第2話「覚醒と逆転の一撃」
グギシャアァァ!
甲高い叫び声と共に、一番近くにいたゴブリンが俺に飛びかかってきた。その汚らしい爪が、俺の喉笛を掻き切ろうと迫る。
(やられる!)
死の恐怖が全身を駆け巡る。だが、その一方で、俺の頭は不思議なほど冷静だった。目の前に表示された【万物解析】のウィンドウ。そこに記された「生命吸収」という文字が、やけに強く意識に残っていた。
訳は分からない。でも、これに賭けるしかない!
俺は無我夢中で、右手に握った「血吸いの短剣」を振り抜いた。何の変哲もない、ただの素人による剣の一振り。だが、ゴブリンの緑色の皮膚に刃が触れた瞬間、信じられないことが起こった。
ジュウウゥゥッ!
肉が焼けるようなおぞましい音と共に、短剣が禍々しい赤黒い光を放った。ゴブリンは断末魔の叫びを上げる間もなく、まるで水分を全て抜き取られたかのように、あっという間に干からびてミイラ化してしまった。
そして、俺の身体には、今まで感じたことのないほどの力が流れ込んでくるのを感じた。
《生命力を吸収しました。身体能力が一時的に上昇します》
脳内に響く無機質な声。同時に、ミイラ化したゴブリンは砂のように崩れ落ちていく。
「な……なんだ、これ……」
自分の手に握られた短剣を見つめる。ついさっきまでただのガラクタだったはずのそれが、今はまるで生き物のように、微かに脈動している気がした。これが、伝説級の武器の力なのか。
残りのゴブリンたちが、仲間の無残な姿に一瞬怯んだ。その隙を見逃すほど、俺はもう無力じゃない。
「やってやる……!」
身体にみなぎる力を信じて、俺は地面を蹴った。驚くほど身体が軽い。さっきまで死の恐怖に震えていたのが嘘のようだ。
「ギィッ!」
二匹目のゴブリンが棍棒を振り上げてくる。俺はその動きが、スローモーションのようにハッキリと見えた。軽く身をかがめて攻撃を避け、すれ違いざまに短剣を突き刺す。先ほどと同じように、ゴブリンは一瞬でミイラと化した。さらに力が湧き上がってくる。
《生命力を吸収しました。身体能力が一時的に上昇します》
身体能力の上昇が累積していくのが分かる。動けば動くほど、俺は強くなる。まるで、自分自身が伝説の英雄にでもなったかのような全能感。
「来いよ、お前ら!」
もはや恐怖はなかった。俺は雄叫びを上げ、ゴブリンの群れへと自ら突っ込んでいく。ひらりひらりと攻撃をかわし、確実に一匹ずつ、その命を短剣の錆にしていく。
数分後、そこには砂となったゴブリンの残骸と、肩で息をする俺だけが残っていた。身体能力の上昇効果が切れ、どっと疲労感が押し寄せる。だが、命の危機は去った。
「はぁ……はぁ……助かった……のか?」
信じられない気持ちで、俺は再び手の中の短剣に視線を落とした。すると、さっきまで赤黒く錆びついていた刀身が、まるで血を吸って満足したかのように、鈍い銀色の輝きを取り戻していた。
改めて、俺は自分のスキルについて考える。【道具鑑定】が進化した【万物解析】。どうやらこのスキルは、ただ道具の名前が分かるだけじゃない。その道具に秘められた真の力、伝説や逸話、果ては制作者の思いまで読み解くことができるらしい。
だとしたら……。
今まで俺が「ガラクタ」だと判断してきた数々のアイテムは、本当はとんでもないお宝だったんじゃないのか? ゼノンたちがダンジョンで見つけては「こんなゴミはいらん」と俺に押し付けてきた、あのマジックバッグの中身は……。
いや、待て。そのマジックバッグは、ゼノンたちに奪われてしまった。
「……あの野郎ども」
込み上げてくるのは、怒り。そして、途方もない後悔。俺は、宝の山を目の前にしながら、その価値にまったく気づいていなかったのだ。このスキルがもっと早く覚醒していれば、あんな奴らに良いように使われることもなかったのに。
いや、嘆いていても仕方がない。今は、この地獄のようなダンジョンから生還することが最優先だ。幸い、俺にはこの【万物解析】スキルがある。
俺は周囲を見渡した。何か、この状況を打開できるようなものはないか。そう思って、ごつごつとした岩肌の壁に意識を集中してみる。すると、
【万物解析】
名称:ダンジョンの壁
ランク:F
詳細:魔力によって形成されたただの壁。一部に、古代の魔法によって隠された機構が存在する。
隠された情報:座標(34, 155)の岩を強く押すことで、隠し通路が出現する。
「……マジか」
思わず声が出た。壁にまで鑑定が使えるなんて、予想外すぎる。俺は表示された座標らしき場所へ急いで向かった。そこには、他と何ら変わりのない、ただの岩があるだけだ。半信半疑のまま、その岩をぐっと押し込んでみる。
ゴゴゴゴゴ……。
重々しい音を立てて、壁の一部がゆっくりと沈み込んでいく。そして、その奥には、下へと続く石の階段が現れた。
「隠し通路……本当にあったのか」
ゼノンたちは、このダンジョンを何度も攻略しているはずだ。だが、彼らがこの通路に気づいたことは一度もない。当たり前だ。こんなもの、俺の【万物解析】がなければ見つけられるはずがないのだから。
通路の奥からは、ひんやりとした空気が流れてくる。危険かもしれない。だが、ゴブリンがうろつく通路に戻るよりはマシだろう。それに、この先には何かがある。そんな予感が、俺の胸を高鳴らせていた。
俺は、血吸いの短剣をしっかりと握りしめ、未知なる通路へと足を踏み入れた。追放された鑑定士の逆転劇は、まだ始まったばかりだ。
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