《ミスティルテイン視点》ログアウトのあと

 広島県 西笠岡市。ゴミ焼却炉にほど近いボロアパート。


 スプリングのいかれた安物のベッドの上で、ミスティルテインこと向井むかい日向ひなたは VR ゴーグルを外した。


 色鮮やかな異世界の街並みは視界から消える。


 代わりに目に映るのは、ゴミの散乱した四畳半の汚部屋おへや


 立ち上がると、床の開封済み缶チューハイに足が当たって、中身がこぼれた。


 こうにもティッシュペーパーを切らしていたことを思い出す。


 そして全てがめんどくさくなって、再びベッドに倒れ込む。


「あーあ、人生はクソゲーにゃ……なんてにゃ、へへ」


 今年で、三十歳になる。


 こんな語尾が致命的に痛いことは分かっている。

 

 だが。

 彼氏はいない。友達は少ない。

 実家に関しては、ヒステリーを起こす母から逃げるようにして出て行って、それっきり。


 職場では同僚の輪になじめず、ひたすらに影を消している。


 ずっと何かにおびえるように生きている。


 そんな終わってしまった現実リアルでは、何をやっても味がない。ゲームの世界で獣人になりきっているほうがよほど現実味リアリティがあるのだ。


「あぅ……さっきの子、顔がよかったな……。リアルじゃ、あんな若い子としゃべる機会ないし、やっぱりゲームは神……」


 アンクラーゲを持ったときの嬉しそうな顔。

 女に体を寄せられたときの、赤らめた頬。


 VRゴーグルを外したあとも、先ほどの少年の姿が残像のように目に焼きついている。


「そういや、あの子。クローカーと似てたな」


 バベルの塔のダンジョンボス、首なし騎士デュラハンのクローカー。


 そのアンニュイな雰囲気のある美少年は、腐女子の界隈で人気を集めており、無数の同人誌が描かれていた。


 自分もそのうちの一冊を持っている。

 何度もお世話になったそれを、収納ボックスの中から引っ張り出す。


 ゴブリンに捕まったクローカーが、男でも妊娠できる魔法にかけられたあとはらみ袋にされるという内容で、ジャンルはいわゆる陵辱りょうじょくもの。

 

 ページを開く。


 さっきしゃべった子の面影がある少年の首が、石畳の冷たそうな床に転がっている。少年はデュラハンだから、首が体から外れても死にはしない。


 そんな生首の状態で、少年はみている。


 頭部が切り離された自分の体。

 服が破られ、むきだしになるつややかな肌。

 その上に覆いかぶさり、腰を振る太ったゴブリン。

 

 自分の体が犯されている。


 だが首だけの少年には、なすすべなどあろうはずもない。

 少年はただ、ハイライトの消えた目で、眼前の惨劇さんげきを眺めている――

 


「目がいいな耳の形がいいな程よくついた筋肉がいいなしっとりした地肌がいいな……いいないいないいないいな」



 シャツの下で、汗がしっとりとにじむ。


 足をバタバタとさせていると、隣の部屋に住む外国人から、壁越しに「うるせえ雌猫What's a noisy pussy!!」と怒鳴られた。


 慌てて口を押さえたあと、小声でつぶやく。


「あの少年……クローカーに似たあの少年……いいね……またつきまといストーカーがいのある子ができたにゃ……!」


 ゲームでの粘着が生きがいなんて狂っている。


 それに【アドベントゥラ・インフィニタ】はもうすぐサービス終了する。他にもっと、やることを見つけた方が良いはずだ。

 

 でも少なくとも。


 このゲームが配信されている間は、少なくともあたしは生きていける。


 それだけでも十分、救われるから。






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