Ø''' 三年(+十二年)後の私に転生? Ⅳ


「第一王子フェリクス殿下です。姉さまの婚約者の兄君に当たります」


 憶えてないのですか? 弟くんはまた、小首を傾げる。


 憶えてるも何も、まだ、ロサフィロの身体に花垣結花前世の私の魂が定着してなくて、なんの記憶も呼び起こせないのよね。


「え、と。⋯⋯ごめんなさい。ヒヨコちゃんは、弟でいいのよね? 可愛い弟がいて嬉しいわ。でも、その、さっき女神さまとお話をして正気に戻ったばかりで、記憶がハッキリしなくて⋯⋯」

「そうなのですか。残念です。弟だと思っていただけて光栄ですが、僕はロサ姉さまの弟ではありません。いえ、いずれはそうなるかと思いますが。僕は姉さまの婚約者の第二王子の弟の、ヒョルス第三王子です」


 王家の家系図、思い出せないけど、王子さまは三人いるのね?


「ふふ。僕の下にもう一人弟がいます。すぐ上のバレリオ第二王子と僕が正妃マリエラの、フェリクス殿下と末っ子のマエルが側妃フェリシアの子供になります。他に、同腹の姉が二人、腹違いの姉と妹がいます。一の姉は嫁いでしまっているので宮にはいませんが、他の姉と妹は王妃殿下と一緒に宮にいますよ」


 おお、子だくさんな王家なのね。


「でも、こうして会話できるくらいにまで回復されてよかったです。ロサ姉さま」

「回復?」

「それも憶えておられないのですか⋯⋯ 守護結界の要石の点検に地方を廻っている途中で魔物に遭遇して、大きなお怪我はなかったのですが、瘴気に当てられて意識をなくされたのです」


 女神さまの言う通りなら、本当はやけになっての自殺だったらしいけど、事情を知らない人達からしたら、瘴気のせいで倒れたって事になってるのね。

 

「元々、ドールのように愛らしかったですが、あの事故以来、まるで魂が抜けてしまったかのように生気のない顔色で、どこか遠くを見つめたまま会話もままならず何を言っても反応がなくて、生きた人形のようになってしまっていたのです」



 心が死んでしまったら、その人は死んだのと同じなのだろうか?



 今、可愛い第三王子ヒョルス殿下と話して、手を繋いで歩く私は、彼らの知るロサフィロではない。


 中身精神は、日本人短大生の花垣結花だ。


 この世界に馴染んで、結花の魂がロサフィロに定着したら、この身体に残るロサフィロの記憶を読めるようになるというか私の記憶となるそうだけど、そうしたら、私はロサフィロになるの?

 ロサフィロの記憶を持った、ロサフィロ目線のこの世界を知る結花なの?

 結花の十九歳の記憶とロサフィロの十五歳の記憶とが融合したら『私』はロサフィロなのか、結花なのか。

 また、精神年齢は十九歳なのか十五歳なのか。はたまた、合わせて三十四歳なんて事も? いやいや、それはないか。三十年社会人として生きた経験値がある訳じゃない。未成年のままだろうし、よくて十九歳かな。


 異世界転生物の定番としては、肉体の若さに引っ張られてか気持ちも若くなるみたいだけど、あれって、作者が若いからなのでは?と常々思っていて、最終的な最高年齢が転生時の年齢なんじゃないのかなって思う。


 しばらくは、記憶がハッキリしていない設定のようなので、あえてロサフィロのフリをする必要はなさそうだけど。

 この世に絶望して聖女の役目を放棄して自殺するような繊細なロサフィロ。

 短大生をやりながら食品衛生管理責任者の資格を取って、祖父母の残したお店を、居抜きというか少し手を加えて自分好みにアレンジして、手作りのお菓子と紅茶や珈琲、ハーブティーなどを楽しめ、昼と夜は軽食も出せるお店を開こうと、目標に向かって少しでもお金をとアルバイトもしていた、元気で活動的で前向きな花垣結花。


 ちょっと考えても別人のようなんだけど、まわりの人は違和感を持たないだろうか。



「ロサ姉さま?」


 手を繋いで歩いていたヒョルス殿下がこちらを見上げる。

 どうやら考えにふけって、足が止まっていたらしい。


「やっぱり、まだ、お身体がツラいですか? フェリクス殿下に⋯⋯」

「いいえ、大丈夫よ」


 とは言ったものの、自殺未遂後の生ける屍状態がどれだけ続いたのかは知らないけれど、どうやら足腰が少し弱っているのだろう、或いは元々こうなのか、歩いていてもふらつくし、貧血のような感じがする。

 毎日聖女の役目を務めていたというのなら、運動不足ってことはないと思うけど。どうなんだろ?

 移動中、自分の足で歩かずに、お付きの人の担ぐ輿に乗ってたとか?


「⋯⋯フィーロ、おいで。ヒョルス。自分の身は、自分で守れるな?」


 おいで、と言われて脇の下に手を差し込まれ、抱き上げられる。


「(ふわひょひょう⁉)何が⋯⋯」

一角兔ホーンラビットだ。単体はたいしたことはないが、群れに遭遇してしまったようだ」


 瘴気やけがれた魔素に触れると、魔力を持つ魔獣や人は、魔力とけがれを集約した角が生えてくる。らしい。

 大抵は額に。或いは、こめかみのやや後ろの左右に。頭部に集まることが多く、稀に全身に棘が生えたり皮膚が高質化して鱗やザラついたりチクチクしたり、見た目も変化が起きる。

 普通の魔獣との見分けられる違いは、角が黒っぽく禍々しい瘴気を纏っていること。


 茂みの向こうから飛び出して来て、ヒョルス殿下に躍りかかる薄茶色の兔の額に、黒くてゴツゴツして少し捻れた角が生えていて、なるほど確かに、角のまわりに暗くてゾクッとする気配の、もやのような物を纏っていた。


「ロサ姉さまがせっかく良くなられて、いざ城に戻るだけと言うのに、魔物がいつもより活発なんて」

「愚痴るな。林の開けた場所にフィーロの馬車と護衛官が待っているからそこまで耐えるんだ」


 言いながら、フェリクス殿下は私を左腕に座らせるように縦抱きに抱え直し、右手から光の玉を発生させて、天高く打ち上げる。

 たぶん、森の出口、林の中で待っているという護衛の人達に連絡したのだろう。


 女神さまの聖域の中は空気も清浄で、小動物や小鳥も普通の生き物だったから実感はなかったけど、ここは異世界で、魔物が闊歩する世界なんだ。

 これから殿下達と、護衛と合流して城に帰る事になって、森の中をあるいていたのだけど。


 女神さまの聖域とも言うべき聖光フィールドの外は、魔物溢れる大自然の中だった。


 

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