誘いにオルガは仲間たちに向き直った。


「この話、のるか? アズクル、グラム」



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