13 一度言い出したら、俺の言うことなど聞きやしない
「駄目だ!」
即座に返された硬質な声に、反射的に怒りが湧く。
「どうしてですか⁉ おとなしく待っていろと言われても納得できません!」
鷹晴はおそらく、船の様子を見に行くだけでなく、呪いについて探るつもりに違いない。
奈江に寺や僧侶のことを聞いていたのがいい証左だ。
呪われたのは鷹晴だけではなく朱鷺もだというのに、
だが、朱鷺の声にも鷹晴の頑なな態度は変わらない。
「決まっているだろう⁉ ただでさえこの雨風なんだぞ⁉ 外に出れば、いったい何が起こるか……!」
「……残ったからといって、ここが安全とは限らぬと思うがのう」
穏やかに口を挟んだ貫之の言葉に、鷹晴が痛いところを突かれたように精悍な面輪をしかめる。
昨夜、
「貫之様のおっしゃるとおりです! 鷹晴様が私を置いていくというのなら、私は私で村の中を歩き回ります!」
どうすれば記憶を取り戻せるのかさっぱり見当もつかないが、ここが故郷ならば、歩き回るうちに、何か琴線にふれるものがあるかもしれない。
昨日、大雨の夕暮れの中、村長の家まで来た時には、ろくに景色を見る余裕もなかったが、雨が降っているとはいえ、昨日よりも明るい中で見れば、何か記憶を取り戻す鍵が見つかる可能性は十分にある。
朱鷺の宣言に鷹晴が目を剥く。
「何を言っている⁉ ひとりで出歩くなど、そんなことを許すわけがないだろう⁉」
はねつける声は、叩き伏せるかのように険しい。
「鷹晴様にお許しいただかなくても結構です! 貫之様にお許しをいただきますから!」
「朱鷺っ!」
鷹晴が目を怒らせて睨みつけるが、朱鷺も引かない。真正面からまなざしを受けて睨み返す。
呪いのことを知らない他の面々は、最近、言い合っていることが多いとはいえ、今朝に限ってなぜこれほど激しくやりあっているのかと、目を丸くして驚いている。
ぴりぴりと張りつめた空気が場を満たす。
ややあって、先に折れたのは鷹晴だった。
「まったくお前は……っ! 土佐にいた頃からそうだ。一度言い出したら、俺の言うことなど聞きやしない」
心底不本意そうにぼやいた鷹晴が、すぐさま視線を険しくする。
「だがいいか⁉ 俺から離れず、勝手なことはするんじゃないぞ⁉」
まるで悪戯小僧に対するような物言いにむっとするが、ここには貫之だけではなく、奥方や他の従者達もいる。
周りの者達は、また鷹晴と朱鷺がやりあっていると言わんばかりの呆れ顔の者もいれば、加代や奥方などは、勝気な子どもを見守るような微笑みを浮かべている。
言い返せばあと絶対からかわれるに違いないと、朱鷺は唇を引き結んで我慢した。
◇ ◇ ◇
朱鷺と鷹晴が昨日の雨で湿気って重い蓑と笠を身に着け、村長の家を出ようとしたところで小走りに寄ってきたのは奈江だった。
手には木の皮で編んだ箱を持っている。朝餉のあと、鷹晴が奈江に何やら頼んでいたが、この中身がそうらしい。
「鷹晴様! こちらが頼まれていたお品です! あたしを頼ってくださって、嬉しゅうございます!」
他の下女達の羨望をまなざしを一身に受けながらいそいそと寄ってきた奈江が、親しげに鷹晴に話しかける。
にこやかに微笑みかける様子は、自分は鷹晴の名前を呼ぶほど親しいのだと他の下女達に見せつけるかのようだ。
笠をかぶっているのによく鷹晴だとわかったなと朱鷺は驚くが、おそらく背の高さでわかったのだろう。長身の鷹晴は小柄な朱鷺より頭ひとつは優に高い。
「どちらに行かれるんですか?」
だが、礼を言って箱を受け取った鷹晴の返事はそっけなかった。
「船の様子を確かめに浜辺まで行ってくる」
鷹晴の返事に、奈江は「まぁ……っ!」と大きな目を瞠る。
「こんな雨なのに大変ですね……っ! あのっ、ご案内いたしましょうか⁉」
勢い込んで問う奈江に、鷹晴はかぶりを振る。
「大丈夫だ。さすがに浜に行くのに迷うことはない。それに、雨の中連れ出しては悪い。そもそも、おぬしも務めがあるだろう?」
「やっぱり鷹晴様はお優しいですね! あたしをお気遣いくださるなんて……っ!」
奈江が感極まったように頬を染める。
周りにいる下女達もうっとりと鷹晴に見惚れているが、このままのんびりしていては、本当についてくる者が出ないとも限らない。
物の怪に狙われた鷹晴や朱鷺と一緒に行動して、万が一何かあっては困る。
貫之を除いて、村長はもちろん、一行の誰も物の怪のことは知らないのだ。
もし、物の怪のことを知られれば、そんな穢れを持った者を滞在させるわけにはいかぬと村長の家から確実に追い出される懸念もある。
何より、朱鷺はともかく、鷹晴に変な噂が立っては申し訳ない。
「鷹晴様、そろそろ参りましょう。忠持殿が待っているやもしれません」
これ以上、誰かに引き止められる前にと朱鷺が促すと、鷹晴が目に見えてほっとした顔になった。
奈江には睨まれたが、一緒に連れていくわけにはいかないのだから仕方がない。
「そうだな。行こう、朱鷺」
笠を下ろし箱を小脇に抱えた鷹晴が、そのまま朱鷺の手を握る。
「っ⁉」
驚く朱鷺にかまわず、鷹晴が手を引いて村長の家を出ていく。軒先を出た途端、横殴りの大粒の雨が打ちつけてきた。
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