シャットダウン・コード
咲
第1話 窓からの侵入者
俺には記憶がない。
いつからないのか、わからない。
親がいるのかどうかもわからない。
いつのまにか、研究所からある一定の額が振り込まれるようになっていて──
いつのまにか、それを当たり前のように受け取っている。
マンションに住む高校2年。
いつから住んでいたのかもわからない。
なぜ今の高校に通うようになったのかもわからない。
それを「怖い」と思うより、いつから「当たり前」だと思うようになったのかもわからない。
──その日、普通に帰宅しただけだった。
部屋のソファに、同い年くらいの男が座っていた。
「やあ」
──え?
「だ、誰?」
驚いていると、彼はポケットから球体を取り出して、俺に差し出した。
キュイーン。
高い音が鳴った瞬間、身体が硬直する。
まるで金縛りに遭ったように。
「あ、反応してる? ビンゴ」
彼が笑いながら近づいてきた。
「や、やめろ」
声はかすれ、動けない。
怖い。ただの泥棒? それとも──
「いや、この球が反応するヤツ探してたんだよ。なんか変化あった? ……あれ、固まってんの?」
言いながら、近づいてくる。
──怖い。
ぎゅっと目をつぶる。
すると彼は、手で俺の体を押して言った。
「なんだ、もしかして固まるだけ? つまんない」
そう言いながら、俺が床に倒れるまで、楽しそうに押していた。
◇◇
「な、何?」
驚いて、びくびくしながら聞いてみる。
「俺? アキ。いやあ、探したよ。まさかこんな近くにいたとは」
──は?
「……いや、わからない」
── 彼が何を言ってるのか、本当にわからない。
「本当に固まるだけ? 他にないの?」
──固まるだけって。それがすでに異常なんですが……。
「……動けるようにしてくれます?」
すると、アキはあっさり言った。
「ごめんごめん。でも、戻し方わからないんだ。そのうち動けるんじゃね?」
──なっ、なんだ? その無責任……。
「でも俺、お前の動きいつでも止めれるから。今日からお前、俺の下僕な」
「は? こ、断る!」
するとアキは、球をまた近づけてきて言う。
「断ったら一生動けないかも」
「も、戻し方、知らないくせにっ!」
「じゃ、そういうことで」
アキは窓から帰って行った。
◇◇
な、何だったんだ……?
というか、まだ動けない……。
「ねえ、あなた。何で寝てるの?」
上から女がのぞき込んできた。
「うわっ!」
驚いたが、まだ身体は動かない。
彼女は、俺のことなどどうでもいいというように、淡々と口を開いた。
「アキ知らない?」
「い、いや……」
さっきまでいたけど、勝手に入ってきた知らない人だし……。
どう答えていいかわからなかった。
「そう」
それだけ言って、彼女は立ち去ってしまった。
──何? というか、誰?
頭が、パニックした。
◇◇
しばらくして、普通に動けるようになった。
急いで窓に鍵をかけようとして気がついた。
──この窓、鍵がついてない……。
ここ12階だから、今まで気にすることもなかったけど……。
部屋の中を確認したが、盗まれたものはなかった。
どうして窓から入ってきた?
どうして窓に鍵がない?
いつから? 最初から?
問いかけても答えは返ってこない。
わからないことばかりが頭の中で渦巻いていく。
とりあえず、その日は早めに寝た。
◇◇
次の日──
部屋に帰ると彼らがいた。
「なっ、こ、ここ俺の部屋!」
「知ってる。あ、これ食べる?」
そう言ってアキが出したのは、俺が冷蔵庫に入れておいたチーズだった。
「勝手に!」
すると女が言った。
「別にいいじゃない。研究所からお金もらってるんだし。
それより冷蔵庫の中身少ない。もっと買ってきなさいよ」
「……というか、誰?」
「私? 美咲。ねえ、アキ。あの子うるさい。黙らせて」
「ん? ほれ」
アキはポケットから球を取り出した。
キュイーン。
また、身体が硬直する。
「や、やめろ!」
「えー、静かにならない」
「そういう機能じゃないからな」
「静かなところ行こうよ」
「そう? じゃあ、行こか」
最後にアキが言った。
「またね」
そして2人は玄関から出て行った。
よくわからない──
本当に、よくわからない。
冷蔵庫を開ける……中身、ほとんど空じゃん。
仕方なく、コンビニに行った。
◇◇
朝、目覚めたら身体が重かった。
というより……
「ん? おはよ。もうちょい寝る」
アキがベッドで、俺に被さって寝てた。
「な、な、何?!」
すると窓がスッと開いて、美咲が入って来た。
「アキ、朝食できたわ」
「んー、美咲、おはよう」
アキが、目をこすりながら返事をする。
「帰るわよ。あら、あなた。また会ったわね」
「……い、いや、ここ俺の部屋……」
すると、興味なさげに美咲は言った。
「そう。お邪魔したわね」
「んー、帰ろ」
2人は玄関から出て行った。
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