遺伝子の警告を無視して、僕らはなぜ「妹」を愛するのかへの応援コメント
うちの妹は朝起こしてくれもしない料理を作ってくれもしない誕生日プレゼントに数万もするアクセをねだられる、旅行に行けば費用の9割は僕が払う……でも可愛いものです。
妹ものは余裕で読めます。フィクションだもの。
編集済
「世界」とは、誰のことかへの応援コメント
救済系ハーレムはあんまり好まないです。
主人公に対する都合の良いメイドロボが与えられているだけにしか見えなくて。
主人公が傷を負っているからケアワーカーとしてのヒロインが見たいのではないんです。
都合の良い主人公のイチャイチャ見ても、風情がないんです。
きちんと主人公自身が関係性のコストを交換しあった上で、きちんと相手に対して幸せを与えられている。
そんな相互互恵性のあるストーリーハーレムが読みたいんです!
ランキング上位の「ふるまい」と、PV0の見ていない景色への応援コメント
そうだと共感できます。
別にランキング上位者はずるいわけでもない。このプラットホームにおける適切な振る舞いをした結果による効果だともいます。作品の良し悪しとは実は関係は薄い。
そこを混同してしまうと、読まれないと思って筆を折ってしまう方もいる。
創作仲間はいてくれると楽しいので、それで心折れてしまう方がいるのは悩ましいです。
「ありがとう」は、いつ恋愛になるのかへの応援コメント
今回は猫様愛とは区別される内容のようです。
下僕としての愛と家族として一緒に生活していく気持ちにどんな違いがあるのか気になるところですがそこは保留です。
以前、愛とは何ぞやと書けなくなりいろいろ調べた事があります。
エーリッヒ・フロムの『愛するということ』の本が参考になった。
ありがとうの後の言葉は、配慮、責任、尊重、知るが全て揃ったときに出てくる言葉なのだろうと思っています。
あれ、猫様愛も同じかも!
作者からの返信
コメントいただき、励みになります。
「ありがとう」より先に、肉球の跡を見つけました。
愛のことを考えていてもドアは開かないので、部屋の明かりを消して、今日は早く寝よう。
そんな歌が、どこかから聞こえたような気がします。
「読み合い」の善意に潜む、見えない階層構造についてへの応援コメント
初めまして。
読み合い企画ではありませんが、批評企画を行っている者です。
自身にも当てはまる事例が多々あり、身につまされる思いでした。
ただ一点だけ異を唱えさせて頂きます。
主催者は、決して安全圏になど立っていません。多くの方から批評内容の正しさや立ち居振舞いを見られています。そこを間違えば、本人の信頼・批評の信憑性・果ては小説作品への評価にまで関わります。
少なくとも、私はそう思っています。
冬病夏治さまご自身も、だからこそ本記事を書かれたのではないでしょうか?
企画内容から、企画主の意図を感じ取ったのですから。
きっと同じ方はたくさんおられます。
非常に興味深い記事でした。
続きも拝読させて頂きたく思います。
作者からの返信
コメントありがとうございます。
「安全圏」という表現は、たしかに強すぎたかもしれません。
私が見ていたのは、主催者と参加者のあいだにある「評価する/される」の非対称性でした。
とはいえ、こんな文章を書いている私も、ずいぶん人の配置図を眺めているつもりで、しっかりその図の中にいるのでしょうね。
端の方に小さく「観察者」と書いておけば外に出られる、というものでもなさそうです。
お読みいただき、ありがとうございます。
「ラノベ嫌い」は「ラノベ」からどれだけ自由かへの応援コメント
俺TUEEEは伝統的にSFが育ててきたカルチャーじゃないですか。
主人公一人が他者と隔絶した知識や情報処理能力、身体能力を持つなんてのはSFの需要です。
本来はラノベを馬鹿にしてた人たちがやってたことなんですよ。
そういう意味において、ラノベの作法を継承したWeb系の書き手は少数派なのではないかという疑惑があります。
何と言ってもキャラクターに機能性ばかり求めて人格としての処理が疎かになるあたり、ラノベとはまるで文化が違うんですよね。それは本格気取りのSF者の美学なんです。
だから実は反転なんかしてなかったという解釈もあると思ってます。
作者からの返信
なるほど、SFの影響も強そうですね。
私は、菊地秀行や夢枕獏のような「伝奇アクション」を好みなもので。
SFなら、高千穂遙や伊東岳彦……そういえば、『星くず英雄伝』の新木伸先生! カクヨムにおられました。
みなさん、ぜひ読みましょう。
遺伝子の警告を無視して、僕らはなぜ「妹」を愛するのかへの応援コメント
「義妹」は要するにソフ倫ですよ。
PCゲーム業界において流通を握っていたソフ倫が近親ネタを禁止したから「義妹」という迂回策が隆盛したわけです。
この辺の作品がメディアミックス隆盛期と重なって、一般においても義妹がデファクトスタンダード化したんじゃないですかね。
ソフ倫の権勢が弱体化して以降は義妹はほぼ廃れて実妹モノばっかですから、制度への最適化でしかないですよ。
ちなみにPCゲーム文脈から離れたところでの義妹の変奏としては、親の再婚相手の連れ子ヒロインというのもあります。
いとこネタもそうですが、非ポルノのつもりの作品だと日本の法律における結婚可能性と恋愛観の結びつきが異様に強いですよね。
それはつまるところ、聖書文化圏の影響を受けた道徳規範による婚前交渉忌避の思想が通底しているのだろうと、読んでしまうものではあるのですが。
作者からの返信
コメントありがとうございます。
なるほど、そういう経路もありましたね。
結構前に書いたので、いろいろ忘れていました(笑)
「親の再婚相手の連れ子ヒロイン」まで広げるなら、古くは『みゆき』、現代なら『義妹生活』といったところでしょうか。
日本だと、最後に「結婚できる」が残っていること自体、案外大きいのかもしれません。
筆を折らないための第三地帯への応援コメント
AIにメンターの役割求めるの、イイっすよ。
生身の人間じゃないだけに、どんな愚痴を言っても「退かれる」心配ないですし。
ただ、依存しすぎると「白雪姫」の継母と魔法の鏡みたいになるかなぁ。とも思います。(長文駄文失礼しました)
作者からの返信
コメントありがとうございます。
鏡が、ただ安心させるだけじゃなくて、作品のどこが問題なのかを一緒に見てくれるなら、それもありかなと思います。
ただ、鏡が何と言っても、最後にリンゴを持って玄関を出るのは自分なんですよね。
編集済
「読めば分かる」は、なぜ読まれないのかへの応援コメント
同じ人が読書モードを切り替えている、という考察はなるほどと思いました。わたしはそもそも「透過モード」の読者が、選択的にそういった読書をしに来ている場がカクヨムだと思っていたので。
しかし同じ人がモード切替をしているとすると、場の雰囲気とかお約束が読書モードを切り替える可能性もないわけではない(大半の場合は能動的にモードを設定している)でしょうから、カクヨムに二つの読書モードの場があれば、ワンチャン「文章を対象化する読書」にあった作品も読んでもらえる可能性がある。ただしそのためには、サイトデザインはもとより、読者をがっかりさせない作品を集積する必要があり、実現には課題が山のようにありそうです。
休みだったもので、ここまでつい一気読みしてしまいました。コメントを大量に投げてしまったので返信は基本的になくても気にいたしません。
また、御作の「唯野柊人は介入しない」も拝読し始めておりますが、当方の作品の読み返しなど、特に必要ありませんので(「押すなよ!」みたいなフリではございません)。
SFのSは、いつからSystemのSになったのかへの応援コメント
ジャンルの話はなかなか難しい。SF棚もそうですが、ミステリ棚も「ちょっと待ってえ。殺人事件があればミステリなの? 探偵が出てくればミステリなの?」という感じになっています。ただこれも難しくて、作者が読者に謎解きで挑戦する本格ミステリだけがミステリだ、というと窮屈になりますし、「じゃあ倒叙ミステリは棚に入れれないじゃん」ってことになりますし。でも異世界クライムアクションとかがランキングの上位を占拠してるともやっと来るんですよねえ。「そもそもこれどこかの棚に入れんの無理だな」というのを入れる棚がない。「詩・童話・その他」ってありますけど、「そこか…?」と思う人も多そう。
怪物(ハイブリッド)たちの楽園への応援コメント
入口だけでも、ラベリングだけでも読者が消費しやすい形に合わせろ、というアドバイスは時々見かけますが、たぶんそれをやっても結局中身を読んで「これは看板詐欺だ」と離脱されるだけで、しかも自分が何となく自分の作品を裏切った気になるので、誰も得しないんじゃないかなあと思います。
それよりも「読書コストは重いけど面白い」というブランディングをどうやってやるかかなあ、と思いますが、「面白い」の部分は結局第三者にしか判定されないわけなので、自分の作品を読んでくれそうな読者とマッチングすることが先にないとだめですね。結局わたしもそこから先に進めていません(笑)。
AIは小説家の夢を見るかへの応援コメント
AIの相性がいいのは上位ランカーの方々が手掛けられている、市場に如何に最適化するかを構造的に追求しまくった作品かなあ、と思っていたのですが、論考を読んでそうとも限らんのだなと思いました。ただ平均から離れれば離れるほど作家性は高くなりそうで、逆にそのうち平均ど真ん中の作品の作家性はゼロになっちゃう気がします。商品紹介とかのお仕事をしていたWEBライターはどんどん仕事を失っているようですし。
知り合いの作家さんは、「使っているか使っていないかで棲み分けをすればいい、イラスト界隈はそうしている」と言いますが、使わない人はそれでいいかもしれませんけど、使っている人たちの中ではそれだけでは済まないかと。やっかいなのはAIはどこまで行っても人間の「下」に位置するので、事実上すべてAIがやったとしても「俺の作品だ」と人間が主張できちゃうことですね。人間のチームなら、「お前はチームの顔だってだけで、実際にディレクションしたのは俺だ」っていう主張が出てくるけど、AIはそれをしないですしね。
夢を見る前に、屍の山を数えろへの応援コメント
誰もがクリエイターになれる時代ということは、まあおっしゃる通りほぼすべての人が討ち死にする超過当競争時代の到来ですので、昔よりさらに作家の生活は厳しいですよね。特にWEB小説作家はダメになれば次を補充すればいいとすら考えられている可能性もあるので。
筆を折らないための第三地帯への応援コメント
こういうメンターを持てるのが理想ですね。先にも書きましたがカクヨムでの知人は、そういう関係を目指しつつ今のところ互助的な知人友人の域を脱していませんが。
星のインフレーションと評価の死への応援コメント
星はほとんど3ばかりですね。たまに2とか1とかいただくと、逆にまじめに読んでくれたのかな、と思います。
自分でつけるときはなるべくレビューコメントとセットにしてますが、2とか1とかをつけるときに何故3じゃないのか、を言うべきなのかどうなのか悩んだりします(結局言ったことないです)。
「S級」という名の甘い檻への応援コメント
どうしたって物語には願望が入ってしまうものだと思いますが、問題は倫理やリアリティをぶち壊しにするほどの加減のなさなのではないかと。個人的な愉しみとか同好の士の密かな集まりの域を超えて、公衆の場で堂々とやるようになっていることで底が抜けているというか。で、社会的証明で「これこそがスタンダード」ということに一気になってしまった。でもリアルに置き換えたら絶対通じない人間関係なのは明らかなんですが、あまりの熱狂ぶりに、本当にフィクションとして距離を置けてんのか? と疑いたくなることもあります。
「チート恋愛」という名のインサイダー取引についてへの応援コメント
傷つきまくってきたから安全志向なのか、元々安全志向の人たちばかりがそれを求めて集まってきているのか、どっちなんでしょうかね。御作はまだちら読みですが、チートはチートですが(あんな高校生いねえ)、上記の論考のようなチートの使い方とはまたちょっと違うような。安全安心保証展開とはとても見えませんので。
「ラノベ嫌い」は「ラノベ」からどれだけ自由かへの応援コメント
自分も含めてですが、このプラットフォームを選択している時点でラノベフォーマットに多大な影響を受けている人がほとんどでしょう。でもたまにゴリゴリの純文学を書く人がいて侮れません。かつては個人サイトで作品を発表してた人とか、ラノベの洗礼を受けていない若い人とか。
YouTubeのリコメンドはカクヨムの「関連小説」よりは百倍マシだと思いますが、しかし一方で形式だけ似た動画を勧めてくるだけで、アルゴリズムによるマッチングの限界も感じます。ただ、このままいくと創作界隈はむかしの同人サークルに逆戻りして表舞台で可視化されなくなると思うので、おっしゃる通り今のランキングにかかわりのない人同士がもう少しつながりやすくなることで、いろんな意味で速度だけが重要指標になったランキング上位の作品ではなく、「スローな」作品群も可視化され浮上できる仕組みが必要だと思います。でないと今は元気に見える市場も遠からず単一化されて最後には死にます。でも角川の決算における現状認識は「IPを絞り込んでグローバル展開できるIPを育てる」なので、運営サイドからの改革はあまり期待できないですね。
遺伝子の警告を無視して、僕らはなぜ「妹」を愛するのかへの応援コメント
リアル妹がいると、義妹という設定であってそのあまりの都合のよさに非現実性しか感じませんでした。とはいえ幼馴染(そんなものはいなかった)と置き換えると何か心疼くものが途端に湧き出ることからも、論考はたぶん当を得ていると思います。
「世界」とは、誰のことかへの応援コメント
疲弊しきった読者の癒しのための作品だというエクスキューズがあったとしても、救済系(に限らずですが)ハーレムものには何というか漂白しきれないほどの腐臭(最初からその欲望を隠さずに書けばいいのにという意味での)を感じて体が受けつけないことが多いです。
とはいえ、「じゃあ貴様はヒロインが登場しない小説しか書いていないのか」と詰められるとそうでもなかったりします。そこにケア小説としての違いを論じることは可能ですが、結局同じ文脈上にいる同じ穴のムジナかもしれません。
編集済
「S級」という名の甘い檻への応援コメント
女性向け作品でも、「スパダリ」「鬼畜上司」「隣国の極悪皇帝」などの「S級美少女」に対応するヒーロー(でいいのでしょうか)を結構見ますし、そういったキャラクターの消費されっぷりは、男性向け作品より遥かに「エグい」と感じます。
なので「S級美少女」にそこまで罪悪感を感じなくても……と思ってしまいました。
何を言いたいかというと、ジェンダーとか気にしないで、男女とも作家が好きにキャラ造形すればいいんじゃないかなあと、ただそれだけですがw
作者からの返信
コメントありがとうございます。
「S級」という記号として消費されるとき、どこまで自覚的か、というところが気になっていました。
「映え」ても、どんな味かを気にする、面倒くさい性分なんです。
自分で名前を付けたぬいぐるみって、ただの物とは少し違って見えるんですよね。
キャラクターにも、たぶん似たところがあります。
損益分岐点を超える愛、あるいは記号として消費される「未完」の神話への応援コメント
なるほど。サンクコストが惜しくて貼りつき続けるというケースもあるかもしれませんね。ただ、やっぱり続きが気になる、というのもあるのでは。わたくしもう誰も覚えていないだろう同人ゲームの続きがいまだに突然気になって「ひょっとして続きが作られてねえか」と検索することがあります。つい先日もやりましたが、サイトごと死んでました(笑)。そんなことするよりも、読者に誠実に向き合った完結した作品を読むべきとは思いますものの。
贈与の呪いと、沈黙する神々への応援コメント
だんだん重荷になってくるのもありますし、最初から返報性の原理を期待して投げてきてない? と疑いたくなるのもあって、贈与経済の中での自分の心理やら行動やらは何かとモヤつくことも多いです。
一方で「この人の作品マジで面白い!」という人のファンになることもありまして、ハートや星を贈ることに負担は感じなくなります。その人が返してくれることも特に期待しない。その人が幸運にして自分の作品作風も気に入ってくれることもあって、そのときは遠慮なくいただいておきます。とはいえ遠慮なく批判できる関係を築けているかというとそうではなく、結局互助会的お付き合いなのかもしれません。でもたぶん初対面でいきなり抉るみたいなことは、文芸サークルで上級生が新入部員に対する洗礼としてやるとか、ゼミで指導教官が立場として殴るとか、そういうケースだけではないかと。いずれそうなれればいいなと思ってお付き合いを深める努力をしています。
無償の遊園地と、コメント欄に現れる4つの仮面への応援コメント
そもそもコメントをほとんどもらわないので、心が折れる折れない以前の問題です(笑)。一方で、コメントを書くときには自分の気分を押し付けないようにしないとなあ、と思っちゃいるけどたぶん自覚なくやっている可能性が高いので、書く側としても距離感って大事だなと改めて思いました。
ランキング上位の「ふるまい」と、PV0の見ていない景色への応援コメント
広告収益に依存するプラットフォームの構造から、作品の形態が単一のパターンに収束していくのは小説投稿サイトだけでなく動画やイラストの投稿サイト、あるいはSNSもまるっきり同じなのでいい加減気が付いている人も多いと思いますが、ここまでしっかりと言語化されると腹落ちする人は多いのではないかと思います。もっと読まれるといいのに。
「読み合い」の善意に潜む、見えない階層構造についてへの応援コメント
「注目の作品」から来まして、見事な批評にケラケラ笑いながら現時点での最新話「『読めば分かる』は、なぜ読まれないのか」まで読みました。そのうえで改めて感想を書こうかなと。分析が非常に的確ですが、それだけでなく心折れそうなわたしのような木っ端作者や、ひいてはプラットフォーム事業者がどうしたらよいかの処方箋も示されているのがいいですね。あと合理性だけでない物語愛も、わりと駄々洩れ気味に見えてます。
さて今回のお話で、読みあい企画じゃないですけど一度だけ自主企画をやりました。「読者が推理できる本格推理小説の本棚」だったんですけど、「可能な限り感想を書きます」と宣言をした挙句(おかげで80万字くらい読む羽目になりました)、やっぱり上から目線で「これは本企画で求めているものではありません」ってのをやってしまいました。わたしとしては「これはミステリというのは苦しすぎでは」という作品がランキングに多かったので、ジャンルを盛り上げるつもりで企画を立ち上げたんですけど、「こっちは時間を割いてやってやってるんだから」という上下関係を持ち込んでしまい、今では振り返ると反省しかありません。
ただ、キュレーションがどう考えても弱すぎるカクヨムにおいては、草の根的な企画で読み手にランキングとは別の導線を作ることがやっぱり必要ではないでしょうか。中にはわたしのような失敗をせずに(たぶん辛抱強く)企画を回している方もいます。ボランタリーベースかつ人力なので、企画主次第ではあるもののランキングのようなハッキングないし最適化は起こりにくく作品の多様性が保たれるメリットがありますが、一方でそれゆえに持続可能性は低いですよね。わたしも前回の反省をもとにした自主企画をやろうかなと思うことがあっても、どうしても及び腰になります。
「読めば分かる」は、なぜ読まれないのかへの応援コメント
読まれないことは、作品の価値がゼロであることを意味しない
けれど、読まれなかったという事実まで、なかったことにはできない
原因を切り分けられないまま、作者は自分の才能や人格の方を疑い始める
若い作者や初投稿という自信も意欲も夢も全てをもってワクワクしている作者様達が、投稿後、直ぐに味わうことになる試練です。
ちなみに私もそうだった。恥ずかしい話しだが、感想がきすぎて返信ができなかったらどうしようと真剣に悩んでました。
幸いなことに私はわりと早く上記のことに気がついて、心に防衛戦を張ることに成功しています。
今ではPV0を見ても「まーそうだよなー」と苦笑いです。
猫読み専、冷静沈着な夏治様をいつも困惑させてしまうほど特殊な立場なので参考にはならないでしょうが、書くサイトと読むサイトを分けるというのも1つの解決方法だと思います。
私個人の思いです。
書くでもカクヨムさんを高く評価していますが、分けた場合では、読むはカクヨムさんだろうと思っています。たぶん、ジャンルや好みや思想などの小さなコロニーに限ってなのでしょうが、とても仲がいいです。凄く励まされます。また、自分のコメント(想い)が相手に届いていると実感できます。
そして、読み専という立場は、作者としてのいろいろなしがらみや義務を放棄できます。こういう選択肢があってもいいかなと思うのです。
──あなた、どこで道を間違えたんですか
すみません、笑っちゃいました。
ですよね。こうなりますよね。凄く分かります。
作者からの返信
いつもコメントありがとうございます。
「書くサイトと読むサイトを分ける」というのは、たしかに一つの方法なのだと思います。
書き手として作品を持っていると、読むことにもいろいろな意味が混ざりやすい。そこを分けることで、読む側として関係に参加できる。そういう距離の取り方もあるのでしょうね。
好みやジャンルの合う小さなコロニーでは、読者の言葉が作者へ届き、作者の返事もまた読者へ戻ってくる。
そういう距離の近さは、カクヨムを読む場所として選ぶ理由の一つなのかもしれませんね。
私は、感想を望んでいるくせに、いざ届くと声が裏返ってしどろもどろになる方です。
文章を一晩寝かせるのも、あとから赤面しないためだったりします。
それでも、ニャにゃねこにゃさまにこうして感想をいただけるのは、嬉しいものです。
迷い込んだ先が、何か買わないと出られない雰囲気の古本屋でないことを祈ります。
SFのSは、いつからSystemのSになったのかへの応援コメント
SF 私はエドモンド・ハミルトンの『キャプテンフューチャー』シリーズが愛読書でした。科学や宇宙、銀河、異星人と凄くワクワクしました。
今でも、サイモンがカーティスを思いやるあの独特な愛情を自分の作品でも再現できないかと思っています。
もちろん、SFジャンルには入らないと思いますが。
私が『猫読み専』宣言をしたときに、コメントでどこまでが『猫』ですかという質問を受けました。
その時読んでいたのが、機械人形の猫でした。
あれ、これも猫、あれも猫、 ならばこっちも猫。
何でもありじゃん。カクヨムの世界も同じなのでしょうね。そんな気がしました。
作者からの返信
いつもコメントありがとうございます。
一つ境界を広げると、その隣も排除しにくくなる。
同じことが、SFの棚でも起きているのでしょうね。
猫は気ままに棚を越えていく。
その後ろで私は、分類表を齧っている鼠なのかもしれません。
何でもありの場所ほど、少し不自由な気がします。
編集済
看板だけが残った街への応援コメント
いろいろ感じる違和感の一つにこれはある。
他サイトの話だが、「え、このお話このジャンルでいいの?」 違和感である。
カクヨムでも、同じ現象が起きているのかもしれない。これは、読まれたいという熱量だろう。
私の場合はちょっと違う。
猫読み専として、ジャンルもタイトルもあらすじも読まない気にしない。
ここで言う『物語の推進力』が猫様ならば何の問題も無く楽しめてしまう。
こんな楽しみ方があってもいいだろう。
猫は気まぐれ、猫は自由なのだから。
話からかなりそれました。ご容赦ください。
作者からの返信
いつもコメントありがとうございます。
看板の歪みを前にしても、猫様という推進力があれば、ひょいとジャンルを越えて楽しんでいく猫がいるらしい。
非常に自由な振る舞いで、少しうらやましくなりました。
吾輩としては、その気まぐれな足取りを、静かに眺めさせていただくにとどめます。
脱線はお気になさらず。
怪物(ハイブリッド)たちの楽園への応援コメント
6.撤退線の設計
だから必要なのは、「勝つ方法」以前に、負け方を設計することだ。
言い換えれば、撤退線を先に引いておくことだ。
私の撤退線はここですね。
「趣味である」
「おもしろいとはその人の好みで決まる」
「書き続ける環境を整える」
このことを大前提として、他者の行いに必要以上に関心を持たない。
これが崩れると嫌な感情がムクムクと湧き上がってきます。これは避けたい。
投稿サイト全般で、自分なりに違和感を感じる事象はあります。主観だけで意見を言うことは避けた方がいいだろうというブレーキを常に点検して誤作動しないよう注意はしています。それでも、調子に乗って書かなくてもいことを書いてしまう。
投稿サイトとは恐ろしいです。
作者からの返信
コメントありがとうございます。
その三つを「撤退線」として置く、という読み方がとても腑に落ちました。
違和感を覚えること自体は自然でも、そこに飲まれすぎると、自分の書く場所まで濁ってしまう。
本当に、投稿サイトは恐ろしいです。
AIは小説家の夢を見るかへの応援コメント
単に長い。
この言葉に吹いてしまいました。すみません。ちょうど、「お、けっこうボリュームがあるぞ」と、感じていたときでした。
創作論なら長いのもありなんだろうと私は思います。
AIについては、理解できない仕組みが多くて私にはよく分からない世界です。ただ、責任という部分では、心配なことが多いです。
いろいろな作者の技術を学び自分の技術として再構築するのが人間なら、AIは何だろう?
再構築なのか単なる模倣なのか? 誰かの模倣なら同じような展開を提案されても盗作になるのかな?
そこの判断は難しいです。
作者からの返信
コメントありがとうございます。
「単に長い」で笑っていただけたなら、長く書いた甲斐があった……のかどうか、少し判断に迷うところです。自分でも、あの一文を書きながら「まさに今これでは」と思っていました。
AIについては、私もまだ分からないことが多いです。おっしゃる通り、再構築なのか、模倣なのか、その境界はかなり難しいと思います。
人間も、読んできたものを組み替えて書いている。けれどAIの場合、その過程が大規模で、しかも見えにくい。だからこそ、最後に「誰が引き受けるのか」という責任の問題が残るのだと思います。
法律的な判断はできませんが、書き手としては、自分がどこまで考え、どこから道具に任せたのか。その線だけは曖昧にしないようにしたいところです。
夢を見る前に、屍の山を数えろへの応援コメント
初めまして、コメント失礼します。カクヨムについての話が好きでこちらに参り、ここまでとても興味深く、楽しく拝読しております。これからの連載も期待しております。
作者からの返信
読みいただき、ありがとうございます。
レビューも、ありがたく拝見しました。
「ハンサムなカクヨム論」と言われると、こちらとしては少々身に余るというか、路地裏で看板を直していたら、急にスポットライトを当てられたような気分です。
第10話にも触れていただきありがとうございます。
ランキング以外にも、もう少し穏当な遭難の仕方があるのでは、くらいの気持ちで書いていました。
今後も、相変わらず人目につきにくい場所で、細々と続けていければと思います。
夢を見る前に、屍の山を数えろへの応援コメント
『まず、生活の基盤を固める。そのうえで、自分の書きたいものを、できるだけ長く書き続ける。たまたまシステムと噛み合ったら、ボーナスとして喜ぶ』
この通りです。
私も心に「趣味です!」という壁を作りました。とにかく、自分が読みたいお話を書き続ける。これが生きがいである。
長く書き続ける為の大前提です。
作者からの返信
こちらにもありがとうございます。
いくつも丁寧に読んでくださり、ありがたく拝見しました。
「趣味です!」という壁は、逃げではなく、防波堤に近いのだと思います。
生活を守り、自分が読みたいものを書き続ける。
たまたま何かと噛み合えば、そのときだけ少し喜ぶ。
そのくらいの距離が、長く続けるにはちょうどいいのかもしれません。
贈与の呪いと、沈黙する神々への応援コメント
「読専様」という、沈黙する神々
あくまでも個人的なとらえ方なのですが、カクヨム様の読み専と他サイトの読み専はちょっと違うかなと感じています。
あるマンモスサイトは、ログインしない読者を含めると、物凄い人数の読み専がいます。その方達は、ほとんどの人達が評価もリアクションも感想記入もしません。という、私もその一人でした。
ランキング上位作品を中心に読んでいると、その必要性を感じませんでした。
自分が執筆するようになって初めて、他の作品に関心が出ました。今では、すっかり埋もれた名作の虜であり積極的にさがしています。
カクヨム様の読み専には私のようなタイプが多いように感じています。きっと、仲間意識が良い方向で機能しているのだと思っています。
ちなみに、最近は『猫読み専』と名乗り始めました。
作者からの返信
こちらも興味深く拝見しました。
「読み専」と言っても、サイトによってかなり立ち位置が違うのかもしれませんね。
巨大サイトでは沈黙した群衆に近く、カクヨムではもう少し作品の近くを歩いている。
「猫読み専」という言葉も、その距離感に合っていていいなと思いました。
無償の遊園地と、コメント欄に現れる4つの仮面への応援コメント
『批評ではなく反射である』
この説明に同意します。
感情移入をして主人公になりきっている読者が、そのままの勢いで感想なりコメントを書けば、言葉が強くなることは当然です。
それを防ぐ方法は、読んだ直後は感想が書けないようにするかAIが全て検閲するしかないでしょう。
「気象予報士」の視点を持て、はいいアイデアです。少し引いて「状態の把握」をすることで、丁度良い距離感でコメントと向き合えそうです。
私も自分では豆腐メンタルだと思っています。必要以上に感想を恐れていました。(他サイトでの話です)
カクヨム様で、読み専として経験を積む事で、だいぶ免疫ができてきました。この、構造論を読むことで、さらに色々な事が整理できそうです。
ありがとうございます。
作者からの返信
こちらも読んでくださり、ありがとうございます。
コメントはありがたいものですが、すべてを「正確な批評」として受け止めると、少し疲れてしまうことがあります。
「気象予報士」の距離感は、自分自身へのメモでもありました。
天気を見るように、少し引いて眺める。
それくらいで、ちょうどいいのかもしれません。
ランキング上位の「ふるまい」と、PV0の見ていない景色への応援コメント
自分が常々感じていたモヤモヤが、理路整然とした文章になって目の前にあることに感激しています。
『PV0の見ていない景色』
自分が読まれない=作品が劣っている、と考えてしまうのは自然な流れだと思います。私も、0の数字を見るたびに落ち込みます。
でも、書き終わったときの高揚感は嘘ではない、校正のために何十回と読み直しているが、その都度自分としては満足できる内容です。
もちろん、趣味程度の力しか無い作者のお話なのであらも不備も矛盾も多い自己満足の作品です。でもでも、このお話を気に入ってくれる読者がきっといるそう信じていました。
悩んだ結果、自分なりの結論として作風の好みの問題であり、宣伝力の違いだと考えていました。
この構造論を読んでスッキリです。
作者からの返信
ありがとうございます。
PV0は、作品への評価というより、まず「未発見」の表示なのだと思います。
そこを取り違えると、書き手は必要以上に自分を削ってしまう。
画面が黙っていることと、作品に価値がないことは、たぶん同じではないのだと思います。
「読み合い」の善意に潜む、見えない階層構造についてへの応援コメント
こんにちは私は弱者側の作者です。
読み合いに参加したことはありません。
星やPVは求めた段階で、自分の作品が死ぬ気がしています(1年目のペーペー)
評価が低いなら、その程度の作品だと受け入れるしかないとの考えです
しかし、企画を立ち上げるくらい熱意?のある方の作品には興味があって、よく覗いたりします。
『評価します』企画も覗きますが、本作と同じように勉強になると思っています。
やはりAIより、リアル読書の質や程度が見えてくるからです(偉そう)
しかし、この様なコミュニティは覗くだけで、参加したいと思ったことがないだけに、本文での権力考察はとても勉強になりました。
作者からの返信
こちらにもありがとうございます。
「星やPVを求めた段階で、自分の作品が死ぬ気がする」という感覚、よく分かります。
読み合い企画は、外から見ると教材になる。
中に入ると、自分も構造の一部になる。
そこが怖いところだと思います。
「ラノベ嫌い」は「ラノベ」からどれだけ自由かへの応援コメント
こんばんは。
注目の作品で目に留まり、拝読させていただきました。
>さいごに──ラノベから一番自由でないのは誰か
この先のくだりでちょっと笑っていまいました。
ここまで冷静に述べてきたのに突如として自虐に走る姿が笑いを誘発したのでしょうか。
真面目に書かれた評論に対してこんなことを申し上げるのもどうかと思いますが、面白かったです。
作者からの返信
コメントありがとうございます。
注目の作品からお越しいただき、ありがとうございます。
構造を語っているつもりが、最後にはだいたい自分の足元に戻ってきます。
そこを笑っていただけたなら幸いです。
夢を見る前に、屍の山を数えろへの応援コメント
29歳独身は異世界で自由に生きた……かった という作品の著者リュートさんが、1作目の半ば辺りで、会社辞めました。と報告を受けて心配した記憶があります。
今ではそれが正解だったというのが、証明されています。
確か村上春樹も両立されてましたよね?
自分の才能を見極めるのは難しそうですね。
書籍化にあたっては、ギフト、サポーターで測れるのかって思った時期がありました。
しかしサポーターいっぱいいても、書籍化はされてないようで。。。うーん難しい
作者からの返信
会社を辞める判断は、成功した人のあとから見ると「英断」に見えますが、同じ選択がそのまま沈没につながることもあるので、本当に難しいところだと思います。
村上春樹も、最初から「文学一本で食う人」だったというより、生活と創作のあいだに足場を置きながら進んだ人ですね。
ギフトやサポーターも、読者の熱量を見る材料にはなるのでしょうが、それだけで書籍化や継続性を測れるほど、商業の側も単純ではないのだと思います。
数字は便利ですが、未来までは保証してくれない。そこが、いちばん怖いところです。
五つのモジュールは、なぜカクヨムでタグになったのかへの応援コメント
全部読んでから、1話からコメントしようと思ってたけど、天才田中ロミオを出されたら我慢できない(笑)
最果てのイマとか衝撃的だった。
黒須ちゃん寝る の1語は未だに刺さってる
という雑談です
作者からの返信
コメントありがとうございます。
田中ロミオの名前を出すと、やはり反応してくださる方がいるのですね(笑)
『最果てのイマ』も『CROSS†CHANNEL』も、タイトルや一語の残り方がかなり独特な作品だと思います。
「黒須ちゃん†寝る」も、あの表記込みで妙に記憶に残りますね。
無償の遊園地と、コメント欄に現れる4つの仮面への応援コメント
気象予報士の例えが好きです。スッと入りました。
作者からの返信
コメントありがとうございます。
気象予報士の例え、そこを拾っていただけて嬉しいです。
コメント欄との距離感を少しでも掴みやすくなれば、と思って書いたので、励みになりました。
「世界」とは、誰のことかへの応援コメント
ハーレムはケアの象徴なんですね。福祉なのか。うーむ。素晴らしい分析力✨️
作者からの返信
ひばかりさん、ありがとうございます。
「福祉なのか」という拾い方、受け取っていただけて嬉しいです。
贈与の呪いと、沈黙する神々への応援コメント
ユニコーンのような存在に思えますが、読み専様の方が圧倒的に多いらしいですもんね。どこにいらっしゃるのでしょうね、不思議だ。
作者からの返信
ひばかりさん、ありがとうございます。
読み専様の多さは体感としても謎で、どこにいらっしゃるのか不思議が増えるばかりです。
ランキング上位の「ふるまい」と、PV0の見ていない景色への応援コメント
フラットな目線がいいんですよね〜👏
作者からの返信
ひばかりさん、ありがとうございます。
「フラットな目線」と言っていただけるの、いちばん嬉しいです。
五つのモジュールは、なぜカクヨムでタグになったのかへの応援コメント
クロスチャンネルと俺ガイルも両方好きなので、主人公については少し分けさせてください!
黒須太一は確かに世界を斜めに見て、起きている力学に対して本質的なものを見ようとしている。友情は見返りを求めない。でも彼は皮肉ってはいるかもしれないが、そんな歪みを歪みとして愛したかったと感じます。最後まで彼は、人間でありたいと願ったから。
本質を見る、斜めで見るは情報の入出力の癖ではありますが、その見方に共感をする物語ではありませんでした。
生き様を見届ける物語だと感じます。
八幡こそ、むしろ冷笑系主人公の代表だと感じます。彼が太一と違うのは、世界を斜めに見ること自体の自分を認めていることです。これが現実でどこか世界を斜めから、冷めた目で眺めている人間に刺さる。八幡は共感を呼ぶことで支持される主人公だと感じます。
入出力は違う。目指すものも当然違う。僕は同列に語るには違和感のある部分もあるかと思い付い意見を述べました。
けど言いたいことはどちらの物語もとてもおもしろかったです!