第10話

「よっし。これで完成だ」


 腰が抜けそうなほど重たい機器を部屋にセットし、あとはケーブルをつなぐだけとなった。

 部屋はまたまた上司が手配してくれ、機材を運ぶためのトラックも用意してくれた……一体何者? まあいいか。どっちにしろ計画が動き出したことには変わりないんだ。


 とにもかくにも昨日借りることにきまった機器は部屋前面を埋めるように配置され、ばっちこい! と球体からのデータを待っている。待ってろよ、あと少しなんだから。


 俺たちはコードをつなぎながら話す。


「あと少しですね」


「そうだな。お前は一番初めに通信を担当してもらうから、絶対に寝たり離れたりするんじゃねえぞ。トイレはあっちのドアにあるから、外のやつは使うなよ。」


 もう少し信頼してくれてもよくないです?


「分かってますよ。一人八時間――とりあえずこれを一週間はやるんですよね」


 三交代なんてしたことがないが、たぶん大丈夫なはずだ。俺だってまだ二十代――体力の衰えを感じるような年齢じゃない。

ん? 六年経ったから二十代ギリギリになるのかな?


 まあそんなこといい。これからどれだけの時間がかかるのかが一番の懸念事項。やろうと思えば一生できなくはないが、体と金が持たない。なるべく早く返信してくれよ、球体。


 コードをすべてつなぎ終え、起動してみる。


 ウィーンと機械特有の音が部屋を満たしていき、ディスプレイには球体の現情報。電波は常に一定の値を示していた。

 反応はなし、ね。

 とにかくすべて正常に動作しているみたいなので俺は椅子に腰かけた。


「それじゃああと八時間後」


 まだ元気な手を二人に振る。


「信号が来たら絶対報告しろよ。お前だけで対処しようなんてこと思わないこと。人間は一人称が九割、彼らにとっちゃ十二割になる。しのめさん研究員の方が優秀なことを忘れるな」


「そんなことないです。浅木君も彼なりにやってくれていますよ。頑張ってください、浅木研究員」


「やります!」


 じとっと、センチメンタルと言ってもいい会話を終えた俺たちは互いのやるべきことを再び開始した。わかりやすく言えば第二幕――これから異星人たちとの交流が始まる。


 ま、こんなことを言ってみたはいいものの、ただ待つだけなんだが。


◇◇◇


 ディスプレイに目を凝らす。一人になって二時間――波形は一切変わらずただ一定の値を指し示していた。何回かコードを見てみたはいいものの、すべてきっちりと奥まで刺さっていた。


 長い。長い長い。

 暇ならと仕事をしようと思ったが、地球の研究所での仕事はあらかた終えてしまっていた。上司にあと一週間までで終わらせろって言われたんだよな。結局こうなるならゆっくりとやっておけばよかった。


 そういえば母さんと父さんの姿を見てないな。俺が出発したときにはもう五十代くらいだったか……今ではいい感じに年取ってんだろうな。

 鏡で自分の姿を確認してみたが、俺はたいして変わっていないように見えた。きっと老化はほぼしないんだろう。


 けどなあ、言って帰ってくるまで最短十二年。普通に行くとなったら二十年近くかかる片道切符。そのせいで冥王星基地の人口はなかなか増加していない。観光客なんて来ないし、そもそも惑星からも外れちまったからなあ。


 まあ、そのために重力エンジンの開発を進めていたわけだけど。そういえば建造計画はどうなったのだろうか? しのめさんの理論が主に使用されているから、あまり進んでいないのかもなあ。そう考えると彼女の影響力の大きさが今一度思い出される。


 チラ、チラチラ。チーラ。

 変化なしっと。

 記録用にボールペンで書きつける。


「あ~。あ~~、~~」


 マイクに向かって声を出してみた。球体に残してきたあれは、こちらからの音声も出力してくれる。


「こちら冥王星基地。球体に対して話しかけています。あなたたちがどんな考えでこれを送り込んできたのか知らないが、そろそろ答えてくれてもいいんじゃねえのか?

 お~い。そろそろ反応してくれてもいいんだぜ。きっちり君たちの声は聴いてあるんだよ」


 点々、ちゃんちゃんみたいなリズムを刻んでみたが、変わらなかった。しかとすんじゃねえと球体に向かって悪態をついた。


「お前さんよ~!

――そうだな、自己紹介はまず聞く側からだよな。うんうん。それでだな、俺たちの名前は人間――Homo sapiens。まあ同じグループに所属している生き物ってところかな?

 人間は協力し、私たちの住む惑星――地球すべてを手のひらに収めるほどにまで成長した。ここまでたった二十万年。紆余曲折ありまして……ありすぎるくらいにありましてこちらは今平和です。危険はほぼありません」


 彼らは俺の言葉を分かってくれるのだろうか?

 それなりのことしか言っていないし、もちろん嘘はついていない。第三次大戦で生まれた汚染地域もあらかた除去し終えた。治安は悪いところもあればいいとこともある。が、ほとんど改善傾向にある。


 地球について分からなくなってしまったことばかりだ。冥王星基地が存続し続けているのだから戦争は起こっていないんだろう。

 ……だけどほかの場所では? 地球全体を変えるようなことは起こっていないとしても、少しずつ世界は変わっていくものだ。慎重派の人間はまだまだ健在らしいし、そのせいで俺たちが起きる前に今できる調査の大半は終えてしまった。


「なあ球体。お前は一体何をしにやってきたんだ。早く反応を見せてくれよ」


 俺が言い終えた瞬間、ほんの少しだけ波長が動いた。本当にほんの一瞬。数値的にも大したことはなく誤差の範囲内に収まっているのだが、俺にはそれが答えのように思ってならなかった。


 ディスプレイからあふれ出すブルーライトを浴びながらその時をじっと待ち続ける。

 お尻と椅子がくっついてしまうのではないかと思うほどの時間をぐるり抜け、ただただソワソワと腕を上下左右、前後に動かしてすぐにマイクを採れるようにスタンバイ。


 ゴリゴリと回した肩は音を鳴らした。


 ……「交代ですよ」


 ふと気が付くと交代時間になっていた。寝ていたわけじゃないが、どこか意識が浮かびかけていたみたいだ。


「ありがとうございます。ぐっすり眠れましたか?」


「ええ。浅木さんも早く寝てください」


「それじゃ、あとはお願いしますね」


 俺は部屋の外に足を延ばした。部屋の中を振り返り、マイクに球体に向かって「待ってるぞ」と最後に残った元気を込めて押し込んだ。

 しのめさんは驚いていたが、理解してくれたのか髪をさっとかき揚げ椅子に深く座っていった。


 はぁぁ、眠い。

 まだ体が慣れていないとはいえ、夜中に起きるのはきついな。

 窓から見える景色はもう町並みを暖かく照らしていた。いつの間に……時計を確認すると午前五時。

 夜中九時から八時間――よく頑張った俺の体。


 頭の中がぐらぐらと揺れ、今すぐに寝ろと叩きつける。

 俺はホテルのエレベーターに乗り込み、やっとの思いで部屋のドアを開いた。食事と風呂はまた後だ。


 ちょうど入れ替わりに上司が出ていこうとしていた。いつもの彼なら笑って

 ふわふわや。ふわふわやで~! エセ関西弁が出るくらいには疲れてます。服を脱ぎ散らかし、瞼は勝手にきつく閉じてくれた。

 

 待っているといった時、ほんの少しグラフが揺らいだ気がするが気のせいだろう。こんな頭じゃ何考えてんのか分からん。

 ――おやぁすみ! また明日もやっていきます。


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