推し活殺人事件⑭

◆第14章 「声を見た日」




2日ぶりにスマホの電源を入れた。


画面が光る。

それだけで胸が痛くて息が止まりそうだった。


通知は——

999+


メッセージ、着信、SNS、メール。


(……見なきゃよかった)

そう思ったのに、指は止まらなかった。



恐る恐るLINEを開く。


そこには、

文字が溢れていた。


◆航


《空、どこだ。帰ってこい》

《怒らない。理由は聞かない。まず無事でいてくれ》

《返事だけでいい。スタンプでもいい。何かしてくれ》


最後の文は、必死さが滲んでいた。


◆悠真


《空くん…お願い…返事して…》

《生きてる?》

《怖いよ…どこなの…》

《僕、空くんのこと嫌いになってないからね…!》


泣きながら打ったのがわかる文面。


◆理一


《連絡を絶つのはお前らしくない》

《何かあったなら話せ》

《場所を教えろ、迎えに行く》


短い言葉に焦りと恐怖が隠れていた。


◆奏多


《大丈夫じゃなくていい。助けたい。

だから返して》

《空、お前ひとりにしたつもりはなかったんだ》


優しさが痛かった。


空の喉が震えた。


(……みんな、ごめん……

俺が逃げたから……)



“既読をつけてしまう”のが怖くて、

メンバーへの返信はできなかった。


震える指で別の通知を開いてしまう。


事務所グループLINE。


《至急連絡しなさい》

《空、どこにいる》

《SNSが荒れている。早く戻れ》

《このままだとEVEの損害が出る》

《黙って飛ぶとかありえない。出てこい》


ひとつだけ、

短いが刺さるメッセージ。


《空、いい加減にしろ》


胸が、ギュッと潰れた。


(……そうだよな……

迷惑だよな……

俺が悪い……)



恐怖で指が震えながらも、

空はSNSの通知を開いてしまう。


そして、

そこには——

予想を超える地獄があった。


◆“メンバーへの攻撃”


《航が空くんを追い詰めた》

《理一の態度最悪だった》

《悠真くんのせいで空くんが病んだ?》

《奏多の冷たさやばくない?》

《EVEの空気がおかしかったんだよ》


空は画面を見たまま固まった。


(俺のせいで……

みんなが責められてる……?)


心臓が冷たくなる。



さらにスクロールすると、

空自身への“攻撃”も目に入った。


《空くん裏切られた気分》

《プロ失格》

《なんで逃げたの?最低》

《このまま消えるつもり?》

《だったら最初から推さなきゃよかった》


そして、

極めつけの言葉。


《空くん死んじゃった?》

《もう死んでる説あるよね?》

《死ぬなら早く言って》


空の心臓が、

“コトン”と音を立てて落ちた気がした。


(死ぬなら早く……?

俺が死ぬかもしれないことを……

……望んでるのか……?)



スマホを握り締めながら、

空は小さく声を漏らした。


「……航……

ごめん……

本当に……ごめん……」


「悠真……

怖がらせてごめん……」


「理一……

期待に応えられなくてごめん……」


「奏多……

迷惑かけて……ごめん……」


返事をしたい。

本当にしたい。

でも、

返信する資格がないと感じた。


(俺なんかが……

戻ったら……

また迷惑が増えるだけだ……)



胸の奥が冷たくなっていく。


・メンバーは責められている

・事務所は怒っている

・ファンは混乱している

・SNSでは憶測が暴走している

・自分が原因になっている


空は静かに思った。


(俺がいなければ……

全部終わるんじゃないか……?)


誰も悪くない。

ただ自分が弱いだけ。


(俺がいなくなったほうが、

みんな……楽になるんじゃないか……)



スマホをそっと置き、

空は呟いた。


「……ごめん……

ほんとに……

ほんとにごめん……」


その声は震えていた。


涙は落ちなかったが、

胃の奥が絞られるように痛かった。


(俺のせいで……

みんな苦しんでる……

俺が……壊したんだ……)


空はもう、

“天城 空”として戻る未来を想像できなかった。

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