第10話 信用

「……300万ジュエル、か」


高い。

だが“とんでもなく”高いわけではない。

A級ポータルを何度か周回できれば届く金額——

普通の冒険者なら、だ。


今の俺にそんな余裕はない。


(ジュエルバンク……確か500万まで貸してくれるはずだ。

 利子10%がエグいが……もうそんなこと言ってられねえ!)


ミヒドは裁判所を飛び出し、走り出した。


——ガンッ!


肋骨が痛む。

ペンシルに殴られた箇所がズキズキとうずき、息を吸うだけで胸が焼ける。


(痛ぇ……くそ……でも止まれねぇ!)


石畳を蹴り、雑踏をかき分け、ようやく目的の建物が見えた。


巨大な黄金の看板——

《ジュエルバンク》


ミヒドは必死に息をしながら駆け込んだ。


「はぁ……はぁ……いたぁ……!」


 脚が震える。

 痛みで崩れ落ちそうだが、なんとかカウンターへ。


 「金を……貸してくれ……300万……!」


 倉庫員の男がにこやかに対応した。


 「はいはい。まずはこちらの申請書に“お名前と住所”を——」


 震える手で紙を受け取り、名前欄にゆっくりと書く。


 ——ミヒド


 その瞬間だった。


 倉庫員の表情が変わり、紙を奪うように見て、

 冷たい声で告げた。


 「……お引き取りください」

  

 「え……?」


 「前科持ちには貸せません。

 当バンクは“社会的信用”を最重要視していますので」


 (……前科……?

 俺……“裁判で負けた”から……もう……前科扱いってことか……?)


 倉庫員は容赦なく続けた。


 「当バンクは冒険者ギルドと情報共有しているため、

 トラブルを起こした方や、裁判履歴のある方は——」


 バサッと紙を返される。


 「融資対象外です。

 お引き取りを。」


 周囲の客がこちらをちらっと見る。

 侮蔑、好奇、無関心が入り混じった視線。


 ミヒドの胸がぎゅっと締め付けられた。


 (俺……

 本当に……社会的信用……ないんだな……)


 拳を握る手が震える。

 悔しさか、怒りか、悲しみか、自分でももうわからない。


 足元が少しふらついた。


 (くそ……どうすれば……

 300万なんて……今の俺じゃ……)


 その時、頭の中にフィンクスの声が降りてきた。


 「――なあ、ミヒド」


 声はいつもより低く、不気味に響いた。


 「金が欲しいなら……“冥府”には方法があるぞ?」 

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破滅の冥者 レイ @ren0324

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