第3話「遺跡の守護者と力の源」

 隠し通路の階段は、予想以上に長く続いていた。湿った空気が肌にまとわりつき、自分の足音だけが不気味に響く。十分ほど下りただろうか。やがて視界が開け、広大な地下空間にたどり着いた。


 そこは、まるで古代遺跡の神殿のようだった。天井は高く、壁には風化したレリーフが刻まれている。空間の中央には、ひときわ巨大な人型の石像が、玉座に腰かけるようにして鎮座していた。


「なんなんだ、ここは……」


 今まで何度も潜ってきたダンジョンに、こんな場所があったなんて。ゼノンたちが知ったら、どんな顔をするだろうか。いや、あいつらの顔なんてどうでもいい。今は、この状況を把握するのが先決だ。


 俺は早速、目の前の巨大な石像に【万物解析】を使ってみた。


【万物解析】

 真名:遺跡の守護者(レリック・ガーディアン)

 ランク:SSS(神話級)

 詳細:古代文明によって生み出された自律式ゴーレム。遺跡に侵入する者を排除するようプログラムされているが、現在は魔力供給が途絶え、活動を停止している。

 隠された能力:「自己進化」「絶対防御」「殲滅光線」

 起動条件:胸部にあるコアソケットに高純度の魔力結晶を挿入する。

 制作者の思念:『我らが叡智の結晶よ、永劫の時を超え、新たなる主を待て……』


「……ゴーレム?」


 しかも、ランクSSSってなんだ。伝説級(SS)よりさらに上じゃないか。神話級とか、もはやゲームの世界だ。こんなものが起動したら、俺なんて一瞬で塵にされてしまう。


 活動を停止していて本当に良かった。心から安堵のため息をつく。だが、鑑定結果に気になる一文があった。「新たなる主を待て」?


 どういうことだ? 侵入者を排除するだけじゃないのか?


 疑問に思いながら、俺はゴーレムの足元に散らばっている瓦礫に目を向けた。その中に、一つだけ、微かに青白い光を放つ小石が、まるで俺を呼ぶように転がっている。これも鑑定してみよう。


【万物解析】

 真名:魔力の源泉(マナ・ファウンテン)

 ランク:EX(規格外)

 詳細:万物を生み出す根源的な魔力が、奇跡的な確率で結晶化したもの。内部には、小国一つを数百年は維持できるほどの莫大な魔力が秘められている。

 隠された能力:「魔力供給」「能力増幅」「概念進化」

 使用方法:直接触れることで、魔力を吸収、または対象に供給することが可能。

 来歴:『遥か昔、創造神が世界を創りし際にこぼれ落ちた雫のかけら』


「……EXランク? 規格外って……」


 もはや、凄すぎて笑えてきた。なんだこれは。国家予算レベル、いや、それ以上の代物が、こんなところに無造作に転がっているのか。しかも、説明によると、直接触れるだけで魔力を吸収できるらしい。


 この世界では、魔力は魔法使いだけのものではない。剣士だって、身体強化のスキルを使うには魔力が必要だ。そして俺のような一般人にも、微量ながら魔力は存在する。もし、この石から魔力を吸収できたら……。


 ゴクリと唾を飲む。俺は恐る恐る、その青白い小石へと手を伸ばした。指先が触れた瞬間、凄まじいエネルギーが奔流となって、俺の身体へと流れ込んできた。


「ぐっ……うわあああああっ!」


 全身の血管が沸騰し、筋肉が張り裂けそうだ。許容量をはるかに超える魔力が、俺の身体を内側から作り変えていくような感覚。意識が飛びそうになるのを、必死でこらえる。


 どれくらいの時間が経っただろう。ようやく魔力の奔流が収まった時、俺は汗だくでその場にへたり込んでいた。だが、身体は信じられないほど軽く、力がみなぎっている。


 《魔力の源泉(マナ・ファウンテン)から魔力を吸収しました。最大MPが大幅に上昇しました。全てのステータスが上昇しました》


 脳内に響く声が、俺の身に起きた変化を教えてくれる。まるで、レベルが1から一気に100まで上がったような感覚だ。


「すげぇ……」


 これが、チートというやつか。追放された時はどうなることかと思ったが、むしろ幸運だったのかもしれない。


 ふと、俺はあることを思いついた。この「魔力の源泉」を、活動を停止しているゴーレムに使ったらどうなるだろうか。鑑定結果には「高純度の魔力結晶」を挿入しろとあった。この石は、まさにうってつけじゃないか。


 そして、制作者の思念には「新たなる主を待て」とあった。もしかしたら、起動したゴーレムは、俺を主として認識してくれるかもしれない。そうなれば、これ以上ないほど心強い味方になるはずだ。


 危険な賭けだ。だが、今の俺には、この状況を覆す力が欲しい。


 俺は覚悟を決め、「魔力の源泉」を手に、ゴーレムの巨大な身体によじ登った。そして、胸の中心部にある、ちょうど小石が収まりそうな窪み――コアソケットに、それをゆっくりと押し込んだ。


 カチリ、と小さな音が響く。


 その瞬間、ゴーレムの全身に刻まれた紋様が、まばゆい光を放ち始めた。


 ゴゴゴゴゴゴゴゴ……!


 遺跡全体が振動し、玉座に座っていた巨体が、数千年の眠りから覚めるように、ゆっくりと立ち上がる。その眼窩に、赤い光が灯った。


 《……起動シーケンス、完了。マスター認証を開始します》


 機械的でありながら、どこか荘厳な声が、俺の頭の中に直接響いてくる。


 《魔力の源泉(マナ・ファウンテン)による起動を確認。適合率99.9%。あなたを、我が新たなる主と認定します。遺跡の守護者(レリック・ガーディアン)、これよりマスターの剣となり、盾となりましょう》


「……成功、したのか?」


 見上げるほどの巨体が、俺に向かって恭しく片膝をつく。その光景は、あまりにも非現実的で、俺はしばらくの間、ただ呆然と立ち尽くすしかなかった。


 無能と罵られ、全てを奪われた鑑定士。そんな俺が、神話級のゴーレムを従える主になった。


「よし……」


 俺は拳を強く握りしめた。


「帰ろう。そして、成り上がってやる。俺を馬鹿にしたあいつらを、見返すために」


 新たなる相棒と共に、俺は地上へと戻る決意を固めた。この力があれば、もはや何も恐れることはない。俺の本当の異世界ライフは、ここから始まるのだ。

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