乳をのぞくとき、乳もまたこちらをのぞいているのだ

「あたしはミスティルテイン。マルドゥク村随一のプレイヤー商人にゃ。……少年の名は?」


「……クローバーって名前でやっている」


「クローバーくん、ね。それじゃ、少年! あたしの自慢の店を案内するにゃ!」


 【剣商 矛盾】の内部はその見かけに反して広かった。


 玄関からすぐ階段になっていて、そこを降りると吹き抜けの空間。

 ぼこぼこに開いた屋根の穴から陽光が差し込み、天井にはデカい生物の背骨が――



 なんてことは、どうでもよかった。



「天井のハンガーに、商品がひっかかってるのが見えるかにゃ? あれはあたしの編み出した盗難対策でぇ」


 そんな風に解説してくれるミスティルテインは、むちゃくちゃ手を組んでくる。

 

 密着してくる。いい匂いがする。


 ふにゃんとやわらかい双丘そうきゅうが、僕の腕の隣で潰れる。


 あ、おっぱいだ、と思った。


「武器のサイズの調整に必要だにゃ!」


 そう言って身長計に立たされた。


「ちっちゃー! 牛乳のみなよ少年っ」


 なんて笑いながら身長計の目盛りを読む彼女は、なぜか僕の真正面、息が触れあいそうな距離に立って――乳を頭の上に、どかんっ、と乗せてくる。


 わ、おっぱいだ、と思った。


「ほら座りなよ、少年。カウンセリングの時間だ。いい武器商人は、お話ししながら売るアイテムを選ぶのさ」


 椅子に掛けるミスティルテインは、のけぞったり、頬杖ほおづえをついたり、落ち着きなく姿勢を変えた。

 

 そのたび彼女のタンクトップが、ちょっとしたスライムみたいにぷるぷる暴れた。


 あたまの中がおっぱいでいっぱいになった。


「あれー、少年♪ 顔が赤いにゃあ? 女の子と話したことないのかにゃ??」


 フリーズしている僕に顔を寄せ、ミスティルテインはむちゃくちゃ耳元でささやいてきた。

 

 ゾワゾワする。脳ミソが沸騰ふっとうする。



「――――――少年っ!」


「――――――少年♪」


「――――――少年……♡」

 


 言葉が聞き取れない。

 

 なんだか無性に恥ずかしくなって、うつむいてしまう。


 いや。


 下を向いてどうする。


 なにがおっぱいだ。


 こっちは無敗のダンジョンボスだぞ。


 ボスにふさわしい、凜々しい表情を作る。

 キッと目尻をあげ、僕はおっぱいをにらみすえる。


 あまりバカにするなよ。僕ァ強えんだ。


「………………っ」


 僕の覚悟に感じ入ったか、ミスティルテインは表情を変えた。


「あのさ、少年……」


 ミスティルテインの頬には、赤みが差している。

 

 ほう?

 威厳ある僕の姿におののいたか?


 ミスティルテインは僕から視線を外し、なんだか、もじもじしている。


 そして言いにくそうに口を開くと――


「そ、そんなに、おっぱいばっか見られると……さすがに恥ずかしいかも……」


 ……僕は机に突っ伏した。


 負けた。


 無敗の僕が。こんなところで。

 おっぱいに負けた。


 拝啓、ダンジョンの同僚モンスター

 ダンジョンの外は、想像以上に恐ろしい場所みたいです。


 /

 

「殺してくれ……」


「にゃはは! ちょっとからかいすぎたかにゃー!」


 ミスティルテインはケラケラ笑いながら立ち上がった。


「でも、こんなに胸おしつけたのはァ、単にからかいたかっただけじゃないにゃ」


 ミスティルテインは腰元のベルトケースに手をやった。取り出すのはゴーグル。多分鑑定するのに使う道具だろう、やたらごっつくて装着した途端、ミスティルテインも急に職人然として見える。


 彼女はつぶやいた。


「見られることで発動する第IV類魔法。【深淵をのぞくとき】」


 途端、宙に石板が出現した。

 その表面には、なにやら数字が浮かびつつある。


「こいつは、自分を凝視した人のステータスを表示させる魔法。暗殺者を返り討ちにする用に開発された魔法にゃ。ま、1分間凝視されることが条件だから戦闘にはなかなか使えないけど……意外と商人には使えたりするんだよねー」


クローバー

【Lv.57】

【攻撃値 (対プレイヤー) 3570】

【攻撃値 (対モンスター)  2】

【防御力 (対プレイヤー) 10870】

【防御力 (対モンスター) 750】

【HP 25670】


 石板に浮かび上がってきた文字はこんな感じ。

 ミスティルテインが「んんん?」と首をかしげている。


 ……まずい。


 鑑定されるとわかっていたら偽造スキルでごまかすこともできただろうに、おっぱいとバカみたいな魔法で不意打ちをされたせいで、NPCとしてのステータスがそのままでてしまった。


「初心者と思ってたけどLv高いなおい。ていうか、なんだこのふざけたステータス。プレイヤーに対してはむっちゃ強いけど、対NPC戦だったらゴブリンにも勝てないにゃ」


 ごくり。

 

 対プレイヤー特化のこのステータスはダンジョンのNPC特有のものといえる。そりゃNPCはプレイヤーと戦うように設計されてるわけで、NPCと戦うようになってはいない。


 バレる……? バレるのか……?

 NPCが勝手に遊んでるってバレて、こんなところで運営に通報されるのか……?


 そうしたらどうなる。


 僕の移動も”バグ”として修理されて。またあのクソみたいなダンジョン生活に戻されるのか……?


「変なアバターを当てたもんだにゃ!」


 ミスティルテインがニカッと笑った。

 ……うん。大丈夫……そう。あんまり細かいこと気にしない人でよかった。


「でも見つかったにゃ。少年に似合う武器。PvP特化のきみにはこれ!」


 ミスティルテインがパチンと指を鳴らす。

 次の瞬間、天井から武器が一本、宙をただよって舞い降りた。


 それは、戦槌せんつい。長い間触られていなかったのか、ずいぶんすすけている。


 手ではらうと同時に埃が飛んで、表面があらわになる。


 重厚な革張りの装丁。ひまわりの花があしらわれた表紙。柄の先に接合されているのは、巨大な本だった。


 本が開かないように、鎖で厳重に縛られていて、なんか呪符みたいな紙もぺたぺたと貼られている。

 

 軽く揺らしてみると、呪符がぬらぬらと光って、コォーーーと如何にも呪われそうな効果音が鳴った。


「アンクラーゲ。それがこの、本のハンマーの名前にゃ。こいつは目立ちたがり屋でねぇ。触れたプレイヤーが有名であればあるほど火力が上がるのよ」


「有名……? モンスターをたくさん倒して名声をあげればいいってか?」


「いいや。悪名をせてもOK。聖人も大量殺人犯も、どちらも等しく有名人にゃ」


 アンクラーゲに巻き付いた鎖をほどいてみる。ほどくたびにペリペリと、革表紙から剥がれる音がする。


「君が人の救助やモンスターの討伐で名をあげるたび、あるいはプレイヤーのキルで醜名しゅうめいを流すたび、本のページにそのログが記録され、そいつに比例してハンマーが重くなっていくんだにゃ……」


 鎖は完全にほどかれた。本を中心に、ほのかに光る風の渦が巻き起こり、呪符が激しくたなびく。

 強風に前髪を抑えながら、ミスティルテインはニヤリと僕にウインクした。


「本の中身、読んでみると良いにゃ! ま、少年はルーキーだから、まだ白紙だと思うけど!」


 開いた紙面には――


 LILICA2044【かみつきによる噛殺】

 二宮ジェノサイド【盾による撲殺】

 Максим45【魔法による攻撃で焼殺】

 StomachacheAlways【盾による撲殺】

 レタスくん【盾による撲殺】

 Jellyfishhuhu【高所からの突き落とし】

 軒下忍【かみつきによる噛殺】

 不安ちゃん【魔法による攻撃で焼殺】

 軒下忍【魔法による攻撃で焼殺】


 ――ずらりとキルログが並んでいた。


「……? どうかしたにゃ?」


「な、なんでもない!」


 ……ミスティルテインに見られるわけにはいかない。


 だって、この本、僕がダンジョンボスとして倒してきたプレイヤーの情報を全部表示している。


 僕がNPCだってバレちまう!


 さっきの魔法といい、トラップ多すぎだろ。

 

 まったく、気をつけないと。


 中身をのぞかれないよう注意して本を閉じながら――決める。


「この武器アンクラーゲにするよ」


 キルログでバフがかかる武器? あの本に表示された通り、僕はダンジョンボスとして山ほどプレイヤーを倒してきている。


 その辺のネトゲ廃人なんて目じゃねぇ。24時間、年中無休、飲まず食わず一睡もせずの無限PKプレイヤーキル地獄を過ごしてきたんだ。


 その分のキルが全部、バフになる。


 おそらく、とんでもないレベルで強化がかかるはず……!


 期待に胸が高鳴る。

 

 武器から時折鳴る、コォーーーーとかいうふざけた効果音も、今は頼もしい。


「決まり! 20000アウルムいただくよ!」


 ミスティルテインは裁縫道具さいほうどうぐを取り出すと、目にも留まらぬ速さで、戦槌を背負うホルダーを作り上げた。

 

 音もなく瞬間移動し、僕からアンクラーゲをひったくる。僕の背中にホルダーを装着し、そこにアンクラーゲの柄を通して固定。


 そのまま僕の背中を押して、パチン、と彼女が指を鳴らすと、僕らは店の外に出ていた。


「はい、お買い上げありがとーございましたーッ」


 超スピードに詠唱なしの転移魔法。


 思わずミスティルテインをまじまじと見てしまう。

 

 ホントにただの商人なのか、この人。

 非戦闘職にしては、やけに身のこなしがいい。

 

 思えば、筋力パラメータとかも高そうに見えるな。

 

 肉づきもいいし……


「……またおっぱい見てるでしょっ」


「ころして」

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