推し活殺人事件③
◆第3章 「愛しているはずなのに」
天城 空の存在は、
彼女らの生活の中心だった。
朝起きて最初に見るSNSも、
仕事帰りに開く動画も、
夜眠る前に再生する歌も、
ぜんぶ空だった。
愛している。
そう疑いもしなかった。
しかしその“愛”は、
空の心を削り取っていることに、
彼女らは誰ひとり気づいていなかった。
彼女らは自覚していない。
愛しているのは
“天城 空”ではなく、
天城 空を推している自分だ。
SNSでは今日も叫ぶ。
《空くん今日も世界一かわいい♡》
《空くんが笑ってると生きていける〜》
《空くんの前では全員赤ちゃんです!》
空は彼女らの
“生活のアクセサリー”にされていた。
少しでも空の様子が違えば、
彼女らは不安を空に投げつける。
《今日の空くん元気なかった…誰か知ってる?》
《こういう表情するの珍しくない?心配》
《なんか怖い。なんで元気ないの?》
彼女らの“心配”は、
空にとっては
重荷以外の何物でもなかった。
さらに深い闇がある。
ゾンビ型の彼女らは、
空を人間だと思っていない。
「推し」は病まない。
疲れない。
悩まない。
そう信じ込み、
自分の世界を守るためには
現実を否定する。
《空くんは弱音なんて吐かない!》
《空くんは絶対幸せに決まってる!》
《アンチは黙れ、空くんのこと何もわかってない!!》
空の弱さを許さないのは、
アンチではなく、
彼女ら自身だった。
推し活は愛を語る場所ではなく、
「誰が一番空を愛しているか」
を競う戦場になっていた。
《今日も手紙出してきた♡》
《この瞬間だけは私が一番空くんに愛されてた》
《席運良すぎてごめん、空くんと目合った♡》
SNSは常にマウントの応酬だ。
空の幸せを願っているように見えて、
本当は
自分が1番になりたいだけ。
そして、
その競争がどう空に見えているかなんて、
誰も考えない。
最も厄介なのは、
彼女らが“正義の味方”を名乗る瞬間だった。
《空くんを守るために言わせてもらうけど》
の書き出しで始まる投稿ほど、
空を追い詰めるものはない。
・スタッフとの距離を監視
・メンバーの言動を勝手に分析
・気に入らないファンを攻撃
・空の気持ちを捏造して代弁
《空くんはこう思ってるはず》
《空くんが傷つく》
《空くんのために戦うのがファン》
彼女らの“正義”は、
空を守るためではなく、
自分が気持ちよくなるための武器だった。
彼女らは毎日、
口を揃えてこう言った。
《空くんの幸せを願っています》
だがその裏には
もっと醜い本音が潜んでいる。
“完璧でいてほしい”
“弱らないでほしい”
“理想のままでいてほしい”
“私の不安を空くんで埋めたい”
それは祈りではなく呪いだ。
空が疲れれば疲れるほど、
彼女らは叫び続ける。
《空くん大好き!》
《永遠に推す!》
《世界で一番愛してる!!》
その言葉が、
空の心を確実に削っていくことにも気づかずに。
──そのとき、誰もまだ知らない。
この歪んだ愛が、
空の運命を静かに蝕んでいたことを。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます