第8話 毒茶葉の冤罪と、ルディヴィクの愚行
王太后の温かな激励と、ユリウス殿下の静かな承認を受け、シルヴィアは再び王宮での公務に臨んでいた。しかし、リーゼとルドヴィクの「冷たい令嬢を断罪するゲーム」は、さらに陰湿な様相を呈し始めていた。
ある日の午後、王妃イゾルデ主催の貴婦人たちの茶会が開かれた。シルヴィアは、自身の公爵家が所有する領地で採れた最高級の茶葉を、王妃への献上品として持参していた。
シルヴィアは、茶会の前にリーゼに遭遇した際、一応の形式として茶葉について説明をしていた。
「リーゼ嬢。こちらは、わたくしの公爵領で丁寧に摘まれた最高級の『月光茶(げっこうちゃ)』でございます。王妃様にお気に召していただければ幸いです」
リーゼは、瞳を輝かせ、「まぁ!シルヴィア様がお選びになったのですから、きっと素晴らしいのでしょうね!」と、屈託のない笑顔で応じた。
しかし、茶会が始まって間もなく、その月光茶が振る舞われた途端、茶を口にした何人かの夫人が、微かに顔を顰めた。
「……あら? この茶葉、どこか風味が……」「ええ、少し、苦味が強すぎるように感じますわね」
茶葉は、最高級品であるにも関わらず、まるで意図的に質の悪いものが混ぜられたかのように、本来持つべき優雅な香りを失い、不快な苦味を放っていたのだ。
王妃イゾルデは、この失態に顔を凍らせた。自分の茶会で、献上品の品質に瑕疵があったとなれば、王妃の面子に関わる。そして、彼女の視線は当然、茶葉の提供者であるシルヴィアに集中した。
その時、リーゼが「申し訳なさそうに、泣き出しそうな顔」で、ルドヴィク殿下の袖を引いた。
「わ、わたくし、シルヴィア様に、この茶葉を選んだ理由をお聞きしましたのに……わたくしの聞き間違いだったようです。わたくしの、不勉強のせいですわ」
リーゼは、例の*「ハッとした顔」をし、口元を手で覆った。
「いえ、なんでもございません。わたくしが、お茶の知識がないばかりに、シルヴィア様のご判断を理解できなかったのです。申し訳ございません」
リーゼは、そう言ってシルヴィアを庇うかのように頭を下げた。
ルドヴィクは、完全に激怒した。リーゼの「純粋な謙虚さ」と、シルヴィアの「冷たい沈黙」という対比が、彼の目にはあまりにも明白に映ったからだ。
「シルヴィア・フォン・レオンハルト! なぜ、お前はこのような場で、王妃に恥をかかせるような劣悪な茶葉を献上した! リーゼが心配するのも当然だ! 貴様の傲慢さが、王室の品格を傷つけた!」
公爵令嬢として完璧な教養を持つシルヴィアが、最高級の茶葉と、劣悪な茶葉の区別がつかないはずがない。これは、明らかにリーゼによる、茶葉のすり替え、あるいは意図的な加害であることは明白だった。
しかし、シルヴィアは、その卑劣な陰謀を人前で暴くことはしなかった。公爵家が王室の茶会で「毒を入れた」「品質をすり替えた」などと騒ぎ立てれば、それこそ王室の権威を地に堕とす。
シルヴィアは、静かに一礼した。
「わたくしの不手際でございます。謹んでお詫び申し上げます」
彼女は、すべての責任を静かに引き受けた。その姿は、周囲の貴婦人たちには「自分の失敗を認め、反論もしない冷たい女」と映り、ルドヴィクには「傲慢で、人の心を傷つける悪女」と映った。
ユリウス殿下だけが、その光景を遠くから見つめ、「あまりにも完璧な演技だ。そして、侍女が一切口を開かないのは……」と、さらなる深い疑念を抱くのであった。
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