サラマンカ鉄道同盟

 翌日。


 ミネラルウォーターと合流した僕は、マルドゥク村の商店街を歩いていた。


 目的は上終中学校美術部の領地まで行くための "足" を確保することだ。


「馬車、ドラゴン、ドラゴスネイク、コカトリス。アドベントゥラ・インフィニタの移動手段にはいろいろあるけど、一番速いのは【鉄道クラン】サラマンカ鉄道同盟の運営するトロッコだね」

 

「【鉄道クラン】? そんなものがあるのか」

 

「うん。アドベントゥラ・インフィニタのマップ全域に鉄道網を張ることに血道を上げているクランでね。お金さえ払えば、クランに所属していないプレイヤーでも、彼らのトロッコを使用することができる」


 そう言いながら、ミネラルウォーターは指さした。

 

「ほら、あれがサラマンカ鉄道同盟のハウスだ」


 それは、小さな店舗の多い商店街の中でひときわ目立つ、レンガ造りの立派な建物だった。


 中に入ると、花が飾られた大理石のホール。

 奥には、地下のプラットホームに向かうらしい木造のエレベーターが十五基、ずらりと並んでいて、その前でプレイヤーたちが列をなしている。


 彼らの頭上には、発車案内板。


 額縁と羊皮紙で作られており、そこに路線や発車時刻を記した黒インクの文字が、ひとりでに浮かび、消える。


 すでに駅を出たトロッコの情報は自動で消去され、次の列車の内容へと書き換えられていく。

 

 行き先には、すぐ近くのダンジョンで終点のものもあれば、はるか北の城塞都市ニザヴェッリルまで伸びるものもある。


 案内板に並ぶ路線はたくさんあって、素人には上終中学校行きがどれか判別するのがむずかしそうだ。


「すみません、上終中学校美術部の領内へ伸びているトロッコはどこから乗れますか?」


 白の詰め襟制服を着たプレイヤーに聞いてみる。

 サラマンカ鉄道同盟の構成員とおぼしき彼は、数秒沈黙し、口を開いた。


「今は上終中の特別公開の時期じゃないけど……そういうことか」


 駅員の目の奥に、いたずらっぽい光が浮かぶ。

 

「そういうことよ」


 とミネラルウォーター。一歩前に出て、駅員と握手をする。


「ひさしぶりね、駅員」


「駅員じゃねえよ、乙松や。『鉄道員ぽっぽや』の映画からとった立派な名前なんや、長い付き合いなんやから、ええ加減覚えてくれや。……それにしてもあんた、上終中へ潜入とは。相変わらずお転婆てんばやなァ」


「もうすぐサービス終了でしょう? ちょっとくらい暴れなきゃって思って」


「はは、なにが "ちょっと" や。じゃ、こちらに」

 

 駅員は【関係者以外立ち入り禁止】と書かれた扉を指さし、僕らを手招く。


 /


「マルドゥク村は東側が欠けた、半月みたいな形をしてるんや。なんでか分かる?」


 地下のプラットホームへ向かう道すがら、駅員が話しかけてきた。

 僕らの回答も待たず、駅員は言葉を継ぐ。


「あの【都市クラン】上終中学校美術部が!マルドゥクの東側の土地を全部買い取ったんです!あいつらほんま無法なんやわ」


「街があろうと、ダンジョンがあろうと関係なく、いかなる土地でも、金さえ払えば【領地】にし、【建築】できる。それが【アドベントゥラ・インフィニタ】のルールじゃなかった?」


 ミネラルウォーターの返答に、駅員は大仰に頷く。


「まあ、それはそうや。そのルールに則り、わしらも線路を引いてきた。やけどな、上終中は【領地】入手の過程がアレやった上に……なんといってもあの建築がね! ゲームの世界観をぶち壊しすぎなんっすわ! 車窓の景色を大切にするサラマンカ鉄道同盟としてはそれが許せへん。だから上終中に破壊工作をしかけるため、この秘密の路線をこしらえた」


 駅員がドアを開ける。その奥には、ランタンに照らされた石造りの通路があり、一台のトロッコが止められている。


「だがな、全部失敗した。こいつに乗って、生きて戻ってきた奴は一人としておらんかった。君らも気ィつけてな」


 僕とミネラルウォーターがトロッコに乗り込むと同時に、駅員が壁に設置されたレバーを引く――発車。


 地下のレールを、トロッコはとんでもない勢いで走っていく。

 顔に当たる風で目が痛い。


 乗り込んで数分経った頃、トロッコが浮上し出した。

 線路が上に傾き、進行方向の先が白くまぶしい。


 外の光だ。地上に出るらしい。


 きしむブレーキ音。車体がトンネルの外へと抜け、停止する。

 トロッコに設置されていたランプが消灯した。

 目的地――上終中学校の領地に着いたらしい。


 下車する。同時にトロッコは、すっと姿を消した。


 この秘密の路線が、上終中学校の領内を通っているにも関わらず発見されなかったのは、こういう仕掛けらしい。

 

 さて、僕は周囲を見渡した。


 目の前には、


 なにもないってのは正確じゃない。空はあって、そして平面がある。黄緑色の平面が、永遠に広がっている。


「たしかに世界観ぶち壊しだね、あたり一面草原なんて」


 つぶやいた僕の言葉に、ミネラルウォーターはニタニタ笑った。

 

「はは、こんな昔のデスクトップPCの壁紙みたいな風景が、あの【都市クラン】上終中学校美術部の街並みなわけないじゃないか。今見えてる景色はね、描画処理に時間がかかったときに写るバグみたいなやつだよ」


 言い終わると同時に、彼女の顔がざらついた。


 見れば僕の身体自体も、モザイクがかって描画が荒くなっている。


「クランは自分の【領内】の建物やNPCを自由にカスタマイズできる。ただ、上終中学校はちょっと……凝り過ぎでね。マップデータが重くなりすぎて、【領内】に入ってしばらくはラグくなるんだ」


 『Now Loading』の文字が視界に写った。


「ま、数秒で済むから。期待しとくといいよ、上終中学校の領地の街並み」


 数秒たち、平面に突起が現れた。突起は上方にぐんぐん伸び、灰色の巨大な角柱と化す。


 その側面には窓だろうか、ガラス張りの無数の穴が空いている。


 この未知の物体に対し、僕の辞書機能は――応答しない。


「【オフィスビル】だね。まったく、ファンタジーベースのこのゲームには似つかわしくないよ。まあ 2050 年代の今じゃあ、この大きさのビルは現実世界ではあんまないし、ある意味ファンタジックな代物なんだろうけど」


 目の前には大きな道が伸び、その両サイドに幾つもの【オフィスビル】が並んで空を塞いでいる。


 その近隣に、異様な存在感を放っている建物が 2 つあった。


 ひとつはどっしり構えたアジアンテイストの木材建築。僧侶の NPC が多数出入りしていることから、宗教関連の施設かもしれない。


 もうひとつは赤いリングをつけた白塔。塔の根元には建物があり、ガラス窓の欄干に設置されたブロックには【KYOTO TOWER】の文字。


 その【KYOTO】と【TOWER】の間の部分からは、ドラゴンが頭をにゅっと出しており、ピンクの舌をチロチロと出している。


「これは日本国の西にある古都、京都の景色だ。それも昔の、ね。まだ京都タワーがあるってことは 2030 年代頃がモデルかな、たぶん。とにかく、現実世界リアルに存在する街の過去の姿を、【都市クラン】上終中学校美術部はアドベントゥラ・インフィニタ内で再現した」


 【京都】の街並みを眺めながら、ミネラルウォーターは言う。


「もちろん、ただの再現じゃなく、VRMMO ならではの要素もある。京都タワーにはドラゴンが巻きつき、東本願寺にはスケルトンがスポーン。加えて、そこら中に侵入者排除のための即死トラップがある。人呼んで【百鬼夜行の京都ダンジョン】、それじゃあ攻略開始だ!」

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