4 婚約破棄、或いは無効でお願いします③
王都の中心地にある聖教会の本殿に到着すると、たくさんの聖職者達に見守られながら奥に進む。
朝一のデパートの開店時間だと思うようにしているけど、いつまで経っても慣れないというか、落ち着かない。
「聖女さま、本日もお務めご苦労様です」
白い聖布で出来た法衣を身につけた女性が、ハーブティーを差し出してくれる。
要石に聖光を注ぐ前の
要石の兄弟石は国境に点在しているので、状態を点検するにも当然、毎日は行くことは出来ない。
けれど、王城に近い聖教会の大聖堂の中にある要石は、可能な限り見に来るようにしていた。
今日、要石の容量いっぱいに聖光を注げば、しばらくはここに来なくてもいい。
私の護衛官を務める聖騎士や神官騎士達は元々こちらから派遣された方達なので、私が聖女のお務めを行っている間は、古巣で休んでもらっている。
大聖堂は円筒状の石造りの建物で、上層部はドーム型。吹き抜けのお堂はステンドグラスが塡まった天井もかなり高く、たぶん、団地とかの5階建てマンションくらいはあるかな。
奥に祭壇があり、安息日の朝に司教がお説教をしたり、年に数回の聖なる日とされる日にミサが開催されたりする。
けれど、普通の聖堂と違う異質なのが、ど真ん中に設置された、人が手を繋いで何人もでやっと囲えるくらい大きな、ローズクォーツの
これが、この国を守護する女神さまの聖光で作られた結界を維持するための要石だ。
縦長に歪な雫型っぽい形で、聖布を敷いた土台に据えられている。
目を瞑り、呼吸を整える。別に目を
聖堂の中にも外にも、世界中に満たされている精霊達の霊気やいろんな物に宿る魔素を感知・認識して少しづつ手繰り寄せる。
主に、
それらを取り込んで身の内に溜めると、ゆっくり深く呼吸を繰り返すごとに少しづつ聖光が、身の内から湧いてくる。
これが、聖女の使える、唯一の異能である。
私の身体から溢れるほどに満たされた聖光を要石に注ぎ込むと、要石が眩しいほどに光り(ここにも目を瞑る理由がある)、聖堂中が輝いている。
「今代の聖女さまのお力はとてもお強くて、先代さまを遥かに凌ぎますわ。心強いですこと」
誉められてるのか先代をディスってるのか微妙な褒め言葉は、毎度のこと。聴こえないフリでスルーする。一応目を閉じてお務め中だしね。
私は、生前(花垣結花だった頃)から、この他者を下げることで相手を持ち上げる誉め方が苦手である。ちっとも気持ち良くないし、誉められた気がしないのだ。
先代より強いのは、ロサフィロが自死を図って心を殺すことに成功したせいた。
なんとかロサフィロを再生させようと、女神さまが
別に、私の努力が異能を強くした訳じゃない。
先代聖女だって精一杯聖女の役目を果たされたはずだ。だって、過去に一度も結界が緩んだり消えたりしたことはないのだから。
ファンタジー慣れした日本人の感覚だと、結界の中心機構の要石が、誰でも近づける場に置かれ隠されていないのが不思議だ。けど、ロサフィロの記憶が自分のことのように思い出せるようになった今、その理由は解る。
要石が堂々と人の目に触れる場にあるのは、女神様の守護がある国だと、聖教会が正しく人々を導いていると、国民に、他国に、広く知らしめるためである。が、もうひとつ理由がある。
この結界は、瘴気や
この国を、国民も土地も何もかもを滅ぼして不毛の地にしたいと言うのなら話は別だけど、そんなことをしたら、この地を手に入れる意味はない。
そういう訳で、この要石の警備はあまり厳重ではない。
聖教会の、聖遺物や献上品などの宝物財産や記録資料などの知的財産を含め、聖堂や教会などの土地そのものを聖騎士が守っていれば事は足りるのである。
私は過去にない規格外の魔力を持った聖女になってしまったので、要石の聖光は満タンになった。
しばらく訪れなくても事は足りるので、次は⋯⋯
「見つけたぞ、無能のロサフィロめ」
なんだか偉そうに胸を張って反っくり返っている我が婚約者バレリオ殿下が、聖堂の入り口で立ちはだかっていた。
片腕に、ぶら下がり令嬢をひっさげて――
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