6 婚約破棄、或いは無効でお願いします⑤


 オルリナ嬢が作り出したのは、〘明光〙 ライティングの灯り玉。聖フロリス王国の国民であれば、誰でも聖光が僅かながら含まれる。


 派手に見せられるもので、より聖光が多く含まれる魔法を選んだのだろう。

 浄化魔法が聖光がより多く含まれるけれど、見た目は派手さはないし、彼女の得手不得手を知らないので確信はないけれど、もしかしたら得意ではないのかもしれない。

 〘雷光の槍〙 ライトニングボルトは派手さはあるけれど、聖教区内の聖堂の中で攻撃魔法を使うのは憚られるだろう。それくらいの常識的な判断は出来ると思われる。


 そこまで考えていたら、サビ柄頭の第二王子バレリオ殿下がブツブツ言っているのが聞こえてしまった。

「〘雷光の轟鳴サンダーボルト〙や〘雷光の槍〙 ライトニングボルトの方が派手で威力が解りやすいって言ったのに⋯⋯」


 おおう、非常識がここに居た。

 聖職者の集う大聖堂で、女神さまの聖光で作られた要石に向かって攻撃魔法を叩き込むつもりとか、本当に大丈夫なの? この王子サマ。


 人の頭くらいの大きさまで育てたミラーボール(喩えが失礼?)のような〘明光〙 ライティングの玉を、通常はふわっと上昇させて天井付近で灯りにするのだけれど、今回は、これで要石に補填できることを証明したいがために、オルリナ嬢は、要石に押し込むようにして光気ルクと聖光の力を注ぎ入れた。


 オルリナ嬢自身の魔力や霊気も混ざってはいるものの、純粋な光気ルクと聖光で出来た灯り玉はすんなりと要石に溶けるように飲み込まれる。

 すると、僅かに要石が光った。聖光が補填された事を示す反応だ。


 たとえ私が満タンにしたとしても、常に僅かづつ減っていく。

 国中のどこかで、瘴気や魔物などのけがれや、攻撃的な魔獣が国土に侵入しようとして結界に触れれば、結界がそれらを排除したり跳ね返したりする訳で、当然、要石と現場近くの兄弟石から聖光は少しづつ失われる。

 今も、要石の聖光は、私が満タンにしてすぐでありながらもすでに100%ではなかった。


「わははは、見たか? オルリナの聖なる光魔法が女神の要石の力を復元したのを‼」


 使われて聖光が減った要石が、オルリナ嬢の光魔法に含まれる聖光を吸収して、充電電池のように補填された事が、聖職者達にも伝わったのだろう、小さいが確かに、神官たちにどよめきが起こる。


「どうだ? 無能聖女め。お前の唯一の存在意義である要石に聖光を注ぎ込む役目も、こうしてオルリナに出来ることが証明されたのだ。お前はまだ、わたしの慈悲に縋る気にはならぬのか?」


 え、と? つまり? 何が言いたいのだろう。

 オルリナ嬢が聖女の代わりになると証明して? で、どうしてそこで私が殿下の慈悲に縋ると言う結論に至るのだろうか。


「お前の唯一の存在意義が失われたら、どうなると思う?」

「⋯⋯お役御免?」

「そうだ。魔法も使えないお前が、市井に出ても生きてはいけまい?」

「⋯⋯そうかもしれませんね」


 まあ、前世花垣結花の経験がなんとか庶民らしくやっていけるかなー?とは思うけど。

 竈に火を入れるのに、火魔法が使えなくてもひうち石か、火鉢や暖炉にとっておく熾火を使えばいいし、水は水売りから買うか、川から汲んだ水を素焼き鉢で濾過器を作って飲み水を作ればいい。科学的文化知識を持った日本人のファンタジー慣れしたチート知識が、魔法に頼らなくてもなんとかなると思わせるのだ。


 魔力の活かし方をなんとか出来たらいいとは思うけど、元々魔法のない現代日本人なんだから、魔法に頼らなくても生きていけるだろう。


「わたしに謝って、先程の言葉を撤回した方が賢いのではないか?」


 サビ柄頭のバレリオ殿下の執務室に入ったら、子リスもといオルリナ嬢が膝の上でイチャコラ瞬間にぶち当たって、一瞬思考が停止したものの、貴男とは結婚しません宣言をしたことを撤回させるために、態々わざわざこんなことやりに来たわけ?


 でも元々平民だったので、あえて、このサビ柄頭のバレリオ第二王子に縋って、我慢して結婚してまで衣食住に心配のない生活をしたいとは思わない。


 ロサフィロが彼をどう思っていたかはわからないけど、女神の言い方だと決して喜んではいなかったみたいだし、初対面から私は不快だった。

 王族だからと上から目線で話しているとイラッとするし、おだてに乗りやすいお気楽な性分が将来不安だし、見た目も声も好みじゃない。

 ヒヨコ王子ヒョルス殿下の兄君だけあって整った容姿をしてはいるし、ちょっとした所作はさすが王侯貴族だと思わせる洗練されたものでもあるけれど、スクリーンの向こうの外国人俳優のようなもの。

 彫りの深い白人男性は元々好みじゃないのだ。


 え? ヒョルス殿下? はまだ子供12歳で、そこまで外人顔じゃなくて可愛いわ。同じ歳のマエル殿下なんて、美少女のように愛らしいの。

 ふたりとも声変わりが始まったばかりで、可愛い声が少しかすれて話しにくそうなのがまた、今しかない可愛らしさよね。


 絶世の傾国の美女と思える側妃フェリシア様に似た美少マエル殿下同様、第一王子フェリクス殿下も、フェリシア様のいいところと陛下のいいところを受け継いだ、欧風ともアジアン・エスニック系ともつかない、側妃様やマエル殿下ほどの派手さはないけれど優しげで爽やかな印象の、スマート 洗練されたハンサム 美麗男子 青年だ。


 バレリオ第二王子だけが、陛下似の男らしい精悍さと正妃マリエラ様の高貴さを混ぜ合わせた結果、ややくどく西洋人っぽいこゆさの際立つ、けれど美形という複雑な容姿に育ってしまった。

 まあ、本人の責任じゃないんだけども。

 それでも、その後の経験や考え方などからの立ち居振る舞いや表情でいくらでも印象は変えられるはず。

 それでも、正妃の生んだ最初の王子だからか、見た目はいいからか、アホっぽいのに貴族令嬢達には人気がある。もしかしたら、アホっぽいところが、堅苦しくない点が親近感があって気楽に付き合えて逆に人気なのかも。私はごめんだけど。


 結局は、好みの問題なのかもしれないので、私はご辞退申し上げたところ、お気に召さなかったご様子。

 態々わざわざ王太子宮の外まで追いかけて来て、聖女であること以外価値がないと知らしめて、退路を断って結婚を迫るほどに。


 いや、あなたのぶら下がり令嬢が聖女の代行を行うことが出来るんなら、私、この国で聖女やらなくてもいいよね?


 

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